羨ましいだけの放課後、何も起きない日。
放課後の校舎は、昼間よりも少しだけ空気が軽い。
「ねえ」
昇降口を出たところで、澪が唐突に口を開いた。
「なんかさ、2人共昨日より仲良くなってなーい?」
そう言って視線を向けた先には、ごえもんと一条がいる。
「……そうか?」
ごえもんは靴ひもを結び直しながら、そっけなく返した。
「別に、普通だろ」
「普通に一緒に帰って、普通に話してる時点で普通じゃない気がするけど」
澪はくすっと笑う。
「ね、一条くん?」
「まあ、否定はしないかな」
一条はあっさりと言った。
「話しやすいし、考え方も近いし」
「ほらー」
澪が楽しそうに言う。
ごえもんは少しだけ視線を逸らした。
(……そんなつもり、なかったんだけどな)
でも、嫌ではなかった。
むしろ——
(気づいたら、隣にいるのが当たり前になってる)
そんな感覚がある。
「ごえもんくん、顔に出てるわよ」
少し後ろから、黒川さんの声がした気がした。
(出てませんよ…たぶん)
心の中で答えると、その時だった。
「亘ー!」
軽やかな声と一緒に、こちらへ駆け寄ってくる女子がいる。
肩までの髪を揺らしながら、迷いなく一条の隣に並んだ。
「遅くなってごめん。先生に捕まってた」
「お疲れ。大丈夫?」
一条が自然に言う。
そのやり取りを見て、澪が目を瞬かせた。
「あ、もしかして……」
「彼女」
一条がさらっと言った。
「佐倉ひより」
「はじめまして!」
ひよりはにこっと笑って、軽く頭を下げた。
「亘のクラスメイトさんですよね?」
「うん。日向澪です」
澪もすぐに笑顔で返す。
「こっちは、前崎五右衛門くん」
「どうも」
ごえもんが短く言うと、ひよりは少しだけ目を丸くした。
「……あ、噂の」
「噂?」
「モテるのに自覚ない人」
「ちが……」
言いかけて、ごえもんは言葉を飲み込んだ。
「……そうでもない」
ひよりは楽しそうに笑った。
「でも、雰囲気でわかります。優しい人だなって」
「……どうも」
居心地の悪さは、不思議とない。
むしろ——
一条とひよりが並んでいるのを見て、胸の奥が少しだけざわついた。
(……いいな)
特別な理由があるわけじゃない。
ただ自然で、無理がなくて、 お互いをちゃんと見ている感じがした。
(彼女、か……)
ごえもんは、無意識に視線を逸らした。
一条は、そんな空気にも気づかず、ひよりに言う。
「このあと少し寄り道するけど、いい?」
「うん。大丈夫」
ひよりは迷いなく頷いた。
そのやり取りを、澪は少しだけ眺めてから、ぽつりと言う。
「……いいね」
「なにが?」
ごえもんが聞くと、澪は前を向いたまま答えた。
「ちゃんとしてる感じ」
ごえもんは一条とひよりをもう一度見て、心の中で小さく息を吐く。
(……正直、羨ましい)
彼女が欲しい。
特別なことはいらない。 ただ、隣にいて、自然に笑える相手が。
(俺も……いつか、そうなれんのかな)
その考えに、少しだけ胸が温かくなる。
「じゃ、また明日ね」
ひよりが手を振る。
「また」
澪も手を振り返した。
一条は軽く会釈してから、ごえもんを見る。
「またな」
「ああ」
2人が離れていく背中を見送りながら、澪がごえもんの横に並んだ。
「……ごえもんくん」
「ん?」
「今、ちょっと羨ましそうな顔してた」
「……気のせいだ」
「そっか」
澪はそれ以上何も言わず、歩き出した。
夕暮れの校門を抜けながら、ごえもんは思う。
(いいな、ああいうの)
でも同時に、胸のどこかで小さな違和感もあった。
理由は、まだわからない。
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