43 近づくようなら容赦しません
デルト様が言うには、禁断の魔法の話をミドルレイ子爵令嬢が幼い頃にメイドに話をしており、そのメイドから話を聞いたとのことでした。
「ミドルレイ子爵令嬢は、人が死んでも生き返らせることができると言っていたらしい」
正確には時間を巻き戻すことができる、なのでしょうけれど、子どもの時には理解ができなかったのでしょう。
子どもの言うことだから夢で見た話をしているのだろうと思い、笑って聞き流した話だということですが、私とアデルバート様にとっては笑い事ではすみません。
「子どもの作り話だと思っていたんだが、心当たりでもあるのか?」
私たちの反応が思っていたものと違ったのか、デルト様が尋ねてきました。
何度も人生をやり直しているという話をしても良いのかわからなくて、アデルバート様を見ると、悲しそうに顔を歪めたので話すことはやめました。
何度目かの時か忘れてしまったようですが、アデルバート様は巻き戻りの話を両親にしたことがあるそうです。そして、その時は自分だけでなく、事故という形で家族も一緒に殺されてしまったそうです。そのことを考えると、両親を巻き込みたくないという気持ちはわかります。
何がきっかけで人の殺意が湧きあがるのかわかりません。この話は、今となってはミドルレイ子爵令嬢にしてみれば知られたくない話でしょう。デルト様たちの身の安全を考えると、この話は嘘だと思ってもらったほうが良いのですよね。
「……いえ。驚いてしまっただけです。きっと、作り話だと思います。人を生き返らせるなんて無理ですもの」
「そうだよ、夢物語だ」
何も知らないと嘘をつくのは心苦しいです。でも、デルト様たちを巻き込みたくないので、私たちは知らないフリをしたのでした。
帰りはアデルバート様が家まで送ってくれることになりました。馬車に乗り込んで、二人で情報を整理します。
ミドルレイ子爵令嬢は、彼女のお兄様も同じく禁断の魔法が使えると言っていたようです。二人に接点ができたのは、彼の両親が娘を監視するために、兄と近づけさせたのだと考えられます。そして、禁断の魔法の使い方をミドルレイ子爵令嬢に教えたのは、彼女の兄なのでしょう。両親は監視役に付けたつもりが、息子が裏切ったという形になるのではないかというのが、私とアデルバート様の考えでした。
「彼が黒幕だったとはな……」
「……そうですね。でも、言われてみれば納得はできます」
「だから、アンナを気にかけていたんだろうけど、どうして、アンナで運命を変えようとしたんだろうか」
「わかりません。私が殺されたからでしょうか」
「アンナが殺されて困ることがあったから、アンナを生き返らせたということか?」
本人に話を聞いたわけではありませんので、まだ、時間が巻き戻ることについての詳しい話はわかりません。
「私が殺されて困ることって何なのでしょうか」
「……アンナの死因は俺とは違ってバラバラだったよな。……ということは」
アデルバート様は眉根を寄せて「そういうことか」と呟きました。
「何かわかりましたか?」
「ああ。本人に確認したわけじゃないから、絶対とは言えないけどな」
「ぜひ、教えていただきたいです! それから、あとで良いので教えていただきたいんですが、アデルバート様が人生をやり直していた件についてはどういうことかわかりますか?」
「俺のほうは全くわからない。アンナはわかりそうか?」
「私も絶対とは言えませんが、ミドルレイ子爵令嬢の考えていることは単純だと思います。初めてアデルバート様の時間を巻き戻したのは、彼女が六歳の頃です。一回目はアデルバート様が亡くなったことがショックで、時間を巻き戻したのではないでしょうか」
アデルバート様は首をひねりながら答えます。
「俺と彼女との接点はないんだ。それなのに、どうして俺のことが好きなんだ?」
「アデルバート様が気づいていないだけで、何かあったのかもしれませんね」
これからどうしていくのか話をしているうちに、馬車は私の家に辿り着いたのでした。
*****
「君に話したいことがある」
デルト様から話を聞いた、次の日の放課後、ニーニャたちと別れ、馬車に乗り込もうとした私にそう話しかけてきたのは、ロウト伯爵令息でした。
ロウト伯爵令息は、私が一人になることを待って話しかけてきたようです。でも、友人と別れただけで一人きりではありません。護衛騎士はいつも門の外で待っていますが、今は、御者もいますし、馬車の中には私の専属メイドも乗っています。周りにはちらほらと生徒もいて、不思議そうにこちらを見ていますので、馬鹿なことはしてこないでしょう。
「申し訳ございませんが、日にちを改めていただけませんか。話しかけられるだなんて思ってもいませんでしたので、両親にはいつもの時間に帰ると伝えているのです」
「御者に先に帰ってもらえばいいんじゃないかな。帰りは僕が送るよ」
「どんな誤解を生むかわかりませんから、婚約者以外の男性の家の馬車に乗ることはできません」
「いいから言うことを聞いてくれ!」
ロウト伯爵令息が私に向かって手を伸ばしたので、メイドからシルバートレイを受け取り、鼻先に軽くぶつけます。
「それ以上、近づくようなら容赦しません」
「……っ」
後ずさりしたロウト伯爵令息と私の間に慌てて御者が割って入って叫びます。
「ロウト伯爵令息、乱暴な真似はおやめください! 人を呼びますよ!」
「話をするだけなんだ。話を聞いてくれるなら、乱暴な真似はしない」
「聞かなければ乱暴な真似をするということですか?」
シルバートレイを下ろして尋ねると、ロウト伯爵令息は眉間に皺を寄せて答えます。
「君たちが知りたがっている答えを伝えたいだけだよ」
「でしたら、こんな所ではなく、落ち着いた場所で話をお聞かせください。そして、私だけでなく、アデルバート様も一緒に聞きます」
「……別にローンノウル侯爵令息は関係ないだろう」
「関係あります。それはあなただってよくご存知なはずではないのですか?」
御者たちに内容を聞かれたくないのは、ロウト伯爵令息も同じはずです。睨みつけて強気で言うと、ロウト伯爵令息は大きな息を吐きました。
「わかったよ。日時と場所は僕が指定してもいいかな」
「かまいませんが、危険だと判断した場合は、場所の変更をお願いする可能性があります」
「……わかった」
ロウト伯爵令息は恨めしそうな顔で私を見つめたあと、大人しく去っていってくれました。
もし、無理に私を連れて行こうものなら、シルバートレイで攻撃するか、肘鉄か膝蹴りをお見舞いしてさしあげるつもりでしたが、ロウト伯爵令息はそこまで馬鹿な人ではないようで良かったです。
「アンナお嬢様、すぐにお守りできずに申し訳ございませんでした」
「わたくしも声をかけるのが遅くなり、申し訳ございません」
メイドと御者が平謝りするので、笑顔で首を横に振ります。
「大丈夫ですよ。それから、助けてくれてありがとうございます」
御者が叫んでくれたので、周りの視線がこちらに集まったから、ロウト伯爵令息がすんなり引いてくれたのかもしれません。
それにしても、ロウト伯爵令息は目立つことを嫌っているはずなのに、わざわざ、学園で話しかけてきたことが気になります。
アデルバート様には聞かれたくない話だったのでしょうか。それとも、アデルバート様にはミドルレイ子爵令嬢から話をさせるつもりだったのか……。
一人で考えても解決できそうになかったので、屋敷に戻り、アデルバート様に手紙を書いて、夜の内に届けてもらうことにしたのでした。




