友達になってくれないか?
放課後の校舎は、昼間よりも静かだった。
五右衛門は昇降口で靴を履き替えながら、少しだけ周囲を見渡す。
(……一条、いたな)
視界の端に、一条亘の姿があった。
生徒会の用事だろうか、書類を片手に歩いている。
迷った末、五右衛門は声をかけた。
「一条」
「ん?」
振り返った一条は、いつも通りの穏やかな表情だった。
「このあと、時間あるか?」
「あるけど。どうした?」
「……ちょっと話したくて」
一条は一瞬だけ目を瞬かせてから、軽く笑った。
「いいよ。ちょうど一段落ついたところだ」
二人で校門を出た、その時だった。
「……やっぱり、あなた達だったのね」
聞き覚えのある声。
黒川が、少し離れた場所に立っていた。
「黒川さん」
五右衛門が反応するより早く、一条が口を開く。
「知り合い?」
「まあ……そんなところ」
黒川は一条を一瞥し、すぐに状況を察したように小さく息を吐いた。
「説明は後。今は少し、厄介なのが近くにいるわ」
言われて気づく。
校門の向こう、人通りの少ない路地で、
不自然に感情が揺れている空気。
「恋能……?」
「え?」
一条が、ごえもんを見る。
「なにそれ」
「あとで説明する」
黒川が短く言い切る。
「一条くん、あなたも来なさい。
無関係じゃなさそう」
一条は一瞬考えてから、肩をすくめた。
「まあ、面白そうだし」
路地の奥では、男女が言い争っていた。
言葉の内容よりも、感情の振れ幅が異常だ。
「……感情が増幅されてる」
一条が、ぽつりと言う。
「普通の喧嘩じゃない」
五右衛門は内心、驚いていた。
(状況判断、早すぎだろ……)
黒川が頷く。
「正解。軽度だけど、恋能が絡んでる」
数分後、黒川の手際で事態は収まった。
五右衛門は、ほとんど何もしていない。
「……すごいな」
思わず言葉が漏れる。
「一条、さっきの判断」
「ん? ああ」
一条は頭をかいた。
「彼女いるとさ、
こういうの、なんか全部調子上がるんだよね」
「彼女?」
「いるよ。今は」
さらっと言う。
黒川が、その言葉に反応した。
「なるほど……」
少しだけ考えてから、一条を見る。
「あなた、
恋愛状態に入るとスペックが底上げされるタイプね」
「スペック?」
「身体能力と知能。
両方が、一定以上引き上げられてる」
一条は目を丸くした。
「え、マジで?」
「おそらくだけど……
恋強化」
五右衛門は、息をのむ。
(能力……?)
黒川は続ける。
「あなた、失恋すると調子が落ちるでしょう?」
「まあ……否定はしないかな」
「それがその恋能のデメリットと言われているわ」
淡々と告げる。
「恋がある間は安定してる。
でも、失うとバランスを崩す」
一条は少し困ったように笑った。
「言われてみれば、そんな気もする」
深刻さは、まだない。
だからこそ――
(……頼れる)
五右衛門は、素直にそう思った。
頭が切れて、空気も読めて、
それでいて驕らない。
---
ひと通り片付いたあと、黒川は軽く息を整えた。
「……ふう。これで大丈夫」
一条は周囲を見渡してから、ごえもんを見る。
「こういうの、
毎回こんな感じなの?」
「いや……たぶん」
曖昧に答えると、黒川が会話に割って入った。
「一条くん」
「はい?」
「率直に言うわ。
あなた、この手のトラブルに向いてる」
一条は一瞬だけ目を瞬かせた。
「向いてる、ですか?」
「判断が早いし、
感情に流されない」
「ごえもんくん一人で動かすより、
あなたがいた方が安定する」
五右衛門は、その言葉に小さく頷いた。
黒川は続ける。
「だから――
しばらく一緒に動いてもらえない?」
一条は少し考えてから、肩をすくめた。
「……面白そうですね」
そのやり取りを見て、ごえもんは意を決したように口を開く。
「一条」
「ん?」
「俺さ」
一瞬、言葉に詰まってから続けた。
「……お前のこと、尊敬してる」
一条はきょとんとした顔になる。
「急だな」
「でも、本当だ」
「頭も切れるし、
さっきの判断もすごかった」
ごえもんは視線を逸らしながら言う。
「だから……
よかったら、俺と友達になってくれないか」
一条は数秒黙ってから、吹き出した。
「なんだよ、それ」
それから、穏やかに笑った。
「もう友達だと思ってたけど?」
「……そうか」
「そう」
一条は頷く。
「じゃあ、
その“ついで”で一緒に動くってことでいい?」
五右衛門は、少しだけ口元を緩めた。
「ああ」
黒川は二人を見て、満足そうに小さく息を吐いた。
「決まりね」
---
五右衛門は、並んで歩く一条の横顔をちらりと見た。
(……友達、か)
その言葉を、胸の中で転がしてみる。
悪くない。
むしろ――少し、嬉しい。
そう思えたことに、自分でも驚きながら。
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