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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

正義は続くよ、どこまでも

作者: やっこ

 魔王は1人の少女と対峙した。血反吐を吐き、地に這い蹲りながら、魔王を睨む1人の少女と。


「貴様は私が殺す。お前に嬲られた子供達のために、お前に殺された生き物達のために、お前に屠られた平和のために! 私が、お前を殺してやる!」


 少女は咆哮にも似た叫び声をあげ、既に力のない両の手で武器を手に取り、立ち上がった。



 赤嶺誠司は勇敢な青年であった。

 死に急いでいる、と言う人もいた。

 若気の至りだ、と言う人もいた。

 だが、赤嶺の周りには常に彼を慕う友がいた。皆、彼の実直さを知っていた。


 赤嶺は平和を求めていた。それはある組織にとっても、掛け替えのない信念だった。

 組織は赤嶺に戦闘服を与えた。

「今ある平和を守るため。新たな平和を切り開くため」と。

 赤嶺は戦闘服を手にしたあとも変わらず、平和を求めるただの青年だった。内に秘める復讐心に彼自身気づかぬまま、平和を脅かす悪の怪人達を破壊していった。


 ある日のこと。数多の試練を乗り越え、赤嶺はとうとう魔王と対峙した。

 血が沸騰するのを彼は感じた。感情の高ぶり。彼はこの感情を瞬時に理解した。怒りと憎しみと復讐心、そして破壊衝動。

 目の前にいる、醜悪な怪物を粉々にしたいという衝動。今までの怪人達に抱いたことのない高ぶりだった。


「お前を覚えているよ。あの時、お前の父親はお前を必死で守っていたね」


 魔王は下品な笑い声を上げ言った。その言葉を最後に、気付けば彼は黒いヘドロの中に立っていた。魔王はヘドロに溶け出し、赤嶺に囁いた。


「私の恨みを忘れるな。お前の恨みを忘れるな。お前は平和を愛し、平和に裏切られ、絶望するのだろう。お前が絶望した時、その衝動はお前を円環に誘うだろう。分かっているよ。私だけが分かっている」


 平和を守る赤嶺にとって、それはただの詭弁であり、戯言であった。

 平和は裏切らない。平和に絶望するなど、あり得ない、と。自分が世の安寧を守ったのだ。諸悪の根源は消滅した。顔を上げれば、人々の笑顔があるのだと。

彼は彼自身を支配した衝動を誰にも言わず、誰にも悟られず、やっと訪れた平和な世界へ、平和であろう世界に目を向けた。

 彼は彼自身を魔王とともにヘドロに押し込んだ。


 しかし、彼の求めていた平和はそこにはなかった。

人は人を殺し、心を屠り、奪い合う。

 犯罪も自殺者も増え、人々は、罪悪感という概念さえない行為を重ねていた。

 平和など元から存在していなかったかの様に。


 彼は呼びかけた。平和な世を目指そうと、争いなどやめようと。

 だが、人々は足も止めず耳も傾けなかった。彼に投げかけられるのは、嘲笑と憐憫と、侮蔑する言葉だった。

 仲間達が彼に言った。「怪人は去った。もう平和な世の中じゃないか。世界は元からこんなものだ」と。


 その言葉が、仲間達が平和にひた走る彼を止めようとしたその言葉が、彼の何かを押した。それは、深淵のヘドロに沈んだ彼が顔を出した。

 彼は絶望の先の絶望へ行き着いたのだ。


 彼はその場にいた仲間の首を刎ねた。

 やめろと肩を掴んだ仲間の腕をもぎりとった。

 へたり込んだ仲間の胸に刃を突き立てた。

 悲鳴の上がる街で、彼は目に入るものすべてを壊し殺して行った。


「平和に絶望した。世界は初めからこんなものだった。平和とは偶像で幻想だった。もはや怪人でもこんな混沌すら巻き起こせない。諸悪の根源は、人間だ。人間だ。貴様らなのだ」


 泣き声がした。

 折り重なるように死んだ男女の下から。

 女の腕の中にうずくまる何かが泣いていた。

 何かは泣きながら彼を見た。少女であった。

 血で濡れた頬を涙が行く筋も洗い流していたが、滴り続ける血の前では無意味だった。

 涙を零す瞳は恐怖に歪み、絶望し、それでも奥底に確かな怒りを彼は感じた。


 憤怒、憤り、憎しみ。

 かつての自分の瞳がそこにあった。


──私だけが分かっている


 ヘドロが言った。途端に彼は声を上げて笑った。

 どうしようもない喪失感。

 絶望の先の絶望などありはしなかったのだ。ただ、始まりに繋がっただけだった。

 彼に円環を正す役割が回ってきていた。全てを終わらせる選択肢を、ひとかけらだけ残留していた平和を愛する彼の心が差し出している。

 彼は笑って笑って、笑い続けて膝をついた。

 より近づいた憎悪の瞳に笑いかける。


「おいで。ここまで。お前を待っているよ」


 彼は彼の心を粉々に砕いて捨てた。もはや彼に、人を信じるほどの力はなかったのである。

 彼は円環の身を投じた。かつての魔王がそうしたように。



「今ある平和を守るため。新たな平和を切り開くため! 貴様はこの世界には不要なのだ!」


 魔王に対峙した少女は再び吠える。

 その瞳に、魔王は確かに見た。あの日の憎悪を。

 そうして、心の底から愉快な気持ちを隠しもせず言うのだ。


「お前を覚えているよ。あの時、お前の両親はお前を必死で守っていたね」


 少女の瞳が衝動に染まり、彼は静かに笑った。


「わたしだけが、分かっているよ」

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