3話 神々のデスゲーム
この世界には、様々なものを司る神々が存在する。
神々には人に似た意思があるものから概念的な、存在だけが確認された者もいる。それら全てを統るのが、最高神である。
そんな最高神が手を焼く、面倒な神が四柱存在している。
邪神、狂神、魔神、鬼神である。
過去の背景や、最近増えた他の神への悪影響などを鑑みて、最高神はこの四柱のうち二柱の神が不要であると考えた。
四柱は困った。自分から消滅を名乗り出るような殊勝な精神の神はここにはいない。
そこで、魔神があるゲームを提案した。
とある人間の世界を舞台に開催したゲームの勝敗で決めるのはどうかと。
七人の人間と一柱の手下の神、合計八つの駒を二つの陣営に別れた神々で競わせて、自陣の駒が最後まで生き残っていたほうが勝ちという仕組みだ。
この提案に最高神は頷き、四柱は早速邪神と狂神、魔神と鬼神に別れてゲームを始めた。
本来、最高神の意思一つで消える身。残るにしても消えるにしても、楽しんだ方がいい。そう考えた四柱は、せっせと駒選びに勤しむのであった。
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「その結果、君が選ばれたってわけ」
「いや、納得しないが?」
綺麗に締めくくったと言いたげなアラディアは指を鳴らしたが、快斗はそれに一切頷く要素を見いだせなかった。
「内容から察するに、俺に求めてるのは生き残る力、だろ?」
「そうだよ?」
「てことは、少なくとも人の生き死にには関わるんだよな!?」
「そうだとも。自らの人生の報復の矢として命を擲った君なら、快諾してくれるだろう?」
「断固として拒否だよ!!」
快斗の決定を自己解釈で捻じ曲げていたアラディアはそう言ったが、快斗はそれを許してならない。
「俺が生き残れるはずないし、死なんて経験一回で十分なんだよ、もう地獄でもいいから休ませてくれって……」
「ふむ……そんな君に朗報だよ」
アラディアはやつれた顔をする快斗へニヤリと笑いかける。
「このゲームで生き残った人間には、私達神から一つ、願いを叶えてあげるという報酬があるのさ。これで地獄に行くことなく、天国のような生活を送ることができるよ」
「それは、宝くじを買っていればいつか全部ひっくり返すくらい大金持ちになるって話と相違ねぇよ」
要は確率の話で、快斗が二度目の生で生き残る確率と、敵に殺される確率を比較した時、高いのがどちらかは聞くまでもない。
「そんな小さな確率のために、必死こいて生きるなら死んだ方がマシだ」
「そうかい……だが、これで幸せになれる可能性があるのは、なにも君だけじゃない。」
「あ?そりゃ、俺と同じ陣営のやつが生き残ったら、そいつも願いは叶えられるだろうけど……」
「そうじゃない。君の願いの範疇は、何も君に限定したものじゃないってことはさ。例えばそう……君のお母さんとか、ね」
すると、快斗の動きが止まり、彼は目を細めて考え込んだ。
快斗の家庭環境を知っているのか、アラディアは卑しい笑みで快斗を見つめている。
それは快斗のゲームへの参加の意志を確かめている顔だ。その美女の顔を憎たらしいと思い始めたのはここからだ。
願いが叶えられる範囲は、快斗のみには限らない。つまりは、他人の幸せを叶えることだってできる。
───死人だって生き返らせることもできる。
「……分かったよ、やるやる、やってやる。俺の母さんを生き返らせて、今度こそ幸せになってもらう!」
「君ならそうしてくれると信じていたよ!さて、このゲームには他の要素ももちろんあるから、説明させてもらおうか」
アラディアが指を鳴らすと、快斗の足元に魔法陣が浮かび上がり、その中から七つの光が飛び出してきた。そのうち四つは黒く、残り三つは金色だった。
「これは?」
「これは『因子』さ。私達の力を分けたもので、これのうち、一つを君に与える」
「えぇっと、それはなんでだ?手厚いサービスって訳じゃないよな?」
快斗は胡散臭いアラディアの言葉に渋い顔をした。アラディアは困ったように苦笑すると、浮かび上がる『因子』の一つを指でつついた。
「私達が『因子』を与える理由は二つある。一つは君が想像するように、強化するためだ。そしてもう一つの理由は、君が今から参加するゲームの参加者であることを示すための指標を、君に持たせるためさ」
駒は相手を、または相手から認知されるために『因子』を取り込むらしい。これのおかげで駒探しのために人一人ひとりと殺し合いをする必要もない。
なにより、この『因子』のおかげで残りの駒数が把握しやすい。
「悪用されないようにね」
「悪用の可能性もあるのか?」
「もしかしたら、『因子』を吸い取ってくる敵もいるかもしれない。そうなったら、『因子』による超強化を受けてしまって手がつけられなくなるよ」
「そうなのか。じゃあ警戒しないと……」
「まぁ普通の人間は『因子』に耐えきれずに破裂するから、もし盗まれてもそうそう利用されることはないよ」
「俺も普通の人間なんだが!?」
破裂する可能性が自分にあることに気づいて絶叫する快斗だが、アラディアは「その体は大丈夫」と笑いながら諭してくる。
「んじゃァ、どっちの『因子』入れるかッて話だなァ」
それまで無言を貫いていたディオレスが浮かび上がる『因子』のうち、黒いものを一つ掴みあげた。
「どうせこれだろォ?アラディア」
「そうだね、彼にはそれがふさわしい」
ディオレスは『因子』を掴んだまま式実の前までやってきて、
「ガキンチョ、今からやり方ァ見してやッから、覚えとけよ」
「あ?なんで俺がやり方なんて──」
続く言葉の前に、快斗の腹に凄まじい衝撃が突き抜けた。
「ぶっは!?」
椅子から宙に浮くほど吹っ飛び、ゴロゴロと転がる快斗。ディオレスが『因子』を快斗の腹へそれはもう強く叩きつけたのだ。
受け身も取れず床を転がる快斗をベリアルが受け止める。
「どうだガキンチョ!入ってくる感じするだろォ!」
「その、前に、色々問い詰めたい、けどなぁ!」
咳混じりの反論に、ディオレスはガハハと大声で笑い続けた。『因子』の入れ方が想像以上に物理的だったことなど、全てに物申したいところではあるが、
「どうです?」
「まぁ実際、何かが入り込んできた感じはする……」
ベリアルに問われ、腹に感覚を集中させると、確かに何かが内側に浸透してくる感覚がある。
しかしそれは、新しいものを取り入れると言うよりは、
「元からあったものに戻ってきた、みたいな……」
「……そうですか」
なんとか回復した快斗を離して、ベリアルは儚げに相槌を打った。その憂い顔に首を傾げるも、快斗はあまり気にしなかった。
「さて、それでは次の話だが──」
一連を見届けアラディアが手を打ち、話を続けようとしたところで、部屋の大きな扉が勢いよく開け放たれた。
反射的に振り返ると、開け放たれた扉の前には、ピンク色の長髪を持つ女性だった。
髪と同じ色をした瞳は、何故か細められた状態で快斗を映していた。
「おや、ちょうど良かったね、君について話すところだったんだ」
「──これが、後任者?」
そのピンク髪の女性は快斗の前まで大股でやってくると、未だに腹を押さえる彼を見下ろして、大きなため息をついた。
「弱そうな」
「初対面でそれ?対人能力が弱いのはアンタのほういだだだ!?」
「口答えするな、人間」
随分と好き放題言われそうだったので、先手を打って好きなこと言ってやったら、案の定快斗は制裁を食らってしまう。
頭を片手で握りつぶされそうになり、快斗は「ぎぶぎぶ」と言いながら頭を掴む片手をぺちぺちと叩いた。
「彼女が私達の陣営の一柱の神、破壊神ネガだよ」
「覚えておけ、人間」
「なら俺の名前も覚えろよ?俺は天野快斗、アンタとは仲間になるんだから」
「ふん」
横柄な態度のネガは鼻を鳴らし、快斗から目を背けた。初手からイメージの悪い仲間に不安を抱きつつも、一応は仲間であるネガも覚えておく。
「それで、他の仲間は?俺とネガで二つだから、あと六人は仲間がいるんだろ?」
「あー……それについてなんだけれど……」
快斗が他の駒について訊いた途端、アラディアは分かりやすく目を泳がせて頬をかく。ディオレスも快斗に背を向け、下手な口笛を吹きながらアラディアの横へ戻っていく。
ネガはと言うと、振り返った時にはもういなかった。
気まずい雰囲気が充満し始めたが、それを阻止したのはベリアルのクソデカため息だった。
彼女は主達の『因子』をそそくさとかき集めると、それを小さく凝縮して快斗の胸に押し当てた。
するとそれは快斗に浸透するのではなく、快斗の中で『因子』として保たれたまま残った。
「これでいつでも取り出せます。やり方は先程、ディオレス様がやったように」
「あ?俺がそれをする必要って……」
「さぁて!早速行こう異世界へ!うんうんすぐ行こう!そうしよう!」
思考を遮るようにアラディアがらしくない大声を上げ手を叩く。すると快斗の足元に魔法陣が出現し、快斗の足から体を飲み込んでいく。
「おいちょっと待て、この『因子』を俺はどうしろと!?」
「すまないけど、実は君とネガ以外の仲間は集められてないんだ!だからお仲間は君が探してみつけてくれたまえよ!」
「はぁ!?ネガは!?ネガはどこ行った!?」
「あいつァ多分夕食だな!俺も腹減ったからもう行くぜ!」
「やることやったみたいな顔するな!やること先送りにした結果に目を向けろぉ!」
快斗の悲痛な叫びも虚しく、快斗は魔法陣に完全に飲み込まれてその場から姿を消した。
「全く、もう少し誤魔化しようはあったでしょうに」
最後の最後まで威厳を保つことが難しい主達を見ながら、ベリアルはベリアルらしくため息をついたのだった。