支配のましろ
新宿・歌舞伎町。ゴジラヘッドの咆哮が響く広場は、金曜の夕方でごった返していた。
「人、多すぎじゃね……? こんなんで事件起きたら絶対やばいやつじゃん……」
(人が多い場所は、嫌いだ)
(何かあった時、全部が遅れる)
ごえもんがぼやく横で、澪が小さく震える。
「なんか、さっきから視線? みたいなの感じない……?」
「気のせいじゃね? この人の多さだし」
ごえもんは軽く返すが、その直後だった。
――ドンッ。
澪の肩をつかんで、乱暴に引き寄せる影があった。
「えっ……しゅ、しゅん……くん?」
澪の声が震える。
掴んだ男の目は焦点が合っておらず、どこか血走っている。
高坂 俊。白井ましろの元彼だった。
「……こっち来い……動け……止まるな……」
「え、なんで……俊先輩……?」
俊が澪を荒々しく引き寄せた瞬間――
「澪!!」
ごえもんの体が、考えるより先に動いていた。
俊の腕をつかみ、引き剝がす。
「離れろって言ってんだろ!!」
しかし。
俊はびくともしない。
力が常軌を逸している。
「っ……!? なんだよこれ……ゼロが効かねぇ……!」
触れているのに、何も消えない。
ゼロが――反応しない。
ごえもんが触れても、俊の異常な力は止まらない。
「おまえざきくんっ、俊先輩おかしいよっ!!」
「知ってる!! でもこいつ、能力持ちじゃねえ……!」
その時、後方で園美の声が鋭く飛んだ。
「一般人よ、ごえもんくん!
ゼロが効くのは“恋能覚醒者”だけ!」
「じゃあ、誰が――?」
言いかけた瞬間。
空気が、凍った。
『しゅ〜んくん♡……まだ動けるよねぇ?
あたしのために、もっと頑張ってよぉ♡
だってぇ……あたしを捨てた罰だもん♡
キャハハハハ♡』
ビルの影。
ネオンの光に照らされて、ひとりの少女が立っていた。
黒髪ボブ。白い肌。
天使のように整った顔立ちなのに、目だけが壊れている。
「……白井ましろ……!」
園美が眉をひそめる。
「しゅんくん♡
その子(澪ちゃん)ちょっと優しそうだよねぇ?
やだぁ、あたしから奪わないでよぉ♡
もっと苦しんで? ねぇ、しゅんくん♡」
指先をひらりと動かした瞬間、俊が澪に向かって暴走する。
「澪!!」
ごえもんが庇うように飛び込む。
だが俊の動きを完全に止められない。
澪の肩に俊の手が触れかけた、その刹那――
「ごえもんくん、下がって!」
園美の声と同時に、ヒールの音が地面を弾いた。
次の瞬間、園美は人混みを一瞬で突き抜け
――ましろの背後を取っていた。
「恋を歪めた罰。ここで終わりよ。」
園美の手刀が、ましろの首元に軽く触れた。
「……ぁ……」
その瞬間、俊の動きがふっと止まり、その場に崩れ落ちた。
同時に、ましろも力が抜けたように倒れ込む。
園美が静かに支える。
「確保。
堕恋者、白井ましろ――鎮圧完了。」
ごえもんは俊から澪を守るように抱き寄せたまま、深く息を吐いた。
「澪、大丈夫か……?」
「……うん……でも……なんで私、狙われたんだろ……?」
問いかけに、ごえもんは答えられない。
ただ園美がゆっくりと歩み寄り、視線を澪に向けた。
「澪ちゃん。」
「……はい……?」
園美は少しだけ微笑んだ。
「――あなた、普通の子じゃなくて……
けっこー可愛いわよ? 上級生とかにもモテるんじゃない?」
「えっ!? な、なに急に!?」
ごえもん
「は? なんの話?」
園美
「ふふ、気にしないで。“そういう意味”じゃないから。」
わけがわからないまま、澪は顔を真っ赤にして俯いた。
ごえもんも視線をそらして頭をかく。
けれどこの時の彼らは、まだ気づいていない。
ただの雑談のように聞こえたこの一言が、
それぞれの“恋能”に静かに影響し始めていることを。
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