幼馴染たちの距離が近い①
次の日もいつも通りに登校した。
ここまでは良かったんだ…
だが、なぜか校門を通りかかったところで俺は聞き覚えがある声に呼び止められた。
「優希」
「……なんだ、梅崎?」
「ちょっといいか?」
「ここで済むことなら」
「じゃあ手を出してくれ」
「手を、なぜ?」
「いいから出してくれ」
俺は仕方なく、右手を差し出すとなぜか大晴は恋人繋ぎをしてくる。指を絡めてきて、解こうとしても解けない。こいつ無駄に力が強くなったな。
「離してくれ」
「悪いが、このままにさせてもらう」
これだけでも最悪なのに、次はまたよく聞き覚えのある声が聞こえて来る。声のした方向に視線を向けるとそこには串宮がいた。
「優希、おはよう!」
「おはよう…」
昨日までは会っても挨拶はしなかったのに、今日から急に挨拶をしだす。これはなんかとても嫌な予想がするが、今はそんなことを考える暇はない。
だって次にこいつが何を言い出すのか…分かってしまうのだ。
「手を出してくれないかな?」
「嫌だ」
「出して」
「嫌だ」
「出して」
「嫌だ」
それからもずっとこのやり取りを繰り返す。
目の前の串宮は諦めることなく、嫌な顔を一つもせずにずっと言ってくる。周りの目も刺すようなすごい視線だし、いくら俺でもここまで嫌な顔をしないで言い続けられると心が抉られるような気分になってくる。
「手を出して何をする気なんだ?」
「出して」
ただでさえ隣の大晴は気持ち悪いぐらいに手を絡めて来る。今すぐにでも離れたいが、大晴の握力がそれを許してくれない。
「大晴、解いてくれ」
「悪い、無理だ」
「離せよ」
「無理だ」
こいつら本当に人の話を聞かない。
昔はもっと聞き分けが良かったと記憶していたんだけど。性格はそこまで変わっていない様に見えるが、それ以上に何か変わってしまったようだ。
そしてそんなこんなで俺は大晴と串宮に両手を塞がれることになった。こいつらの所為で周りの視線が本当にまずい。今まで嫌われ者だったやつが急に学園でも男女人気の高い、梅咲大晴と串宮輝愛と手を繋いでいたら、周りは困惑だろう。
俺とこいつらが幼馴染と知っているような奴も何人かいるかもしれないが、それでも数的には少ないはずだ。
「お前たち、そろそろ本当に離してくれ。教室に着くから」
「もうちょっと俺は満喫したい」
「私もまだ触ってたい」
「本当に離せ」
さすがにこのままではいけないので、俺はどうにか思案を巡らせる。正直学内でこいつらに何か言えるような人間が教師以外に存在しない。それに教師陣でさえもこいつらを抑えるのは難しいだろう。交流関係も深いので、それは教師陣にすら及んでいる可能性だって全然あるのが少し怖い。
「俺は絶対に離さないよ」
「私も離す気は絶対にない」
こいつは本当に離さなかった。
俺はこいつらへの認識を少し改めなければいけない。
大晴と串宮はSHRが始まっても手を離すことはなく、同じクラスでもないのに俺の両隣に立っている二人の姿があった。
さすがに教師もこの状況はまずいと思ったのか、「二人共、自分の教室に戻りなさい」と言ったけど聞き耳を持たなかった。こいつら怖いものなしかと思ってしまった。
聞く耳を持たないどころか、「今、俺はとっても大事なことをしているので触れないでください」や「私の人生でとても大事な時間なんです。邪魔をしないでください」と言いやがったのだ。
それに対して担任も諦めたようにため息をついて、放置した。どう考えてもおかしいだろう。普通に考えてこんな状況を放置する方が異質だ。引き剥がしてくれよ。こんなの誰がどう見てもおかしいんだからさ。
結局、こいつらが離してくれたのは1限の授業が始まるタイミングだった。さっきまでずっと二人に苦労させられていたのでその疲れが一気にきた。そして1限の授業はほとんど寝てしまい、全く集中できなかった。
3限の授業が終わってスマホを確認すると、幼馴染の一人でもある阿久根心咲から連絡が来ていた。
『これから二階の音楽室に来て』
内容はとても分かりやすいが、俺が行く気はない。朝のことでクラスの奴らから変な視線を浴びせられているので、これ以上目立つようなことをする気はない。
そしてそれから数分して再度、阿久根からまた連絡が来た。
『早く来て』
行く気がないので既読無視をして俺はアプリゲームを始めることにした。
阿久根の性格は本当に人を選ぶ。好きな人は好きだろうし、嫌いな人は嫌いだろう。誰でもそうだが、特に阿久根は人に対して言葉を選ばずに言うので昔から敵を作りやすいようなタイプだった。嫌な事は嫌ときっぱりと言うタイプだから、簡単に言えば相手のことが嫌いになったら、面と向かって『嫌い』と伝えるのだ。それが原因で小学校の頃はちょっと揉め事が起こったこともあった。
また数分してもう授業が始まるようなタイミングでまた阿久根から連絡が来た。
『早く来ないと私の写真フォルダーから《《あの写真》》を全校生徒に見せて回るよ』
俺は席を立ち、音楽室に向かうことにした。
教室から音楽室はそこまで遠くないので、2分もしないうちに着いたがその途中で予冷が鳴っていた。それでも俺の中で一番優先はあの写真を消させることだ。
音楽室の机に座っている、銀髪の女子生徒がいた。
「こんなところに俺を呼んだ理由はなんだ、阿久根」
「久し振り、優希」
「…久し振り」
「ずっと話したかった」
「そうか」
面と向かって話すのは中学1年生の時以来だ。別に緊張はないが、阿久根は他の人と違う雰囲気があるので少しタイミングが掴みずらい。
「なんで呼んだんだ?」
「呼んじゃダメ?」
「…俺とお前はそこまで仲良くないだろ」
もう4年近く話していないんだから当たり前だと思っていた。どうやら阿久根の中では違うように首を横に振る。
「ううん、仲良い」
「そうだったか、俺にはお前と仲良い思い出があんまりないが」
「仲良いよ、これが証明」
そう言って、阿久根はスマホを見せてきた。そのスマホには俺と阿久根が観覧車の中で密着して笑顔で写真に写っている姿があった。
「まだ残していたんだな」
「うん、これは大切な思い出だから」
正直この写真を全校生徒にバラまかれたら、今日の朝よりもヒドイことになりかねない。阿久根もファンクラブだってあるし、熱狂的な奴もいると聞く。そんな奴らにこれを見られたら確実にやばい。
「消してくれるか?」
「いやだ。絶対に消さない」
「なぜ?」
「大切だから」
「もうかなり前のことだろ。それにそれを《《彼氏》》にでも見られたら問題じゃないか?」
「大丈夫。絶対に見せないし」
阿久根に彼氏がいるのはそれなりに有名な話だ。彼氏が出来た時にファンクラブが少し問題を起こしたので今でも鮮明に覚えている。ただの女子高生が恋人を作っただけでここまで有名になるんだから、阿久根の人気さが伺える。
「いつ見られるか分からないだろ。その危険性があるのであれば今のうちに削除しておいた方がいいと思うぞ」
「消さないよ」
「どうしても消さないのか?」
「消さない」
決意は固いようだった。
この時点で授業の開始から5分は経過しているので、そろそろさすがに帰りたい。トイレに籠っていたって言えば遅れもそこまで怒られないだろうし。
だが、阿久根は俺のことを帰す気はないようだ。
「まだ帰らないで」
「消さないのなら俺はもう帰りたいんだが」
「私が呼んだ理由をまだ話してない」
そう言えばそうだ。写真のことで頭が一杯になっていたが、よく考えれば何か用があってこいつは俺のことを呼び出したんだ。
「私が呼んだのは一つ言いたいことがあったから」
「言いたいこと?」
「うん。昔みたいに私たちと一緒にいない?」
「無理だ。何年か前にも言ったが、俺はもうお前たちに興味がない」
「興味がないのに、来てくれたの?」
「脅されれば来なくちゃいけないだろ。脅されていないければ来ていない」
「ううん、どっちにしても優希は来てくれた」
「その自信はどこからくるのか…」
「私は優希のことを一番理解しているから」
そう言った時の阿久根の目は確固たる自信を持っているように感じたのは気の所為だろうか。
「それはどうだろうな」
「ううん。絶対に私のところに優希は来てくれたよ」
「俺のことを全て分かったように言うな」
「…確かに全ては分からない。でも、優希をここに来させるようにする手段は色々とあるんだよ。人間たちを使えば」
その言葉で阿久根は何も変わっていないのだと俺は悟った。この4年間、彼女は何一つ変わらずに生きてきたのだ。彼氏が出来たと聞いた時は少しでも変わってくれるかと期待していたんだが。
「でも使わずに優希は来てくれた」
「………」
「その結果が私は嬉しい」
阿久根は本当に何も知らなければ見惚れてしまうような笑顔だった。
阿久根心咲という人間を一言で言い表すんであれば『操り人形が大好きな異常者』かな。
こんなことを言われても誰も信じられないだろうが、少なくとも俺の知っている阿久根はそうだった。阿久根は学年1位を取るぐらい頭がよい。
それが関係しているのか分からないが、いつからか人を操ることが好きになった。
今でも覚えているが小学校の頃に阿久根は満面の笑みで「田中くんと竹本さんがとっても仲悪くなった!」と報告してきたのだ。どうやら事情を聞くと田中くんと竹本さんはお互いに好き同士だったらしい。
そこまでは良かったのだが、阿久根の中でそれが気に食わなかったらしく色々と裏工作をしてお互いに相手のことを嫌いになる方に上手く誘導して、結果的に二人は話さなくなった。
あの時は本当に怖かった。
何より阿久根の中に悪意はなく、誰よりも純粋に行動に移した。それを報告してきた時の彼女の表情からして下手したら褒めてもらえると思っていた可能性だってあるぐらいだ。
これが俺が知っている、阿久根心咲という女だ。




