7話 悪魔以外の転生者
「う……んん……?」
凄まじい灼熱を感じて苦しんだ一時を乗り越え、少年、星野沙春は目を覚ました。
「あれ……みんな……?」
目を開けるとそこは真っ黒な空間だった。奥行きが見えない不可思議な場所だが、暗いということではなく、周りの人間のこともよく見えた。
沙春の周りにいたのは、自分と同じように死んだクラスメイト達だった。
「あぁ……どこだここ……?」
「いたた……最悪なんだけど……」
皆口々に文句を言いながら起き上がり、お互いの存在を確認して騒ぎ始める。
担任教師もいて、誰がいて誰が居ないかを確認していた。
「あれ……快斗は?快斗が、いない?」
全員を見ていた沙春が、その場に居ない友人を探す。しかし、どれだけ辺りを見回しても見当たらない。
「あ、沙春君……誰を探してるの?」
そんな沙春へすぐ近くにいた女子生徒が話しかけてきた。沙春のクラスメイトである畢空式実という生徒だ。
「快斗見てない?どこにも居なくて……」
「天野君……私も見てない。今ここにいるのは多分、天野君と修学旅行を休んでた黒峰さんを除いた皆。あのバスが落ちてから、ここに送られたのはそれで全員みたい」
死んだ時の記憶は鮮明にある。それは皆同じで、文字通り死ぬほど辛い痛みから突如として解放されて混乱している人もちらほらいる。
沙春も死ぬ直前の景色は覚えている。崖に落ちて爆発するバスから放り出され、地面に右半身から着地してぐちゃぐちゃになった。
あれは酷い死に方だった。
「ひゃぁぁああ!」
そう沙春が思いにふけていると、突然大声が響き渡る。
「うわっ!?」
式実が沙春に飛びついてくる。その行動に沙春は驚いたが、そうしたくなるくらいに不快感を覚えさせる声だった。
それはここにいる誰かが発した声ではなく、皆の真っ暗な頭上から響く笑い声だった。
「こらこら、そんな声出したら皆が怖がってしまうからね。君は口を慎んでね」
次いで続く別の声はひどく落ち着いており、それが逆に恐怖心を煽った。その声の主は一度咳払いをして、
「すまないね。当方の友人は人とあまり話したことがないゆえ、第一声が笑い声になってしまったようだね。それで諸君ら、ここにいる理由は分かるかね?」
突如語りかけてくる声に誰も反応できず、皆が体を寄せあって上を見つめている。その様子に声は「うーん」と悩んだように唸って、
「諸君らには代表者はいないのかね?その子と話がしたいね」
「じ、じゃあ、星野じゃねぇのかよ」
声の提案に、皆が口々に沙春へその役目を押し付けようとしてきた。委員長という役職がこういう時だけいかされるのは癪だが、誰も話さないのなら仕方がない。
沙春は生徒達と一緒に震えている担任教師を睨んだ後に手を挙げた。
「はい、僕が代表者です」
「いいね。先程の質問に戻ると、諸君らがここにいる理由はわかるかね?」
「ええっと……死んだ、から?」
「うんうん、そうだね。諸君らは死んだ。確か理由は、一人の少年の暴走だったね。当方はその様子を見ていないが、言葉で聞くだけでも恐ろしいね。暴れ馬と一緒なんて、大変だったね」
寄り添うような声の言葉に皆が同意して頷き始める。沙春と声が話す度、話が通じるということが伝わって皆が警戒を解き始める。
「当方、諸君らが不憫で不憫でならないね。そこで、提案があるんだがね」
「提、案……?」
なんだか嫌な予感がして沙春は眉間に皺を寄せた。近くにいる七も同じような反応をしていた。
「実は今、諸君らを殺した少年は、とある世界にて転生を果たそうとしているね。当方、諸君らを殺した罪人がもう一度生の機会を得ることに納得がいかなくてね。そこで、当方の力を持って諸君らはその世界へ転生させることにしたんだね」
転生、という響きに皆がざわついた。最悪な死に方をした彼らは、もう一度新たな世界で生かされることを提案されて断る理由などない。
「やばいやばい!本当に転生ってあるんだ!」
「おい天野のことぶっ殺してやろう!俺つえーしてあいつのことぼこぼこにしてやる!」
「賛成賛成!絶対許してやんないんだから!」
なにより、彼らは死因が天野快斗の暴走として認識してしまっているので、その恩恵を授かって当然だと考えている。
沙春はそう思わなかったし、皆の喜ぶ姿に虫の良い話だと口をへの字に曲げていた。
すると、沙春の耳元で声が聞こえた。
「君さ、君さ、君さぁ」
「うん?」
「ちょっと変、君、ちょっと変変変なんだ。どーしてっ、どーしてって?」
「えぇっと、なんのこと?」
振り返っても誰もいない。その小さな声が、沙春は先程の狂った笑い声の主だと気がついた。姿がないので声が聞こえる方を見つめて虚空に話しかける。
「君だけ、君だけだけ、匂いが違うんだぁ、味が違うんだぁ、君……」
「こらこら、ラギギカル。そんなに近くで話すと、その子が危なくなるね」
沙春に話しかけてくる声と同じ声量で制止する声。それに従ったのか、ラギギカルと呼ばれた声の主は声を発さなくなった。
「さて、諸君らが行く世界は魔術と剣が栄えた、豊かなところだね。魔獣や魔力由来の災害もあるが……安心するんだね。その世界の安全に注力する団体の一員として君らは転生するんだね。魔力がない諸君らの世界では発現しなかったが、諸君らにはそれぞれ特有の能力があるからね。それを駆使して、頑張ってくるんだね」
声の主がそう言い切ると、皆を巻き込む大きさのレベルの魔法陣が展開され、皆の足がゆっくりと沈んでいく。
「さぁ、諸君ら。秘められた力をもとに、身勝手な殺害者へ報復を!」
声による後押しに皆が大声で叫んで応じた。普段から騒ぐ人も、普段静かな人も、皆揃ってやる気に満ち溢れていた。
「ま、待って!」
そんな中、沙春は頭上に向かって手を伸ばした。
「あなたのっ、名前は!?」
「あぁ、そういえば名乗ってなかったね」
沙春の問に一息ついてから、声は高ぶる感情を抑え込むように答えた。
「当方の名はタウフレ。この世で最も愚かな、邪神タウフレと申す者ね」
「行ってらっしゃ~~~い!!!」
そんな自己紹介を最後に、沙春達は転生を果たした。
~~~
目を覚ますと、そこは異世界だった。
全てが真っ白な建物の中に全員が揃っていた。皆がお互いを確認して、抱き合って、そして互いの姿の変わりように笑いあった。
髪の色が異世界にふさわしい派手でカラフルなものに変わっていたからだ。
「よかった、上手くいった」
しかしそんなざわめきは、透き通った声によって鎮られる。通りのよい声に振り返ると、皆を迎えるように微笑んでいるハンサムな青年がいる。
沙春がその青年を初めてみた最初の印象は、白い、だった。
髪の毛も服装も、瞳に至るまで全てが真っ白な青年は、そんな不可思議な配色の肉体を持ってしてもなおも抑えきれない美貌で笑いかけ、皆の視線を一挙に集めた。
彼は注目されていることに気づくと、深々と丁寧にお辞儀して、優しげな声色で言った。
「初めまして、僕は『勇者』リアン。君達を迎えたくて、今日はここに立ち会わせてもらったよ。そしてようこそ、今日から君達は、『メシア』の一員だ」
美しすぎる彼に、この場では誰も声を発することができなかった。
この出来事は、快斗がこの世界に転生する、約半年前の話である。
~~~
誰も彼もが馬鹿ばかり。そんな彼らにすら暴かれそうな、湧き上がる最悪の衝動を抑え込む。
決して見つかってはならない。理解されてはならない。見透かされてはならない。防がれてはならない。必ず、必ず必ず、成功させる。
人生で初めての挑戦は上手くいった。ほとんど思惑通りだ。あとは、ここから先の道を、どうやって歩んでいくか、だ。
その者は誰にも気付かれないように、裂けるほどの笑みを浮かべた。
「あぁ、楽しみだ」