5 はい、喜んで!
新学期初日から色々なことがありました。
思っていた以上に精神的に疲れましたので家ではゆっくりしようと思っていましたが、そうもいきませんでした。
今日の一件が学園側からヒス子爵令嬢たちのご両親に連絡が行っていたようで、帰宅するなり、お母様が待ち構えていたからです。
担任の先生は、私と家族が上手くいっていないことを知っていますが、子爵令嬢が格上である伯爵令嬢を侮辱したことは学園側では看過できないことだったようで連絡をせざるを得なかったようです。
十歳ともなれば、伯爵家と子爵家、どちらが立場が上なのかわかっていないことのほうが駄目ですものね。お母様の罵声は五分ほど続きましたが、心に余裕があると違うものですね。今回は上手く聞き流すことができました。
私が怒られたように、ヒス子爵令嬢たちも家でよっぽど怒られたようで、次の日からは私を避けるようになりました。エイン様も私に会いに来ることはなくなり、穏やかな学園生活を過ごしていると、次の学年に進級するための期末テストの日になりました。
そこで私は、十歳のクラスで一位を獲得し、無事に十一歳の特別クラスに進級することになったのですが、私の家族はそれを良いことだと思いませんでした。
「生意気だわ!」
部屋で勉強していると、ノックもせずに入ってきたお姉様はそう叫び、キャンキャンと喚き散らします。
「どうしてあんたが一位になるのよ! あんたばかり目立って、私が目立たないじゃないの!」
「あの、何を怒っていらっしゃるんですか? 別に怒らせるつもりはないのですけど」
「言ったでしょ! 私よりもあんたが目立つことが許せないの!」
「困りましたね。では、お姉様を目立たせるようにすれば満足してもらえるのでしょうか」
「そういう問題じゃないわ!」
お姉様は私の横髪を引っ張り、自分のほうに近づけて言います。
「いい⁉ あんたは生まれてこなくて良かった子なの! お父様もお母様もわたしもあんたのことを迷惑な子だと思っているのよ!」
「……私を作ったのはお父様とお母様です。そんなに嫌なら生まなければ良かったんですよ」
「違うわ。あんたがお腹の中で死ねば良かったのよ」
「……最低ですね」
私はお姉様の人間性を最低だと言ったつもりでした。でも、お姉様は違う意味で受け取ったようです。
「そうよ。あんたは最低な人間。誰にも望まれずに生きてきたゴミ。だから、わたしよりも目立つなんてやめてちょうだい」
「私はゴミではありません。そんなにも私が目立つことが嫌なら、自分がもっと目立つようなことをしたらいかがですか?」
お姉様の恨みを買って殺されることになったとしても、言いたいことを言えずにいた過去よりもマシです。
「……覚えてなさいよ」
私に睨みつけられたお姉様は舌打ちをして部屋から出ていきました。
お姉様の発言は九歳とは思えません。両親が散々私の悪口を言っていて、その言葉を覚えているんでしょう。
お姉様の性格を直せば、私は殺されずに済むのでしょうか。かといって、今更、お姉様と仲良くする気にもなれませんし、あの性格が簡単に直るとも思えません。今は気にしないでおこうと思って勉強を再開していると、夕食の時間にダイニングルームに来るようにと、お父様からの伝言を受けました。
我が家の夕食の時間は十八時開始だと教えてもらいましたので、その時間にダイニングルームに向かいました。すでに、両親とお姉様が席に着いていて、私が部屋の中に足を踏み入れると、不機嫌な顔をして睨んできました。
何か反応すべきところなのでしょうけれど、そんな二人の様子などどうでも良い光景が私の目の前に広がっているので無視しました。
だって、私が普段食べているものとは比べ物にならないくらい豪華な料理が長テーブルの上に載っているんですもの!
鶏の丸焼きが真ん中にあり、果物も何種類もあります。料理を見るのに必死で立ち止まっていると、お父様が言います。
「フロットル伯爵家から連絡が来た。お前との婚約を破棄し、ミルーナと婚約したいと言っている」
「はい?」
聞き返すと、お姉様が椅子から立ち上がり、勝ち誇った顔をして言います。
「だから、エイン様はわたしと婚約するの!」
「そういうことだ」
ニヤニヤと笑みを浮かべるお父様たち。そんな彼らに笑顔で答えます。
「はい! 喜んで!」
やりましたよ! 十一回目にしてやっと、結婚しなくて良い道が見えてきました! 今すぐに小躍りしたい気分です!
「は?」
喜ぶ私を見て、お姉様はしかめっ面をしています。
あああ、危ないです。
喜んでいるなんて分かれば、何を言い出すかわかりませんよね。
私は慌ててショックを受けている演技をしてその場を乗り切り、部屋に戻って何度も飛び跳ねて喜びました。
これで、エイン様と結婚せずに済みます! 学園を卒業したら住む場所はなくなりますが、良い就職先を見つければ良いだけです! 上手くいけば、初めての十九歳を迎えられるかもしれません!
家族が私のことをゴミだと思っていようが、そんなことはどうでも良いことです! 言い方が悪いですが、私にとって家族はいないようなものですから。
未来に希望が見えた私は、浮かれた気持ちでその場を後にしたのでした。