【後編】嫌われ者の1日
LHRが終わるとそれぞれ部活や帰路に付く。俺は部活にも所属していなければ、放課後やることもない。もし、部活に所属していたとしても今日はそのまま帰路に付かなければいけないのだが。
本当は一人で帰路に付きたいが、和藤がそれを許してくれるような奴ではない。俺の教室の前で待ち伏せをしていたので避けることもできない。本当にこいつはなぜ俺にここまで執着するのか分からない。
「そう言えば、奈須野くんは頭いいよね」
「そんなことないと思うが…」
「だっていつも張り出されているんじゃん」
「それはそうだが」
「僕なんて毎回平均点ぐらいしか取れないのに」
「平均点取れていれば問題ないと思うがな」
それにこの学校のレベルはそれなりに高い方だ。この学校で平均点を取れるようであればそれなりに出来るということだ。
「でも、今回の範囲はちょっと怖いんだよ。授業を聞いても全然分からなかったし」
「そうか。まぁ…確かに少し難しい単元に入っているのは事実だな」
全体的に2年になったことで勉強のレベルも上がっているように感じる。
「だから僕は一つ提案したい!!」
「…なにを?」
「勉強会を開催することを!!!」
「……面倒だ」
和藤は引き下がる気なんて毛頭ないようで、俺の前に立ち祈るように両手を重ねてお願いしてくる。
「お願い!!!力を貸して!」
「今までもどうにか乗り切れたのであれば今回もお前だけの力で乗り切れるだろ」
「いや、さっきも言ったけど、今回は無理そうなんだよ」
「それなら自分で努力しろ」
「もちろん、するけどそこには奈須野くんの協力が必要なんだよ!」
どうやら本当に一歩も引かないようで和藤は動こうとしない。さすがにこのまま立ち止まっているわけにもいかない。あんまり遅れるとあっちにも迷惑が掛かるし、妹からも散々小言を言われるようなことになるだろうしな。
「わかった。勉強会するか」
「ありがとう!!これでテストもどうにかなるよ」
「まだ勉強会をやることを決めただけで、何もやっていないがな」
そしてそれからしばらくして俺と和藤は別れた。
家に着くと妹はもう到着していたのだ。怒られるかと思っていたが、妹の反応は全然違うものだった。
「…もう心配させないでください」
「すまない。ちょっと人と話していて遅くなったんだ」
「それなら連絡してください。兄さんが全然帰ってこないので、私心配で…」
いつも余裕そうで、少し怖い妹が今は目にうっすら涙を浮かべている。さすがにそんな姿を見せられるともう謝るしかない。
「ごめん、これからはしっかりと連絡するようにするから許してくれないか。帰りに何か買ってあげるから」
「それだけじゃ足りません。今日の夜、私の部屋に来てください」
「…それで許してくれるのであれば」
約束の時間があるため、僕と妹は歩いて目的の場所へと歩み始めた。
すると急に兄さんは変なことを言った。
「兄さんは優しいですね」
「優しくないだろ、どう考えても」
「いえ、兄さんは優しいです。私は生まれてから今までずっと兄さんと一緒に育ってきましたので、兄さんのことは一番分かっているつもりです」
「それはそれは」
「兄さんは私の恩人ですから」
「それは前にも言ったが、お前がお前の力で乗り越えただけだ」
「それは前にも言いましたが、兄さんのお陰です。私は兄さんのお陰で今があるので、どんなことがあっても兄さんの側にいると決めているんです」
「…ここで何を言ってもお前が意見を変えることはないんだろうな」
「そうです。私はとても頑固なので兄さんに何を言われても変わらないです。いくら兄さんが何をしてないと言っても、私はしてもらったので」
「そうか。じゃあもう何も言わない」
目的の場所こと天宮病院に着く。天宮病院はこの辺りで一番大きい病院で県を跨いで通院している方もいたりする。施設が整っていることもあり、手術を含めて様々なことができるのだ。
受付を済ませてしばらく待っていると名前を呼ばれ、診断室へと入って行く。
「奈須野さん、体調は大丈夫でしたか?」
「大丈夫です。調子が良くて少し不安になるぐらいに」
「それなら良かったです」
僕のかかりつけ医である、佐藤先生は穏やかな笑みを浮かべていた。佐藤さんは50代の男性で穏やかそうな人。最初に会った時から印象はずっと変わっていない。
「それでは今日はもいつもと同じように検査をしていきますね」
「はい」
それからはいつも通りの検査を受ける。全て含めるとそれなりに時間が掛かり、全て終えるとまた診察室へと戻って来る。
「今回も大丈夫です。進行速度はかなり遅くなっているので」
「よかったです。ではもうしばらくは通常の生活をしていても大丈夫ですか?」
俺の問いかけに対して佐藤先生は間を開けずに答えてくれた。
「はい、大丈夫です。ですが、もし調子などが悪くなった場合は即時に連絡してください。そのままこちらに来ていただいても大丈夫ですし」
「わかりました」
ここまでのやり取りを妹は静かに見守ってくれている。前に母さんが付いて来た時は先生と俺の会話に何度も入って来て、かなり大変だった。母さんが心配してくれているのは有難いけど、何度も話が止まってしまうのは避けて欲しかった。
そこで俺は一つだけ気になっていたことを先生に聞いてみることにした。
「…いつ進行して入院になってもおかしくないってことでよね」
「そうです」
「それを聞けて良かったです」
その話が終わると俺は先生に頭を下げて診察室を後にすることにした。
帰り道を行きと違って、詩織は無言だった。その無言は有難かった。いつも病院の帰りは話す気になれないのだ。明日、入院する可能性だって全然あるし、下手したら1時間後になることもあるかもしれない。その不安はいつになっても取り除かれることはなくて今でも。
俺は…病気だ。
そして運が悪い事に俺が発症した病気の完全なる治療法というのがまだ確立されていない。
もっと運が悪い事に発症して5年の間の死亡率は50%と高く、10年になるとほぼ100%死ぬらしい。俺が発症したのは中学1年生の頃なので約4年ぐらいになる。正直、いつ入院して自分の命の灯が消えたとしてもおかしくはない。
だからこそ、俺は自分がいつ入院することになっても良いように色々とした。中学1年生の頃から幼馴染とは距離を置き、嫌われ者になることにした。特に幼馴染とは距離が絶対に開くようにした。
あいつらは優し過ぎる。だからこのまま付き合い続けて急に俺が入院したり、亡くなったりした時のあいつらが怖い。
出会った時にあいつらは涙流していたが、別れる時まで涙を流して欲しくない。それならあいつらの中で少し憎いや無関心ぐらいでいい。
なので距離を取ってきた。
やっぱりあいつらには笑っていて欲しいから。
「兄さん…別に学校を辞めたっていいんだよ」
「………」
「お父さんとお母さんも兄さんには好きなことをやらせたいって言ってたし。私も兄さんを支えるためならどんなことでもやるって決めているから」
「…ありがとう、詩織」
「お礼を言われるようなことじゃありません。私は兄さんと一緒がいいので」
本当にこの妹は良い子だ。俺のことを考えて、そういう提案をしてくれているのはわかる。いつ死ぬか分からないんだし、やりたいことや行きたい場所に言ってもいいんじゃないかと提案してくれているんだろう。
それでも俺は学校を辞める気はない。
「でもいいんだ。俺は今のままで」
「それなら…梅咲さんや串宮さんとも」
「いいんだよ。これは俺が決めたことだしな。やっぱりあいつらには笑っていて欲しんだ。泣き顔は似合わないしさ」
この決断をした日から、その決断を後悔していない。
これがあいつらのためにいいはずだと。
「それに俺が死ぬかもしれないなんて聞いたら…あいつら一生付いてきそうな感じだったしな」
もうそんなことはないと思うが、小学校の頃のあいつらは少し怖いほど執着してきていた。いつどこに行くにしても付いて来てしまう。俺が行き場所を言わなくてもその先で待ち伏せをしているんだから、さすがに小学生ながら怖かった。
「まぁ…確かに兄さんの幼馴染ってすごかったですよね。あの頃は兄さんが行くところに絶対にいるし、家族旅行とかでも何故か皆さん付いて来てましたし」
あ、そのことはよく覚えている。
うちの家族が旅行に行った時になぜか、その旅行先にあいつらがいたんだ。さすがにおかしいとは思ったが、指摘したところで「偶然」と言われるのは目に見えていたので何も言わなかった。
「だろ。あいつらとかは距離を置いておきたいんだよ。本当なら詩織にも俺のことなんて気にしないで自分のことだけ考えていて欲しいんだが」
「そんなことできません。私と兄さんは兄妹なんですから。これからも一緒ですし、兄さんが付いて来るなって言っても黙ってついて行きますから」
「それは少し怖いな」
そんな話をしながら俺と妹は自宅に着くまで話した。
兄妹から少し離れたところに一人の男子生徒がいた。
「…優希が死ぬ……なんて…」




