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『忘れた恋から始まる覚醒』恋能覚醒者(ラバー)×恋能覚醒者(ラバー)  作者: 葉月


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12/25

静かな異変。

朝のホームは、いつもと変わらない。


電車を待つ人の列。

スマホを見る顔。

流れるアナウンス。


五右衛門は、いつもの電車、いつものドアから降りた。

人混みの中でも、無意識に周囲を見渡してしまう癖がある。


(……平和、だよな)


そう思った直後だった。


胸の奥が、わずかにざわつく。

理由のない違和感——いや、“理由が見えない”だけだ。


笑っている人。

不機嫌そうな人。

やけに距離の近い男女。

どれも普通だ。


それなのに。


(……感情が、濃い)


人の心が、必要以上に前へ出ている。

薄い膜の向こうで、誰かが空気をかき混ぜているみたいに。


「……おまえざきくん?」


そう遠くない場所から声がした。


澪が、首をかしげてこちらを見ている。

いつもの明るい顔……のはずなのに、今日は少しだけ真剣だ。


「どうしたの?」


「いや……なんでもない」


五右衛門はそう答えたが、視線は無意識にホームの先を追っていた。


(なんだこれ)


(変な感じだ)


言葉にできない。

言葉にした瞬間、馬鹿みたいに聞こえそうで。


澪は五右衛門の横顔を見ながら、心の中で首を傾げる。


(おまえざきくん、たまに、急に遠くを見る)


(……なんだろ。あれ)


理由はわからない。


でも、その瞬間だけ。

自分の胸の奥が、少しだけ——きゅ、と縮む。


(……ごえもんくん)


その呼び方を、澪は誰にも聞こえないところへしまった。


電車が到着し、人の波が動き出す。

澪は流れに押されながら、五右衛門の袖のあたりを軽くつまんだ。


「ほら、行こ」


「……ああ」


それだけのことなのに、

澪はほんの少し安心した気がした。



---


昼休み。


教室は騒がしい。

机を寄せて談笑する輪、購買のパンを見せびらかす声、窓際でスマホを覗き込む集団。


五右衛門はいつもの席で、ぼんやりと窓の外を見ていた。


(今日、変だ)


朝だけじゃない。

さっきも——廊下ですれ違った男子が、妙に苛立っていた。


(……イライラが伝染するみたいに)


澪が戻ってきて、机の端に肘をついた。


「ねえ、おまえざきくん」


「ん?」


「さっきから、なんかぼーっとしてない?」


「してない」


「してるって」


澪は笑う。

笑いながら、少しだけ覗き込む。


五右衛門は視線を逸らした。


「……気のせいだ」


「ふーん?」


澪はそれ以上は追及しなかった。

ただ、ほんの少しだけ眉を寄せる。


(……やっぱり、変)


(でも、言っても絶対認めないやつ)


そんなことを思いながら、澪は席に座り直した。



---


放課後。


校内はいつも通りだった。

部活へ向かう足音、廊下の笑い声、昇降口のざわめき。


けれど——


「ねえ、あの人……」


「さっきから、様子おかしくない?」


小さな囁きが、廊下の端で生まれる。


五右衛門は、その視線の先を追った。


そこにいたのは、笑っているはずなのに、どこか壊れた目をした男子生徒。

友達に囲まれているのに、表情が薄い。


(……なんだ、あれ)


胸の奥が、微かに反応する。


ゼロが——“何か”を嫌がっている。


「おまえざきくん?」


澪が小声で呼ぶ。


「……あれ」


五右衛門は顎で示した。


澪が視線を向ける。


「……普通に笑ってるけど?」


「……いや」


五右衛門は言葉に詰まる。

説明できない。


「……変なんだ」


澪は少し黙って、男子生徒を見つめた。


その瞬間、男子生徒がふいにこちらを見た気がした。


目が合う——ほんの一瞬。


澪の背筋が、ぞくりとする。


(……なに、今の)


(なんか、見られた?)


男子生徒はすぐに視線を外し、友達の輪の中に戻った。

なのに、澪の心臓だけが少し速い。


五右衛門は小さく息を吐いた。


(やっぱり、変だ)


——まだ、何も起きない。


でも確実に、何かが近づいている。



---


――同じ頃。


恋保・都内観測室。


モニターに映る数値が、一定のリズムで上下していた。


「平均値は正常……だが」


黒川は腕を組む。


「局所的に、感情密度が高すぎる」


部下が報告する。


「事件には、まだ繋がっていません」


「ええ。だから厄介なの」


黒川は画面を指でなぞった。


「恋能を、抑えず、隠さず……むしろ解放している」


一拍置いて、静かに言う。


「……堕恋者のやり方よ」


画面の数値が、またひとつ上がる。


日常は、まだ壊れていない。


だが確実に、

歪みは広がり始めていた。


ここまで読んで頂いてありがとうございます!

引き続きよろしくお願いします!

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