居心地の良い距離。
放課後の校舎を出ると、空はすっかり夕方の色になっていた。
「一緒に帰っていい?」
澪が、いつもの調子で聞いてくる。
「別に、いいけど」
五右衛門はそう答え、駅へ向かって歩き出す。
最近、このやり取りが当たり前になっていた。
会話が途切れても、気まずくならない。
無理に何か話そうとしなくてもいい。
「……ねえ、おまえざきくん」
少し歩いたところで、澪が口を開いた。
「おまえざきくんと一緒にいるとさ」
一拍置いて、続ける。
「なんか、居心地いいんだよね」
「……そうか」
それだけ返すと、澪は満足そうに頷いた。
「うん」
特別な意味はなさそうな声。
けれど、その横顔を見ながら、澪は心の中でそっと考えていた。
(居心地、いい……だけ)
ドキドキするわけじゃない。
恋って言われると、よくわからない。
それなのに――
(……この感じ、
最近じゃない気がする)
ずっと前から、こうだったような。
初めて隣に並んだ日より、もっと前。
理由は思い出せないのに、
感覚だけが、ずっとここにあったみたいで。
(……考えすぎだよね)
澪は小さく首を振る。
前を歩く五右衛門の背中は、相変わらず少しだけ遠い。
でも、不思議と離れていく感じはしなかった。
「おまえざきくんってさ」
澪が、少しだけ明るい声で言う。
「ほんと、変だよね」
「……急に失礼だな」
「悪い意味じゃないよ」
くすっと笑って、澪は続けた。
「なんていうか、
一緒にいて楽、っていうか」
「それ、褒めてんのか?」
「褒めてる褒めてる」
澪ははっきり頷いた。
五右衛門は少しだけ困ったように頭をかいた。
(居心地がいい、か)
(……澪らしいな)
それ以上、深く考えることはしなかった。
やがて、駅へ続く階段が見えてくる。
「じゃあ、ここで」
澪が立ち止まる。
「また明日ね」
「ああ」
澪は少しだけ振り返ってから、手を振った。
五右衛門がそれに応えた瞬間、
胸の奥に、小さな違和感が残る。
理由は、わからない。
ただ――
(……悪くない)
そう思っている自分がいた。
---
――同じ頃。
都内某所。
観測装置の数値が、静かに跳ね上がる。
「……この恋能の異常値」
誰かが、低く呟いた。
「明らかに、悪意を持って周囲に解放している……」
一瞬の沈黙。
「最近よく事件を起こしている恋能覚醒者達……
通称、“堕恋者”め……」
画面の向こうで、
またひとつ、数値が上昇した。
日常は、まだ壊れていない。
だが確実に、
歪みは広がり始めていた。
「恋は誰にも邪魔させないよ」
恋に飢えた者たち――
《フォールン・アモーレ》は、そう言った。
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