普通に彼女ほしいだけなんだけど。
恋保・新宿支部の一室。
白井ましろは、簡易ベッドに腰かけたまま俯いていた。
黒髪のボブが、顔を半分隠している。
「……落ち着いた?」
黒川が、少し距離を保ったまま声をかける。
ましろは、しばらく黙ってから小さく頷いた。
「……しゅんくん、どうなりましたか」
「病院で検査中よ。操りの影響はもう残ってない」
その言葉に、ましろの肩がほんの少しだけ揺れた。
「……そう、ですか」
それ以上、何も言わない。
泣きもしないし、言い訳もしない。
ただ、天使みたいに整った顔の奥に、
壊れたままの感情だけが残っている。
黒川は深くは踏み込まなかった。
「あなたの処遇は、後日正式に決まるわ。
今日はもう休みなさい」
ましろは顔を上げ、黒川を見た。
「後は心配しなくていい。ゆっくり休みなさい。」
それだけを告げると、黒川は踵を返した。
廊下に出たところで、ごえもんと澪が待っている。
「白井さんは?」
澪が不安そうに聞く。
「落ち着いてる。今はそれで十分よ」
黒川は二人を見て、少しだけ表情を緩めた。
「今日はもう解散にしましょう。
学校生活に影響が出る方が問題だから」
「了解です……」
五右衛門が頷く。
「……日向さんも、今日は早めに帰りなさい」
「は、はい」
黒川はそれ以上何も言わず、支部の扉を閉めた。
---
翌日。
何事もなかったかのように、学校はいつも通りだった。
「おはよー、おまえざきくん」
澪が、昨日と変わらない笑顔で声をかけてくる。
「……おはよ」
ごえもんは短く返し、カバンを机に置いた。
教室のざわめき。
他愛のない会話。
誰かの笑い声。
——全部、普通。
なのに。
(なんか……落ち着かない)
昨日の出来事が、頭の奥で完全には消えてくれない。
白井ましろ。
俊先輩。
そして、澪が狙われた瞬間。
(……俺、あんな必死になるタイプだったっけ?)
視線を前に戻すと、澪が友達と話しながら笑っている。
特別なことは何もない。
ただのクラスメイト。
——ただ、ちょっと可愛い。
(……いやいや)
五右衛門は小さく首を振った。
(俺は普通に彼女がほしいだけだっての)
(でも、“普通”ってなんだよ)
特別な能力も、危険な事件もいらない。
放課後に待ち合わせして、
くだらない話をして、
たまに喧嘩して、
それでも一緒に帰れる相手。
(……それだけでいいんだけどな)
なのに、なぜかいつも、何も起きない。
モテないわけじゃない。
話しかけられないわけでもない。
ただ——
(気づいたら、終わってるんだよな)
始まってもいないのに。
その時、スマホが震えた。
【黒川:昨日の件、問題なし。学校は通常通りで】
業務連絡みたいな、そっけない文面。
なのに、ごえもんは一瞬だけ、画面を見つめた。
(……黒川さんも)
昨日の夜の姿が、ふと頭をよぎる。
冷静で、強くて、余裕があって。
(ああいう人も……いいよな)
すぐにスマホを伏せる。
「……何考えてんだ俺」
小さく呟いた、その瞬間。
「おまえざきくん?」
澪が首をかしげて、こちらを見ていた。
「なんか今日、ぼーっとしてない?」
「……してねぇよ」
「ほんとに?」
じっと覗き込まれて、少しだけ心臓が跳ねる。
「……してない」
「怪しいなあ」
澪はくすっと笑い、席に戻っていった。
それを見送ってから、ごえもんは深く息を吐く。
(彼女ほしいなー)
改めて思う。
でも、なぜか一歩が出ない。
理由もわからない違和感が、胸の奥に引っかかっている。
——まるで、
最初から「うまくいかない」ことを知っているみたいに。
ごえもんは、その感覚から目を逸らすように、窓の外を見た。
青空は、やけに澄んでいた。
そして彼は、まだ知らない。
自分のその“普通の願い”こそが、
いちばん遠ざけられているものだということを。
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