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魔王ヴェニタスと女兵士シーナ part5

「この家か……」


 街中心部の、一般市民が住むエリアよりはワンランク高い住宅街の一角にある目的地へと到着し、まだ日の出前である薄暗さの中に佇む一軒の邸宅を眺める。


 流石に軍幹部クラスの邸宅らしく、周囲を高い塀で囲った、どっしりとした佇まいの二階建て作りの家だ。

 

 俺は――かつて人間であった頃には信じられないことだが――軽く宙を飛んで塀を飛び越えると、おそらく廊下と思われる窓へとそのまま飛んでいく。そして、魔力を込めた闇を窓枠の隙間から忍び込ませ、解錠。家の中へと音もなく降り立つ。瞬間、


「ん……?」

 

 妙な違和感を覚えた。

 

 家の外と中とで、空気の重さが違う。そんな感じだ。

 

 単なる勘違いだろうか、それとも……。そう警戒しながら周囲を見ると、廊下の右手突き当たりに光が見えた。どうやら扉が少し開いていて、そこから光が漏れているらしい。

 

 宙を飛んでその部屋の傍まで移動し、部屋を覗き見る。と、見るからに兵士と言ったたくましい体つきの男が一人、こちらへ背を向けて机にかじりつくような姿勢で、どうやら事務仕事をしている。

 

 まあ間違いなくコイツがターゲットだろう。起きているならちょうどいい。落ち着いて話し合いで解決しようじゃないか。

 

 コンコン、と小さくノックをすると、


「誰だ!?」

 

 やけに驚いた様子でこちらを振り向く。


「ああ、驚かせてすみません。ちょっと話したいことがあってお邪魔させてもらいました」

 

 言いつつ、立派な髭をたくわえたガマガエルのような風貌の、その男の部屋へ俺は入る。


「何者だ。俺が誰であるかを知っての行動か」

「ええ、もちろん知っていますよ。だからここに来たんです。でも、別にお喋りをしに来たわけでもないので、単刀直入に訊かせてもらいます。あなた、軍の金を横領していますね」

「な……何を馬鹿な」

 

 男の視線がどこか背後を気にするように泳いだ。男がいそいそと書き込んでいたのは帳簿か何かか? まあいい。


「問答をするつもりはありません。とにかく、もうここらで止めておくことですね。ついでに、これまでに行った横領と、それに関連する様々な不正をあなたの上官に告白してください。でなければ――」

 

 ん? 先ほど感じた違和感が、ずしんと一段階、重くなった気がした。男がイスを立ち、ニヤリと笑う。


「でなければ、何だと言うのだ? 上の人間だろうと、誰も俺に刃向かえはしないというのに」

「あんた……魔族か?」

 

 ほう、と男は脂ぎった笑みを浮かべる。すると、男の身体から黒い瘴気のようなものが立ち昇り始める。


「よく気がついたな。だが、もう遅い。下手な正義感に駆られ、相手の力も見極めずに行動した浅はかな己を呪うがいい」

「あなた? 一体誰と話を……ヒッ!」

 

 いつの間にか背後にやって来ていた寝間着姿の中年女性――おそらくこの男の妻が、俺たちの姿を見て身じろぐ。


「部屋に入っちゃダメだ! 離れていろ!」


 俺はそう叫ぶが、今度はその後に、


「ママ、この人は誰……?」

 

 同じく寝間着姿の五才くらいの少年が、目をこすりながら部屋を覗き込んできた。


「っ……! 二人とも、部屋から離れろ! 危険だぞ!」

 

 俺は女性と子供を背後に隠すようにしながらそう叫び――思い直して、首元を掻きながら嘆息する。


「やっぱり、俺に演技なんて向いてないな」


 振り向いて、ヨダレをまき散らし獣のように俺へと飛びかかってきていた女性と子供の頭を掴む。そして、二人へと闇の力を流し込む。

 

 麻酔を打ち込まれたようにダラリと身体から力が抜け、二人は床へと倒れる。


「家全体にイヤな気配がある。となれば、この家にいる人間はとっくにおかしくなっていて当然だ」

「き、貴様、何者だ……? 何が目的でここへ来た?」

「問答をするつもりはないと言ったでしょう」

「お、俺を殺すつもりか。そそ、そんなことは断じて許されないぞ! 消えろっ! 俺の邪魔をするな!」

 

 男がこちらへ向けた両の掌から、まるで竜が吐いたような豪炎がほとばしる。

 

 しかし、それが俺に届くことはない。俺が身体の前に出した拳ほどの穴――『闇の扉』へと、炎は無意味に吸い込まれていく。

 

 何事もなく、部屋には夜明け前の静寂が戻る。男は信じられないといった様子で目を剥きながら、


「何だと……? いや、まさか、その力は……?」

「『相手の力をよく見極めてから行動すること』。まさにその通りですね。というわけで、申し訳ないけど……あなたにはここで消えてもらう」

 

 俺は胸の前辺りに出し続けていた『闇の扉』から『闇の手』を三本生じさせ、男と、倒れている二人の頭をその手で掴む。


 そして、その三人の身体から、宿っていた魔力をズルリと引き抜いた。


「やはりスピリットタイプか」

 

 闇の手が掴んでいる松明(たいまつ)の火ほどの大きさをした黒炎をしばし見てから、それを『闇の扉』の中へと引きずり込み、『扉』を閉じる。


「……さて、帰るか」

 

 窓の外からは、早起きな鳥たちのさえずりが聞こえ始めている。

 

 近所の人に見られても面倒だ。さっさとお(いとま)することにしよう。しばらくこの三人には冷たい床で眠っていてもらうことになるが、まあ問題はないだろう。目覚めたこの男が、いつの間にか自らが犯していた罪に驚くことにはなるだろうが――それは今後の軍の動き、そして自分たち魔族内部の動きも含めて見守っていくことにしよう。

 

 というわけで、退散。

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