抜き打ちテストと一条亘
「はい、じゃあ今から抜き打ちテストを行います」
担任の藍澤まどかの一言で、教室が一瞬にしてざわついた。
「え、聞いてない……」 「今日!?」
悲鳴に近い声があちこちから上がる。
(マジかよ……)
五右衛門は、机の上に配られたプリントを見て、内心ため息をついた。
別に勉強していないわけじゃないが、抜き打ちは普通にきつい。
隣の席の澪は、完全に固まっている。
「……終わった」
「そんな顔すんなって」
「無理。昨日、恋バナして寝た」
「自業自得だろ」
小声で言うと、澪はじとっと睨んできた。
「おまえざきくんはいいよね。こういうの」
「いや、俺も普通にきつい」
そう言いながら、前の方の席を見る。
そこに座っている男子は、もうペンを走らせていた。
一条 亘
同じクラスの生徒で、生徒会副会長。
成績優秀、運動もそこそこ、見た目も悪くない。
何より――余裕がある。
(早くね……?)
(迷いがない、って感じだ)
まだ開始して数分だというのに、すでに半分以上埋めているように見える。
「一条ってさ、また彼女できたらしいよ」
後ろの席から、ひそひそ声が聞こえた。
「え、マジ? 何人目?」 「知らない。でも最近ずっと機嫌いいよね」
(……すげぇな)
五右衛門は、少しだけ目を細めた。
(同い年なのに、なんであんな大人なんだ)
テスト終了のチャイムが鳴る。
「はい、回収します」
一条は静かに立ち上がり、プリントを提出した。
「一条、もう終わったのか?」
担任が少し驚いたように声をかける。
「はい。たぶん大丈夫だと思います」
謙遜とも本気とも取れない返事。
昼休み。
五右衛門が自販機で飲み物を買っていると、後ろから声をかけられた。
「男前崎!」
振り返ると、一条が立っていた。
「さっきのテスト、どうだった?」
「まあ……普通にできたかな」
「普通にできたなら十分だよ」
一条は軽く笑う。
嫌味はない。
上から目線でもない。
(こういうとこだよな……)
(無理してないのに、全部うまくいってる)
自然に尊敬してしまう。
「一条は余裕そうだったな」
「たまたま範囲が合ってただけ」
そう言いながら、一条はスマホをちらっと見る。
画面には、誰かとのトーク画面。
五右衛門は見ないふりをした。
「……彼女?」
「ん? ああ、まあ」
あっさり認める。
「うまくいってるみたいだな」
「今のところは」
一条は、それ以上は語らなかった。
そこへ澪がやってくる。
「一条くん、テストどうだった?」
「普通かな」
「絶対普通じゃないやつ」
澪は肩をすくめて、ごえもんを見る。
「おまえざきくんは?」
「聞くな」
「やっぱり」
くすっと笑う澪。
一条はその様子を見て、少しだけ目を細めた。
「二人、仲いいよな」
「クラスメイトです」
澪が即答する。
「な?」
五右衛門も頷いた。
一条は意味ありげに笑ったが、それ以上は突っ込まなかった。
午後の授業中。
(……すげぇな)
黒板を見ながら、ごえもんは考えていた。
一条は、勉強もできて、人付き合いも上手くて、
恋愛も普通にこなしている。
(俺とは違う)
そう思っても、嫌な感じはしなかった。
(ああいうやつになれたらな)
素直に、そう思った。
放課後。
校舎を出るとき、前を歩く一条の背中が目に入る。
誰かに手を振って、楽しそうに話している。
(……すげぇよ)
五右衛門は、少しだけ拳を握った。
尊敬している。
羨ましくもある。
でも、その感情の正体を、まだ自分でもよくわかっていなかった。
ただ一つ言えるのは――
その背中を、目で追っている自分がいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
続きが気になった方は、ブックマークしてもらえると更新の励みになります。
感想もめちゃくちゃ嬉しいです!




