4話 初めての異世界
「───は?」
目が覚めるとそこは、異世界だった。
目の前には道を行き交う人々。レンガ造りの家々が綺麗に立ち並び、暴れるように駆け回る馬車が地面を小さく揺らす。
子鳥のさえずり、人々の笑う姿、頬を撫でるそよ風、鼻をくすぐるような食べ物の匂い、それら全て、現実のものでないと感じ取れないものだった。
確かにある刻み込まれた記憶は、この世界に来る直前で止まっている。魔法陣に吸い込まれ、視界が光で埋め尽くされた直後、瞬きをしたらここにいた。
「……やってくれたな、あの魔女いってぇ!?」
思い出される卑しい笑顔を殴るような気持ちで悪罵を吐き出そうとしたその時、快斗の頭に何かが降ってきた。
地面を跳ねるそれを見下ろして、快斗は目を見開いた。
それは紫色の鞘に収められた刀だった。明らかに無視してはいけないその凶器を拾い上げると、一枚の紙が括り付けられていた。
それを開いてみて、快斗は渋い顔をする。
『わたしわすれちゃったけど、これきみのぶきだから。あとたいへんだろうけど、がんばってねぇ』
汚いひらがなで書かれたメッセージは、更に快斗をイラつかせた。
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「さて、兎にも角にもまずは情報収集……だよな」
人で賑わう大通りを歩きながら、快斗は空を見上げて呟いた。
今のところここが街であるということと、この世界の人々が話す言語が理解できるということしか分かっていない。
沢山並ぶ出店に書かれた文字は全く解読できず、人々が使っている通過も快斗には馴染みのないものだった。
そこら辺で普通に武器や防具が売られていて、それを値切り交渉する声があちこちから聞こえてくる。
見るからに冒険者という風貌の者が多く、ついで多いのが商人やこの街の住民、たまに明らかに裕福そうな人もすれ違う。
そして何故か分からないが、すれ違う人々が皆快斗を見ては渋い顔をするのだ。
顔を見て嫌悪感を丸出しにするとは何事かと快斗がその人物を見ると、大抵の人は目を逸らしてひそひそと話しながら快斗から逃げるように距離をとる。
「俺そんなに嫌われる顔してたのか?」
生まれ変わって体も変わっているから前世よりはマシになっていると思いたいのだが、周りの人間からの視線は快斗の理想とするそれとは程遠い。
髪色や瞳の色の派手さ的には大差ないのに、一体何がいけないのか。
「おや、そこのあなた」
「んあ?」
周りの視線の意味を考えていた快斗の肩がちょんちょんとつつかれた。何かと思って振り返ると、そこには快斗と同じくらいの背丈の少年が立っていた。
太陽の光をよく反射する青い髪を自分の膝くらいまで伸ばし、それを三つ編みにするといった、中々特徴的な髪型の少年は、顎に指を這わせながら快斗の持つ刀を見つめていた。
「とても良いものをお持ちですね。ハレミヤの代物でしょうか?それとも無名の天才鍛冶師の傑作でしょうか?」
「これか?俺にもこの武器の出身は分からないんだ。成り行きで持ってるだけだし」
「成り行きでですか。それはまた良い出会いをしましたね。中々ありませんよ、ここまでのものは」
少年は快斗から刀を借りると、鞘から刀を少し引き抜いて刀身を舐めるように眺めた。
快斗も見た事のなかったそれは、光を鈍く反射する紫色をしていた。
柄に近い場所には文字が刻まれていて、その文字を見た青髪の少年は零すようにその文字を読み上げた。
「『草薙剣』」
「そんな、大層な名前なのか」
『草薙剣』と言えば、三種の神器の一つとして認知されている国宝だ。
そんな武器が、目の前にある紫色の刀だとは到底信じられなかった。
「ムーナちゃーん!!何してんのー!!行くよー!!」
「おや、連れが僕を所望のようですね」
少年は彼の後ろから聞こえた大声に振り返り、草薙剣を快斗へ返してから、
「貴重なものを見せてもらいました。ご縁があれば、またどこかで」
「あ、あぁ」
「あ、そうだ。あなたはその武器と服以外何も持っていないようですので教えますが、お金を稼ぎたいならこの大通りを真っ直ぐ行ったところにあるギルドにて、何か簡単な任務をこなすのがいいでしょう。夕食分くらいは稼げるはずです」
「そうなのか!ありがとう」
「いえいえ、それと──」
少年は最後に振り返り、自分の左目を指さしながら、
「その目は、隠した方が印象がいいでしょうね」
「ん?それってどういう──」
「ムーナちゃーん!」
「すみません、僕はこれで」
その言葉の意味を訊こうとしたのだが、その少年を呼ぶ声が重ねられてしまったので、目的を果たすには至らなかった。
「左目……何か、縁起でも悪いのか」
自分では見ることのできない赤い瞳は、もしかしたら先程まで悩んでいた、人々からの嫌悪の視線の原因なのだろうか。
だとしたら、快斗の怒りの矛先はその事実も理由も教えずにこの世界へ堕としたあの魔女に再び向くことになるのだが、
「まぁ、そんなことよりも確かに金がいるか。生きるためには金がないとな」
遠のく少年を見届けたあと、快斗は少年に教えられたギルドなるところへ向かった。
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「哀れとしか言いようがありませんね」
魔法陣に飲み込まれた快斗を思い出しながら、ベリアルは真顔でそう言ってのける。多分、思ってもないことを口にしてみただけなのだろう。
そんな自分のメイドに苦笑して、アラディアは世界を見下ろした。
街の中を歩く快斗。周りからの視線に眉を顰める彼を見て、説明を忘れてしまったと後悔したが、それはそれで面白いので放置した。
「さて、頑張ってくれたまえよ」
このゲームでは、必ず勝たなくてはならない。面白いだけではダメなのだ。
狙うのはウケではなく勝利なのだから。
「君はどう乗り越える?私達の、全てを賭けたこの戦いを」
快斗と同じく独り言が癖のアラディアは、自身が送り出した駒の活躍に思いを馳せて笑った。