0話 在りし日の記憶
「今日は何の日でしょう」
だらしなくジャージを着崩した友人が、とある日にそう訪ねてきた。
公園にまで呼び出してきたのだから何事かと思ったら、毎年同じ日同じ時間にこんなことをしてくる。
もうそんな時期かと、少し緑が戻ってきた木を見つめながら、こちらもいつもと同じ言葉を返した。
「バレンタインデー?」
「むっふーん。違います!」
「違くはないだろ」
「あ、そっか」
今日は二月十四日。世間はバレンタインデー。想い人にチョコやらなんやら、甘い菓子を送る、ちょっとだけ特別な日。
そんな少しだけ特別な日に、二人の少年は毎年のように二人きりになる時間を作る。
「チョコもらった?」
「まだだな。お前は?」
「貰う予定なんてないよ。あげる予定ならあるけど」
そう言いながら、目の前の友人は、男とは思えない中性的な顔を笑顔に染めて、後ろに隠していた物を差し出してきた。
赤い箱に青いリボンをつけたプレゼント箱。それを差し出しながら、友人は今まで通り、恒例の言葉を口にした。
「お誕生日おめでとう。そして、生まれてきてくれてありがとう」
いつも大半は聞き流す友人の話も、この時ばかりは真正面から受け止める。普通より強めの親愛を抱かれて、嫌な気なんて微塵もしない。
だが、流石に少し恥ずかしかった。
「こんなに大層なものにしなくていいんだぞ?」
「いーの!うちの気持ちなんだからさ!」
友人は無邪気に笑い、プレゼント箱を渡してくる。それを受け取って、こちらもそれ相応の笑みでもって返した。
「ありがとう」
その言葉を口にすると、珍しく友人は無邪気な笑顔から微笑みへと表情を変えて、
「うん。また、来年も渡せたらいいね」
「なんだよそれ」
と、この日ばかりは意外な言葉を吐き出した。意図が伝わらず、そこまで深い言葉を言う質じゃない友人の言葉だったので、気に求めていなかったセリフ。
その意味が、ようやく分かった気がする。
「快斗君!」
目を覚ます前に聞こえた声のおかげか、降りかかる最悪を得物の一振で沈めることができた。
「悪い、遅れた」
左右違う色の瞳で前を見る。そこには、あの日嬉しそうに誕生日プレゼントをくれた友人が──
「大丈夫?」
隣に立つ子がそう訊いてくる。それに力強く頷き、得物を強く握りしめた。
「さぁ──行くぞ」
果てしなく遠いはずの距離を縮めるため、一歩目を強く踏み出した。