26 心がけようと思います
ディストリー伯爵夫人はイライラしていて、思い切りドレスの裾を踏んだのでしょうね。どの高さから転げ落ちたのかはわかりませんが、亡くなったのなら、もっと騒ぎになっているはずです。今回の件で、少しは頭を冷やしてくれれば良いのですけど、あの方のことですからどうでしょうかね。
その後、レイガス伯爵家に戻って情報が入っているか聞いたところ、ディストリー伯爵夫人はやはり生きていました。ですが、かなりの重症のようです。全身を強く打ち付けていて、動けるようになるまでは三十日以上かかるだろうとお医者様から言われたとのことでした。
その日の晩、お母様と談話室でディストリー伯爵夫人についての話をすることになりました。ソファに座り、メイドにお茶を淹れてもらったあと、私から話し始めます。
「マイクス侯爵令息は、ディストリー伯爵夫人がまだ私に執着しているという言い方をしていました。ということは、お母様の復讐は上手くいっているということでしょうか」
「そうね。でも、執着しているというのが、どういう理由なのかはわからないわ。あなたを手放したことを悔やんでいて、あなたを取り戻そうとしているのなら復讐は上手くいっているということになるけれど、違う理由なら駄目ね」
「違う理由と言いますと、どんなものがありますか?」
尋ねると、お母様は眉根を寄せて答えます。
「あなたのことをいらない子だと証明しようとしているんじゃないかということかしら」
「……化けの皮を剥がそうとしているということですね」
「化けの皮?」
「あ……、いえ、ディストリー伯爵夫人にしてみれば、私がテストで良い点数が取れていることには、何か理由があると思っているのでしょう」
「そうね。あの人のことだから、そんな風にしか考えられないんでしょう」
実際、何度か受けたテストですので、理由があるのは間違っていませんが、思い出す努力をして勉強しているので、そこは許してもらいましょう。
呆れ顔をしているお母様に聞いてみます。
「お母様は私のことを嫌な女性のお腹から生まれた子ですから、憎いと思う時はありますか?」
「どうして、そんなことを思うの?」
「お母様とディストリー伯爵夫人の仲は本当に良くないみたいですから、そんな人が生んだ子どもなんて可愛くないでしょう?」
「……そうね。あなたがミルーナさんのような性格だったら、そう思ったかもしれないわ。だけど、あなたは外見も性格も似ていないもの」
向かい合って座っていたお母様は、私の隣に移動すると優しく微笑みます。
「あなたを引き取ると決めた時から、遠慮なく育てるつもりでいたの。だから、あなたも自分があの女の娘だったなんて忘れてしまいなさい」
胸がじんわりと温かくなって、涙が出そうになりました。
「はい! そうします! 思い出しても良いことなんて……、あ! あのような人にはならないようにという反面教師にはなりますので、たまには思い出して、そうならないように心がけようと思います」
「ふふ。そうね。それで良いと思うわ。あ、そうだわ、アンナ。今度の休みの日は一緒に洋服を買いに行きましょうね」
「……どうかしたのですか?」
突然のお誘いに驚いて首を傾げると、お母様は言います。
「娘と買い物に出かけたかったの。アンナはお出かけするのは嫌い?」
「いいえ! ……といいますか、お出かけはあまりしたことがありません」
今回の人生は外に出ることが多くなりましたが、今までの人生は学園と家との往復だけでした。まさか、家族と買い物をする日が来るだなんて思ってもいませんでした!
お母様はきっと、一緒に出かけたりすることで、私のことを嫌っていないと伝えようとしてくれているのでしょう。言葉よりも行動してくれようとしているみたいです。
本当に今回の人生は今までに比べて嬉しいことが多いです。……と、そんな浮かれた気持ちでいましたが、十回も駄目だったということは、そう簡単にことが運ぶわけもないということです。
事件が起こったのは、それから半年過ぎた頃である学園の長期休暇に入る前の事でした。




