4 喧嘩を売ってきたのは向こうなんですよ!
「あ、あの、ごめんなさい! 泣かせるつもりはなかったんです!」
慌てて立ち上がって謝ったところで、若い女性の先生が教室内に入ってきました。すると、それに気がついた泣いていないほうの女子生徒が先生に叫びます。
「ディストリーさんがヒス子爵令嬢を泣かせました!」
こ、これは子どもの時によくありがちな、先生に言ってやろうというやつですね! でも、喧嘩を売ってきたのは向こうなんですよ!
先生が私を見て何か言おうと口を開いた時、アデルバート様が鼻で笑いました。
「ディストリー伯爵令嬢は自分の名誉を守っただけです。ヒス子爵令嬢は自分から喧嘩を売って反論されて泣いているだけです。無視して良いと思います」
アデルバート様は言い終えると、何もなかったかのように黒板に目を向けました。
「……みんなの話を聞いたほうが良さそうね。一限目はホームルーム活動だから、話を聞かせてちょうだい」
アデルバート様の話を聞いた先生は困った顔をしてそう言うと、まずは出席確認を始めたのでした。その後、簡単に私を含む当事者たちから話を聞いたあとは、どちらが本当のことを言っているのか、男子生徒たちに確認しました。
アデルバート様が代表して事実を話してくれ、他の男子生徒も間違いないと言ってくれたことで、ヒス子爵令嬢たちは先生から叱責され、私は「酷いことを言われて怒ったのね。怒る気持ちはわかるけれど、もう少し優しく言ってあげてほしいな」と言われただけで済みました。
一限目のホームルームが終わり、先生が教室を出ていったあと、私はすぐにアデルバート様の所に向かいました。
「あの、ありがとうございました」
「何がだよ」
声をかけると、アデルバート様は私を睨みつけながら聞き返してきました。
お礼を言っただけなのですから、そんなに睨まなくても良いじゃないですか。ヒス子爵令嬢たちが問題だと言っていたのはこういうところでしょうか。
何度目の人生の時かは忘れましたが、アデルバート様は女性に一方的に愛され、振り向いてもらえないという理由で殺されていた気がします。
すでに付きまとい行為をされているなら、女性不信になってもおかしくないですが、この態度はどうなのでしょう。でも、相手は子ども、私は中身は大人です。ここは私が冷静になりましょう。
「本当の話をしてくれたお礼を言いました。目的は達成しましたし、ご迷惑のようですので去ります」
言いたいことを言い終えて席に戻ると、周りから好奇の目を向けられていることに気づきました。
周りはまだ子どもですもの。そんな目で見ることが失礼だなんてわかりませんよね。相手にはせずに次の授業の準備をしていると、エイン様が教室に入ってきました。
一体、何の用事なのでしょうか。
私と目が合うと、エイン様は笑顔で話しかけてきます。
「やあ、アンナ。君は悪いことをして、このクラスに入ったみたいだけど本当なの?」
「悪いこと?」
「ああ。そうじゃないとこのクラスには入れないんだよ」
「意味がわかりません。そんな話を誰からお聞きになったのですか?」
「えっと、ミルーナ嬢だよ」
「お姉様からですか」
ヒス子爵令嬢たちが私にあんなことを言ったのは、お姉様から何か言われていたのかもしれませんね。
それにしても、昔からエイン様はお姉様の言うことをすぐに鵜呑みにします。良く言えば純粋ですが、婚約者よりも婚約者の姉の言葉を信じるのはいかがなものかと思います。
一度目から五度目の人生はエイン様に嫌われないようにと必死でした。エイン様と結婚できなければ、私の未来はないと思い込んでいたからです。
でもですね、私、結局は十八歳までしか生きられないんです。しかも、尽くした相手に殺されるんですよ。しかも、お姉様もグルなんです!
ガルルルと唸りたい気持ちになりましたが、頭の中で考えます。
こんな人に尽くそうと思った私が馬鹿だったのです。
かといって、婚約の解消などは私からはできません。となると、エイン様から断ってもらえば良いのですよね。嫌われるように振る舞って婚約の解消をしてもらえるのなら良いのですが――
「ねえ、どうかしたの?」
エイン様に顔を覗き込まれて、彼が目の前にいたことを思い出しました。
「申し訳ございません。過去の自分を戒めておりました」
「いましめるって何?」
「わからないなら結構ですわ。お姉様の話ばかり信じるエイン様と話すことはありません。自分の教室にお戻りくださいませ」
「アンナ、話を逸らすなよ。不正は良くないんだぞ!」
「不正だなんて難しい言葉を知っておられるのですね。言っておきますが、私は不正なんてしていません」
「なっ! 馬鹿にするなよ! せっかくかまってあげているのにもういい! 昔はおどおどしていて鬱陶しいと思っていたけど、今は偉そうになって余計にムカつくよ!」
エイン様は机に置いていたペンケースを掴んで私に投げつけると、教室から出ていったのでした。