魔王ヴェニタスと女兵士シーナ part3
シーナがどこに住んでいるかということは、以前に喫茶店で話をしたことがあった。それに、フロールは以前その近くを通りかかった時、どの家がシーナの家かを実際に確認したこともあるらしい。
なので、俺たちはおそらくシーナとそう変わりない時間に、その自宅へと到着することができた。
自宅があったのは、街のおよそ中央部にある、ミズク地区の出身者が多く住む住宅街である。おそらくアパートのように部屋を借りて住んでいるのだろう。家屋の脇にある階段を上った先にある扉が、シーナの家の玄関のようだった。
その扉をノックしようかとも思ったが、よく見ると扉がわずかに開いている。何か妙な気配を感じつつ、まだ薄暗い部屋の中を覗き込んで、
「な……!?」
驚きに、思わず目を見張る。
見えたのは――雑多に投げ置かれた衣服やビン、汚い兵装などの、ゴミとガラクタの山だった。
そしてその奥には、天井の梁から吊したロープ、その先端に作られた輪に手をかけているシーナの姿。
「ななな、何してるんだ、シーナ!」
動転して立ちすくんだ俺とは違って、フロールは既にシーナのもとへと走っていた。イスに乗っていたシーナに抱きつくようにしてすぐさま床へ降ろし、肩へ手を置いてその場に座らせる。
シーナはその目いっぱいに涙を溜めながら、ただひたすら驚いたといった表情で俺たちの顔を見て、
「お、お二人とも、どうしてここに……?」
そう呟くように言ったが、ハッと我に返ったように続ける。ゴシゴシと両目の涙をこすって、
「い、いえ、これは違うのであります! こ、これは、その……そ、そう、トレーニングをしていたであります! ほら、このように! あはははっ」
立ち上がって場違いに明るい笑みを作りながら、シーナは吊したロープの輪に両手をかけ、吊り輪で懸垂をするようなポーズを取る。
それを見て、俺は……言葉が出なかった。
一見、シーナはいつものように元気な笑顔を浮かべている。俺は、この笑顔の下に深い悩みがあるなんてことを、全く想像もしていなかった。ただ呑気にコーヒーを出すだけで、シーナのことを何も解ってあげられていなかったのだ。
「笑えない冗談はやめなさい」
睨むようにシーナを見つめながら、フロールが言う。シーナは笑みを凍りつかせ、沈んだ面持ちで輪から手を放し、力なく俯いた。
「……すみません、であります」
「あなた……いつもこんな部屋で過ごしていたの?」
「……はい」
「いつからこんなことに……?」
ベッドの上だけは辛うじてゴミのない、それ以外はまるでガラクタ置き場にされた廃屋のような室内を見回して俺は質問をするが、いや、と思い直す。
「それより、とりあえずここを出よう。こんな所にいちゃダメだよ、シーナ」
「そうですね。店に戻って、そこでゆっくり話しましょう」
フロールはそう俺に同意して、優しく抱きしめるようにシーナの背中に手を回しながら二人で部屋を出て行く。
その背中を見送りながら、俺は強く自責の念を感じていた。
俺は本当に……喫茶店の店長としてまだまだだ。
人のことが、何も見えていない。そんな人間の淹れるコーヒーに、人を癒す力などあるはずもない。俺が今まで淹れていたコーヒーは、ただの格好つけの、自己満足の品でしかなかったのだ。
部屋に淀む空気に当てられたように気分が沈んでいくがしかし、反省は後だ。今はとにかくシーナの傍にいてやろう。そう切り替えて、俺も二人を追ってシーナ宅を後にしたのだった。