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1.新婦の返答

一度は書いてみたい「君を愛する事はない」。

とても楽しかったです。


誤字脱字報告ありがとうございます。

こ、これが噂の「誤字脱字職人の朝は早い」現象……!と謎の感動をしてしまいました。

「すまないがエレオノール、王命で無理矢理押しつけられた君を愛する事はない」


 こちら、本日結婚式を終えたばかりの旦那様から頂いたお言葉です。

 場所は夫婦の寝室。二人きりになったところで本音を言う辺り、余計な混乱を招かぬよう次期侯爵としての自覚があると取るべきか、引き戻れないタイミングを狙ったと取るべきか。


「俺には君とは別に愛する人がいるんだ。夫としての役割は果たすが、それ以上は求めないでくれ」


 ふむ、と心の中で一呼吸置き、隣に並び座ろうとする旦那様から一人分の距離を取って座り直す。


「旦那様。私達うまくやっていけそうですね」

「俺の話は聞いていたか?」

「ええ、もちろん」


 にこりと微笑み、花が咲き乱れると評判の……いえ、欲目からの過剰評価なのは自覚しております。ですがここは思いっきり微笑んで見せましょう。


「真に愛する人とは身分が違うために結婚を親族から渋られ、突然の王命で嫌だと言う間もなく無理矢理嫁がされ、結婚という契約を交わした後でさえ相手を愛するつもりも愛されるつもりも無い。と、共通点だらけなんですもの」

「なっ……」


 咲き乱れた花に向けたとは到底思えない表情になった旦那様は、しばらく絶句した後に顔を赤くさせて立ち上がり、ついには私に指を突きつけやがりました。


「君がそんな身持ちの悪い女性だとは聞いていない! 我が家を侮辱しているのか!」

「失礼ですね。旦那様じゃあるまいし、節度のあるお付き合いしかしていませんよ。二人きりになんてなった事もありません」

「し、調べたのか……私達の事を……」

「あら当たってました? 否定してくださると信じていたのに残念ですわ」


 頬に手を当て目を伏せる。こうすると大変憐憫を誘う光景になるのは織り込み済み。のはずでしたが、動揺している旦那様には効き目がありませんでした。


「とにかく君を愛する事はない! どんな事情があれ君はもう我がシャテルロー侯爵家に嫁いだ身だ! 他の男に懸想するようなふしだらな真似は許さないからな!」

「旦那様の愛する御方に世話をされながら逢瀬を重ねる様子を眺め、ただ子を産む道具として哀れに生きろと仰るのですね」

「世話を……? 貴様マチルダに何をした!?」


 あらまあどうしましょう。どうにか交渉ができないものかと思っていたのに、どんどん怒らせているわね私。


「マチルダさんにはこの屋敷に到着した時、一言目に“忠告”を受けました。旦那様に愛されているのは自分だから、勘違いしないようにと。せっかく旦那様が政敵に付けいる隙を見せないよう努力なさっているのに、マチルダさんは少々感情で動きすぎですわね? きちんと事情を説明してさしあげればよかったのに」


 マチルダさんはこの屋敷で行儀見習いとして働いている子爵令嬢です。そして私が嫁いだ事によって正式に侍女へと昇格しました。だというのに、あのような幼稚な振る舞い。

 溜息を一つ落とせば、旦那様からこれでもかという程睨まれました。それなりに口は上手い方だったのに、やはり私も現状に苛立っているんでしょうか。

 いえ、でもマチルダさんについては旦那様にとっても足を引っ張る行為ですし。


「マチルダは貴様とは違い心根の優しい女性なんだ! 王命を使ってまで婚姻を捩じ込んできた貴様の傍若無人な振る舞いによって傷ついているし、貴様にも無駄に期待を持たせないよう忠告したにすぎん!」


 あら? 旦那様ってこんなにお話の通じない方だったかしら?


「先程も申し上げました通り、この婚姻は当家にとっても予想外の事態です。そもそも私ごとき小娘が天上の御方に声をかけられると本当にお思いですか?」

「では何故っ」

「我が家の力を削ぎたかったのでしょうねぇ」


 恐らく旦那様も同じ事は考えていたはず。

 ぐっと拳を握り、今度は私とさらに二人分の距離を空けてベッドに座りました。


「我が家は明確に王弟派を名乗っていましたから。たかが伯爵家とはいえ、お金も人脈もそれなりにありますし。現王派筆頭であるシャテルロー侯爵家へ嫁がせ人質代わりにするおつもりなのでは?」

「人質などとは人聞きの悪い。我が家はそのような……」

「ですが旦那様は私に、哀れに生きろと命じたではありませんか。旦那様とマチルダさんの噂は社交界にも囁かれていますもの。人質で間違いないでしょう」


 何か言いたげな顔をしていますが激高は収まったようです。

 政治の話を絡めれば冷静になるんですね、旦那様は。情報は大事です。また一つ私のカードが増えました。

 まあ実際有事の際は私を切捨てるよう強く言ってあるので、人質としての価値は……どうでしょう。両親もお兄様も私には甘いので充分利用できてしまうかもしれませんが。


「それでですね、旦那様。厄介者()の排除先かのように扱われるよりも、正式にマチルダさんを次期侯爵夫人として迎えたいとは思いませんか?」

「……何を考えている?」


 やりました。ようやく交渉の席が整いました。


「旦那様も私も、王命という覆せない事情によって婚姻関係になりました。それを覆してしまえばいいのです」

「何を言うかと思えば。話を聞こうとした俺が浅はかだった。王命を覆す事などできる訳がないだろう。だからこそこうして好きでもない女を抱きに来たんだ」


 やれやれと首を振る様子は完全に私を馬鹿にしていますが、こうして冷静に物事を考えている姿はそれなりに様になっています。屋敷内でも常にこうであれば良いのに。


「王命で結ばれた婚姻ならば、王命があれば解消できますわ」


 にこりと微笑む。今回は花が咲き乱れていると良いのですが。


「旦那様はもう数日も経たないうちに辺境へと向かわれるのでしょう?」


 そう。王命で結婚を急がされたのはこれも理由の一つ。

 現在我が国では隣国から攻め込まれた戦いが激化していて、ついに旦那様も現王派の旗印として戦地へと向かわなくてはならなくなったのだ。そうは言ってもお役目は「旗印」として戦地に向かう事であって、実際に旦那様が戦う訳ではない。

 とはいえ戦地。一応子種は蒔いておけという事でしょう。


「戦功を立て凱旋し、報償で望めば良いのです。正式にマチルダさんを娶りたいと。王命であれば子爵程度の身分差、親族に認めさせる事もできましょう?」

「いや、だが、俺は」

「今回の戦には、軍神と名高い王弟殿下もいらっしゃいます。彼の御方の側にいれば安全と戦功の両方を得る事は難しくありませんよ」


 王弟殿下を持ち上げすぎ? 事実なのだから仕方ありませんよね?

 殿下の成した数々の伝説を思い返しているのか、旦那様は真面目に私の提案を検討し始めたようです。


「しかし俺が任された場所と殿下が指揮を執る場所は……」

「それについては当家にお任せください。旦那様が王弟殿下に取り上げていただけるよう馬を跳ばしておきます」


 人脈と情報は我が家の主力商品。私が願い出れば、間違いなく王弟殿下は旦那様を側に置き、守り、そして戦功のいくつかを譲るでしょう。


「……エレオノール、何を考えている?」

「何を、とは?」


 一気に旦那様の気配が臨戦態勢になってしまいました。

 まあそうですよね。こんな、旦那様にだけ有利に見える提案をされては。王弟殿下と共謀して旦那様を弑する可能性だってありますものね。

 なので、少し唇を尖らせて拗ねたふりをして見せました。


「離縁していただきたいのです。こちらはあともう一息で両親を説得できるという所だったんです。王命によって成った婚姻が王命によって解消されたとなれば、今度こそ私は想う相手へと嫁ぐ事ができるはずなんです。夫を英雄にしたいと言えば両親も頷いてくれるはずです」


 呆気にとられた顔をした旦那様でしたが、すぐに持ち直し一つ咳払いをします。きっと貴族同士の婚姻の重要さも理解していないような、甘やかされ育った小娘に見えた事でしょう。


「なるほどな。確かに一度離縁した女ともなれば、縁を結ぶ相手も限られてもくるか。いいだろう、お前の話に乗ってやろう」


 そう言って旦那様は私に手を差し出してきました。

 まさか握手を求められる程きちんと交渉相手として認識していただけるとは思っていなかったので、思わず目を瞬かせてしまいました。

 ですがこれで交渉成立です!


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