2-5 時計台と少女
エーヴィゲの駅は人の気配で溢れている。
シレーヌはアリアに手を握られながら、人混みを歩いた。時折ぶつかる度に謝りながらアリアの手を握り返し、出口に出る頃には疲労が身体を襲った。
「ひとまずハナスイカエルを首都の騎士団に引き渡そう。シレーヌ、コイツはどれくらいで溶ける」
「最低二時間くらいだな。溶けても暫くは動けないだろうからその前に解呪する事をオススメする」
「解呪……待て待て待て、コイツ呪われているのか」
「嗚呼、目に赤い紋があった。それにノアがいうには魔術汚染もされているようだ」
アーベルは初出の情報に声をあげる。
最初こそ取っ付きにくく見えたが、存外慕われやすい性格なのだろう。
シレーヌはふ、と笑い視線を時計台へと移した。
駅からそう遠くない場所にあるアンフィング・トゥルム。壮麗な造りの時計台は、観光地としても名のある場所だ。
高さ約九十メートルを誇り、機械仕掛けの時計は芸術的とも呼べる。職人たちが年に一度メンテナンスを行う日があるが、その日以外は時計の針は休むことがない。
「時計の裏には、妖精達の憩い場と呼ばれる場所がある。そこに嵌めるで間違いないのか」
「嗚呼、ただ、嵌めるというよりかは置く方が正しいと思うんだが」
「……アーベル部隊長殿は時計台の内部に詳しいのか?」
少しだけ気まずそうに、アーベルは視線を逸らした。言いたくない時や悩む時、分かりやすく視線を逸らすのが面白いとシレーヌは思う。
部隊長として、かなりあたりの部類なのだろう。
「私の事はどうでも良い。それよりも引渡し次第の行動を伝える、一度しか言わないからよく覚えろ」
コホン、と咳を鳴らしながら説明を始めるアーベルにシレーヌは茶化しもせず大人しく耳を傾けた。
相も変わらず耳心地のよい声に、シレーヌは騒がしいこの場でも聞き取ることができた。
「引渡しが完了しました。アーベル部隊長」
「よし、ならば行くぞ。手筈通り馬車で向かう。ソーレ伯爵たちは騎士団の駐屯所にて待機をお願いします。アリア嬢とシレーヌ、ノアは同じ馬車に。私とジークくんも同席する」
ジークと呼ばれたのは、男女の片割れの男だ。茶髪にそばかすがチャーミングな、田舎の味を忘れぬ男である。
ノアは馬車の屋根で見ていると上に登ってしまったので、馬車に乗るのは四人となった。
馬車を走らせること早十分。時計台まで早く着かせるように道は空いていた。
時計台周辺に人集りがないのは、騎士団のおかげだろう。
「よし、行くぞ」
空気が一変する。列車内で感じたものよりも遥かに緊迫した空気が流れる現場に、アリアは息を飲んだ。
アタッシュケースは現状ジークの手の中にあるが、最終的にあの中身はアリアが持つことになる。
空気に飲まれたアリアは、表情を強ばらせシレーヌの手を強く握った。
「大丈夫だ。貴様が不安に思うようなことは何もない」
「……ほんと?」
「嗚呼、ちゃんとご両親と会えるようにする。約束しよう」
シレーヌの声色は酷く穏やかで、場に似合わぬ優しさにアリアは戸惑いを浮かべた。
異質な人だと、幼いながらアリアは理解していた。
それでも優しい人だとも解る。
だから手を強く握った。アリアは自らの判断が間違っているなど、微塵も考えない。それはこれから姉になるとわかっている少女の強さだった。
「お姉ちゃん」
「なんだ?」
「今度一緒に遊ぼ……約束だよ?」
「……嗚呼約束だ」
シレーヌが約束を果たすのは何時になるだろうか本人も分からない。これから聖女候補の監視の任務がシレーヌを待ち受けているのだ。
それよりも先に、アリアの護衛任務がある。
時計台へとシレーヌ一行は足を踏み入れた。




