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この煌めきが手に入るのなら ~焦がれる想いの行く先は

作者: あるかな


△▼

 

「国境門を出ただけで、ここまで空気が変わるなんて......」


「国を護る結界からも同時に出ているからね」


 今、二人の目の前に広がるのはどこまでも続く荒野。空気は乾燥し照りつける日差しがまぶしく目が痛い。


「道も建物も見えない... このまま南に下っても何も無いの?」

 馬の背からの視線は遥か遠くを見渡せる。どこまでも薄茶けて、何か目立つものがあるようにもみえない。


「無い、と言えば無いかな。もっと乾燥して砂漠が広がるだけの地だよ」


「オアシスは? 砂漠といえばオアシスじゃないの?」


「ここには何も無いんだよ。今はね」


「?」


「昔、本当に遠い昔、ここにはオアシスもあり、とても美しい国が栄えていたんだよ......」




△▼ アナ5歳


 水盆の中にあるそれはとても不思議な色をしていた。

 雨上がりのあとに見える虹のような色彩を見せたかと思うと、夜空の星々が煌めいているのかと。そうかと思えば深く蒼い宵闇のような落ち着きを見せたりもする不思議な石。見つめれば見つめる程に不思議で美しく、見飽きることがない。


「じい、これは何?」

「天のあるじより授けられた魔石にございます、姫様」


 アナは水底に煌めく石を目を丸くして見つめる。その黒い瞳は魔石に劣らず煌めいて美しい。


「手にとっても良いかしら?」

 アナは水面に顔をつけんばかりに近づけて、世話係のじいやに尋ねる。


「姫様。それを手にしてよいのは、父君様のみ。我が国の王のみでございます」


「つまんない......」

「ささ姫様、ご無理を言わず。あちらで祝の贈り物が沢山ございます。まだ、すべてをみておられぬかと」


 じいやに手を引かれアナは誕生祝いの贈り物が積まれている部屋へと向かう。

 だが手を引かれてもなおアナの視線は水盆を見つめ、その中にある魔石を思っていた。




△▼ アナ7歳


「姫様、今年も贈り物がこんなに。各国の使者からの祝いのお言葉もたくさんいただいておりますよ」

 侍女から贈り物の一覧を見せられるが、アナの表情は曇ったまま。


「いかがなさいました? ご気分がすぐれないとか......」


「違うわ。ねぇ、あの魔石、もう見せてはもらえないの?」


 アナが今一番欲しいもの。それは5歳の誕生日に一度だけ見ることが許された「魔石」である。


 王宮深くの中庭に、王のみが自ら手入れをしなければならない「はじまりの水盆」がある。そしてアナが恋い焦がれる「魔石」はその水盆の水底に静かに置かれている。



 砂漠が広がるこの国では水はとても貴重なもの。一体どういう原理なのか、天の御業なのだから考えても仕方がないのかもしれないが、この「魔石」は滾々と貴重な水をうみだしている。

 この魔石から湧き出す水は、水盆からあふれ出して庭の地下深くに潜り、その地下から国の各所にある泉やオアシスへと水を供給している。


 そして、この水盆を、いや魔石を扱ってよいのは国主のみ。

 連なる王族たちは決められた時にのみ、見ることを許される。

 王族の側にある廷臣達は、契約を結んだ者のみ庭へ入る事が許される。


 許されざる者が魔石に手を触れた時、この不思議な力は消え失せると言われている。


 これはあくまでも伝承ではあるが、この砂漠の国で水を失うことを想像するだけでも恐ろしく、誰も試そうなどとは思わなかった。


「次に姫様が水盆の庭に入ることを許されるのは10歳の誕生日。もう少しお待ちくだされ」


 アナが涙目でうったえても、世話係は柔らかな微笑みでこう答えるのみ。

 去年の誕生日にも同じ事を言われ、涙を浮べてお淑やかに請えばと考えたが、全く意味がなかったようだ。




△▼ アナ10歳


(あの時と変わらない......)


 水は滾々と湧き出し、水盆を溢れさせる。魔石の煌めき方は予測がつかない。虹色になったかと思えば宵闇色に。夕焼けの赤を示したかと思えばどこまでも透明にもなる。


(なんて不思議......)


 アナは水盆の庭で魔石を見つめ続ける。


「姫様、触ってはなりませぬぞ」

 じいやが今にも手を伸ばしそうなアナに声をかける。


「わかっているわ」


(わかっているわよ。わたしだって水が無くなったら困るもの)


 そう、わかってはいるが、気になるものは気になる。欲しくないかといえば欲しいのだ。


 5年間我慢した。次に目にするのはまた5年後。5年分、しっかりと目に焼き付けておかなければと、注意を受けながらも乗り出すように水盆を覗き込んでしまう。


 じいやはアナの言葉に安堵の色を少し浮かべ、

「姫様、学舎ご入学のご準備は進んでおりますか?」と、話題をそらす。


 去年の終わり頃であろうか、急遽アナは次の4の節から隣国の学舎で学ぶことが決まった。


 学舎の入学年齢は11歳であるが、必ずというわけではなく、講義についていけるのであれば、年齢は特に問題がない。

 隣国の学舎は大神殿の神官や騎士を希望するものが学ぶ場所であるが、街の中等科よりも高度な内容を学べるため、富裕層の子女や他国からの入学も受け入れている。


 この学舎へアナは入学するのであるが、当然自国から通えるわけもなく、学舎寮へ入ることも決まっている。


 学問のことはさておき、寮である。

 姫として身の回りのことは全て侍女任せ。髪を梳かす、着替える、当然自身で行ったことなどなかった。

 侍女を連れていけると甘く考えていたのだが、それはかの国から「否」と断言された。たった一人でもよいからと願ったが「ここでは家名や身分は何も意味しません。皆と同じ生活が営めないというのであれば、受け入れかねるかと」と素気ない返事であった。


 いっそ街に屋敷をかまえ、そこから通うのは、という話も出た。だが、更に話を聞けば学舎内での特別扱いは一切なく、神官達の言うことに従う必要がある。他の学生と扱いは一切変わらないからそのつもりでいてほしいとも言われた。


 市井の者と同じ扱い。身の回りのことは自分で行う。食事も食堂で皆と同じ。

 それでもアナを学舎で学ばせると、父王の判断であった。


 アナは最初にこれらの話を聞いた時、学舎へ入学する気持ちはまったくなかった。だが、国を治め率いるものに学問は有用であること。そしてかの国では「魔法」が学べることを聞くに渋々ながらも受け入れる気持ちになったのである。


 それからは特訓である。

 侍女達にとっては自分達が日常普通に行っていることを王女に教える、一人で出来るようにする、というまことにやりづらい日々。


 アナにとっては今まで侍女任せで済ませていたことをすべて自分で行わなければならないという、彼女にとっては虐められている気分になる毎日である。


「学舎で学ぶためだけなのに、何故このような不自由を我慢せねばならないの?」


「学舎、いえ、学びの場では身分など何も意味をなさぬもの。また、日常の不自由もまた学びの一つでありますぞ」

 じいやはアナを諌めるがアナの表情は不満に満ちたものだった。




△▼ アナ10歳 9の節


 学舎は秋休暇である。

 アナは久しぶりに王宮へと戻り、その快適さを満喫していた。


「もう、つまらない...... 既に知っているようなことばかり。周りはわたしよりも年上のはずなのに、そんなことも知らない人ばかりで......」


「おや? そうなのですか」


 アナの愚痴を侍女達は微笑みながら聞くのみ。じいやに至っては軽く流している。


 確かに口ではああ言ったが、初めて学ぶものもあって実は楽しい。薬草学に乗馬、この2つはその中でも特に興味深い。

 この国では見かけることもない草花を見ることも、それをもとに薬やポーションが作られるという話も楽しくてたまらない。秋学期が始まれば、薬草学の後半が始まる。これも今から期待している。

 そして乗馬。この国では馬は珍しい。以前他国の使者が乗せてくれたことがある。だがそれだけ。この国では馬は常用されていない。商人が稀に持っているようだが、砂漠が広がるこの国では馬の力を存分に発揮できないからだ。


「ふんっ! じいの意地悪!」

 半ば見透かしたようなじいやの言葉にアナはうまく言葉が返せなかった。




△▼ アナ11歳 3の節


「じい! わたし、魔法が使えるようになったの!」


「左様でございますか、それは大変喜ばしいことでございますな」


「じい? わかっている? コーマの技(生活魔法のようなもの)ではなくて魔法よ。しかも聖属性の魔法が使えるのよ!」


「かの国では神官の方々は皆治療魔法が使えると聞いております。姫様、神官におなりに?」


「もう! 何を言っているの。わたしはお父様のお手伝いをして、叶うならばその跡をつぐのよ。その為にこんなに努力しているのだから」




△▼ アナ11歳 9の節


「見て! ほらこれ!」


 アナがさっと手のひらを上に向けると、手のひらの上に炎の小さな塊が浮かぶ。


 侍女達は突然目の前に現れた炎に驚き、小さく悲鳴を上げてしまう。


 そんな侍女達を見ても、

「火属性の魔法を使えるようになったの!」

 驚かせたことを謝るわけでもなく、炎を乗せた己の手のひらを侍女達に自慢気に見せ続ける。


 小さな球形から蝋燭の炎のような形。すぼめた先から花が咲くように薄く広がったと思えば、小鳥のような形に変わる。


 次々と形を変えるその様に最初は怯えていた侍女達も、徐々に近づき魅了されていく。


「ね、凄いでしょ? 学舎でここまでできるのはわたしだけなのよ」


「姫様は火属性を神より?」


「そうなの! 素晴らしいわ! 神がわたしをお認めになったのよ」


 なんでも神ニヒルムが火属性を授けてくれたという。


 街を一人で散策中、偶然出会った神ニヒルム。何を思ったのか「君、属性、欲しくない?」と唐突に声をかけられた。


 この世界では誰もが魔力を持つが、属性を生まれながらに持つものはいない。神々より授けられるか、根気よく属性が発現するまでその属性の呪文を唱え続けるしかない。

 当然神々から属性や加護を授けられるには何か神の気を引く必要がある。


 そこへ突然現れた神。しかもアナは何かしていたわけでもなく、偶然街で出会っただけ。目が合った、本当にそれだけだった。綺麗な人がいる、とぼんやり見つめていたら声をかけられた。しかもその言葉は先の言葉。戸惑うアナに「ああ、ごめん。僕は神ニヒルム。もう一度聞くけど、属性魔法を使いたいよね?」と再度問うてくる。


 もちろん憧れの属性魔法。使いたいに決まっている。反射的に頷くアナに「うん、素直でいい子だ。火属性をこれで使えるから」と、それだけ言うとアナの目の前から忽然と消えてしまった。


 アナ自身は何が起きたのかさっぱり理解できなかった。偶然目があった人が神であった。何か神ニヒルムの気を引くことがあったのかさっぱりわからない。だが、もらえるのであればそれでよし、とあまり深く考えることはしなかった。




△▼ アナ12歳 3の節


「見て! 今度は水属性を賜ったの!」

 アナは嬉しそうに言いながら、手のひらへ小さな水の珠を浮かべる。


 それは「はじまりの水盆」にある「魔石」のように様々な様相を見せる。虹のように輝いたかと思えば、闇夜に瞬く星々のように煌めいたり。輝きながらも形状を球形から立方体、立方体から木の葉へと。どれもそのまま宝飾品として留めておきたいほどであった。



 それからもアナは学舎の長期休暇の度に王宮に戻り、その都度新しく身につけた魔法を披露した。

 加えて錬金や魔法陣も学ぶアナは新しく作ったポーションや魔道具等を侍女達に披露し、役に立てばと贈ったりもした。


 最初はアナの魔法に驚いていた侍女達も今ではそれを楽しむまでになっていた。もちろんアナが時折手渡してくれるポーションや魔道具も喜んで受け取っていた。




△▼


 月日は流れ、4年間の学舎生活を終えたアナは、今は学舎の上位機関である学院で学んでいる。

 神官や騎士になるつもりはない。いずれは国を治める時に役立つようにと、力を入れるのは魔法三学―魔法学・魔法陣学・錬金学ーが中心である。アナは神から属性を賜っていることもあり、魔法関連の学びをより深いものにしようと頑張っていた。




 そんなある日、アナは国へと呼び戻される。


「どう......いうこと?」


「ですから、嫁ぎ先が決まったと。おめでとうございます、姫様」


 そう話すじいやはとても嬉しそうに目を細めている。


「わたし、嫁ぎなどしないわ...... だって...... この国を、この国を出るつもりなど......」

 アナはふるふると首を振る。


 アナとて自身が他国へ嫁ぐ可能性があることは認識している。

 ただ、姉姫達や妹姫達はいずれも幼少時に婚約し、11歳か12歳程で国を出ていた。

 だがアナは幼少時の婚約はなく、10歳で学舎に入れられた。扱いの違いは明らかで、このまま国に残り、いずれは国主の可能性もあるのではないかと夢想していたりもした。


(だいたい、いきなり嫁ぎ先が決まったなどというが、婚約は? そういう前段階はないの?)


 混乱して黙り込むアナの周りでは、侍女達が嬉しそうに話に花を咲かせている。衣装はどのようなものに、持ち込む身の回りの道具類はどうすれば、お相手の方はどのような方なのだろうか?


(お相手...... そういえば誰?)


「じい、わたしは何処へ行くことになるの?」


「大海を渡った先のお国でございます。国主様は姫様が魔法全般に長けていらっしゃることを聞き及んで、父君にお話を持ちかけられたとか......」


 じいやの話では、お相手はその国主様、アナよりも二回りほど年上らしい。正妃扱いではあるが第二妃での輿入れなので、難しいことを考えずに来てくれれば、と先方は言っているようだ。


(海を挟んだ向う側......)


 それはこの国へ戻ることはとても難しいことを示している。いや、たとえ里帰りが出来たとしても「もう王族ではない」のだ。ただの客人である。


 ......


 ......


 ......



「魔石」を二度と目にすることができなくなる......


 そこに考えが思い至った時、アナの意識は途切れた。




△▼


 アナは一節ほど床についた。高熱にうなされ、熱が引いた後も衰弱が激しく、なかなか床を離れることが出来なかった。


 失った体力を回復するため床についている間、アナはひたすら書物を読み耽っていた。まるで何かに憑かれたかのように。

 侍女達やじいやが心配して声をかけるも「わたしは大丈夫。他国の妃になるのであれば、もっと学ばなくては......」とうっすらとした笑みを浮かべて答えるのみ。


 ベッドの周りには嫁ぎ先からの見舞いの品が山と積まれ、温かく心のこもった見舞いの手紙も途切れることなく届いていた。


 それらを時折見つめるアナの眼差しは何の感情も浮かべておらず、ただ「そこ」を見ているだけのものであった。




 床から離れた後も読書にのめり込む日々は続く。あまりの根の詰めように、別の病でまた倒れてしまうのではと心配されるのだが「わたしは大丈夫」その一言で常に会話は切られてしまうのだった。




 ある日、珍しくアナからじいやへと言葉がかけられる。


「婚約者殿にお見舞いのお礼をしたいのだけど......」


 アナの言葉にじいやは喜び、姫様らしい文用の紙を、何か一緒に御礼の品をとあれこれ世話を焼こうとする。


「じい、御礼の手紙にわたしが錬金で創ったものを添えたいのだけど」


 その言葉にじいやは「姫様がやっとお輿入れに御興味を持たれた」と喜び、目尻も眉も下げている。


「それはそれは。一体何をお贈りに?」


「本当に些細なものなのだけど、出来上がるまでは秘密よ」


 その言葉の後、アナは早速錬金を行うといい、錬金用の部屋へと籠ってしまう。

 再び根を詰めているアナなのだが、今回は嫁ぎ先への御礼の品を錬金しているということで、先日までに比べれば周りの者はあまり心配はしていなかった。




△▼


「これを......」


 数日後、アナはじいやに虹色に輝く美しい文と造花を手渡す。どちらもアナが錬金で創ったもの。

 文に用いる紙は何でできているのだろう? 虹色に輝くだけでなく淡く仄かに良い香りがする。

 添えられた造花は元となった花がこの砂漠の国でしか咲かないというとても珍しい花。こちらもオリジナルの花と同じ香りをまとい瑞々しくも虹色の輝きを放っている。


「「「おおぉぉ......」」」


 侍女達やじいやの溜息が漏れる。


「これほどのものを...... こちらをお贈りすればよろしいのですね」


「ええ。じい、これとは別にお願いがあるのだけれど」


「どのようなことで?」


「しばらくひとりでゆっくり休みたいの。身の回りのことはわたしがするから、しばらく誰も部屋に入らないでほしいの。お掃除も含めてね」


「しかし姫様、それはあまりにも......」


「お願い。学舎寮ではいつもひとりだったのよ。大抵のことはできるし、ひとりの時間が欲しいの」


「わかりました。ただし、控えの間にはわたくしを含めて侍女達がおりますので、何かあればお申し付けくだされ」




 アナはひとりになりたいと言ったが、人とまったく会わなくなるというわけではなかった。部屋へ自分以外の者が入ることを拒むだけで、それ以外は特段日々に変わりはなかった。




△▼ アナ15歳


(この美しさ、やはりわたしの技量ではまだまだ再現はできないのね)


 今アナは水盆の庭にいる。5年ぶりの許しを得て魔石を見つめている。


 どれだけ見ても見飽きない。ただひたすらに見つめ続ける。常に移り変わる様相と滾々と湧き出る水の様子を。


(この煌めきが二度と見ることができないなんて......)


(ああ、でももうすぐ。きっとかの国から知らせが来る)


 あまりにも真剣に魔石を見つめるアナの様子に、じいやは不安となにか薄ら寒いものを感じてしまう。


 魔石を見つめるアナの様子はとても真剣なもの。その目に宿る熱量は魔石にのみ注がれている。だがそれは以前のような憧れに満ちた恋い焦がれるような浮かされたものには見えない。冥く重く湿ったものを感じさせるのであった。




△▼


 海の向こうより礼状が届いた。それは倍返し、というよりも数倍返しの状態でアナへと届けられた。その豪華な返礼を見つめながらフッと漏らすその笑みは、やはりどこか薄ら寒さを感じさせるもの。いつにも増してその瞳に輝きが、冥い深淵に届くかのような妖しい熱が籠っていた。


 返礼が届くほどの時間が経ってもアナはまだ部屋に人が入ることを拒んでいた。今日も礼状を確認したかと思うと、すっと部屋へと戻っていこうとする。その姿を見送りながらじいやは不安を拭えずにいる。先程見せたあの表情。あの瞳に宿る不思議な熱量。何か、何か姫様に言わなければと妙な焦燥感が湧いてくる。


「姫様、何か、何かあればご相談くだされ。できる限りお手伝いさせていただきますので」


「ありがとう、じいや。特に今は何も困っていないから。ただ一人でいたいだけよ」


 アナは振り返ることなくそう口にする。


(できる限りか...... じいや、ごめんなさいね......)




 夜も更け、砂漠の空気は冷たく肌に染みいる。今宵はいつも以上に何故かアナのことが気になるじいやである。

 控えの間に夕刻より待機しているが、物音ひとつ聞こえてこない。入ってはならぬ、と告げられてから一度も中を覗いたことはない。ただ、普段であればアナが部屋にいる時は何らかの物音がこぼれてくるが、これほどまでに音が聞こえてこないことはなく、よりいっそう不安が募る。

 が、はたと気づく。聞こえなさすぎるのだ。アナの部屋に面する中庭からの水音、虫の声、風に乗ってどこかから漂ってくる管弦の音色。それらが何も部屋の方からは聞こえてこない。


 気付いた時には部屋へと足を踏み入れていた。

 侍女をしばらく入れていなかったことを考えれば中はとても片付いている。

 片付いているが、部屋の中に大量の鏡が、小さなものから大きなものまで、絨毯の上に規則正しく並べられ異様な雰囲気を醸している。


 だが、軽く見渡しても部屋の中にはアナはいない。


 じいやは大量の鏡に気を付けながら奥へと進む。

 不思議なことに、それらの鏡はここではない何処かを映し出していた。見慣れたこの国ではない、いったいどこなのか? 豪奢な調度品に格調高い部屋の造り。何処かわからないが高貴な人物の私室であろうか。先に進めば一つ大きな姿見がある。見慣れたそれはアナ愛用の姿見。だがそれが映し出しているのは、壮年というには少し若いかもしれないが、高貴な身分であろうと一目でわかる男性である。椅子に座ってくつろいでいるその手には、見覚えのある物が。虹色に輝く美しい文。顔をよくよく見れば、海の向こうより贈られた写し絵と瓜二つではないか。


(姫様はいったい何を......)


 じいやが視線を中庭に面したテラスへと向けると、そこにはアナの姿があった。




(文と造花があちらへ届いた。遠見の鏡に映された姿は写し絵の方。文と造花がかの方の近くにある“今”行わないと......)


 アナが贈った文と造花。この二つには遠見の目が仕掛けられていた。たとえ先方に探知されたとしても、嫁ぎ先がどのようなところか知りたかったと心細げに語れば何とかなるであろうと考えた。

 実際は探知された様子もなく、こうして自室の鏡にかの方の姿は映し出されている。


(この方がわたしを欲しなければ、いや、そもそもいなければいいのだ。この方さえいなければ、わたしは嫁ぐ必要がなくなる。この国にいることができる。15歳を過ぎた姫など他国からの縁談などそうそうあるはずもない。これでわたしはこの国に居続けることができるわ。あの人さえいなくなれば......)




 じいやは部屋を横切り中庭へと近づいた。

 中庭には複雑な魔法陣が描かれていた。その中央に立つのはアナ。魔力を練り上げているのが離れたこの位置からでも感じ取れる。そのアナと魔法陣を護るかのように中庭とアナの部屋一体が幾種類かの結界に覆われている。物音を遮断しているのはこの一番外側の結界であろう。


「姫様、何をなさっておいでです。そのような陣を描き魔力を練り上げる。まるで呪詛でも行うようにみえますぞ」


「呪詛...... そうね、それが出来れば簡単だったのだけど。わたしは呪詛の才には恵まれなかったみたい。だからちょっと工夫してみたのよ」


 アナはまるで悪戯が成功した幼子のような表情でじいやに微笑む。


「工夫とは?」

 じいやはアナが何をしようとしているのかを聞き出そうと、いや、それ以上に今行おうとしている魔法を止めなければいけないという漠然とした焦りから、アナとの会話を続けようと試みる。


「わたしがあの方のご様子を確認できるように。そしてわたしの魔法が届きますように、って」


 アナが贈った文と造花。それらには遠見の目が仕込まれ、アナの部屋の鏡と結びついている。今それは正しくアナの夫となる人を映していた。

 そしてアナは遠見の目とは別にもう一つ、的を仕込んでいた。文から香る仄かな匂い。アナの血から作り出した香を文へと焚きしめていたのだ。


「今、あの方はわたしの文を読んでいらっしゃる。わたしを感じていらっしゃる。わたしの魔力はわたしを求めて進んでいくわ......」


 じいやはアナの話にすっかり気を取られていた。

 だがアナは、じいやに語って聞かせながらも、魔力を深く静かに練り上げていた。アナが天に向けて伸ばす両手の先には妖しくも眩しい光が集束していた。


 輝きがより一層増したことでじいやの意識が再びアナの手元へと戻る。


「姫様、なりませぬ! 国を攻めてはならぬと天の理にはあります。それを放ってはなりませぬ! 他国の王へ......」


 恐らくアナはあの魔法を放つことで海の彼方にいる婚約者を葬り去ろうとしている。あの文に焚きしめられた香が恐らく目印。目印に向かってあの光は進むのであろう。

 それは“国が国を攻めてはならぬ”という天の理に触れるはず。じいやは必死にアナに訴えかける。結界内に踏み入ろうともするが、二重三重に張られた結界は簡単に他者を寄せ付けない。


「何を言うの? わたしは他国を攻めてもいないし、欲してもいないわ。あの人がいなければいいだけなの」


「それは詭弁です! 国主を亡き者にしようなど、他国を攻めるも同然。おやめくだされ!!」


 じいやの必死の訴えにアナはチラリと視線を向ける。

 それは以前「魔石」を飽きずに見続けていた幼き頃の瞳の輝きを放っていた。

 その瞳をより輝かせ、アナは詠唱の最後の一言を呟いた。




 アナの天へと掲げた両腕から光が放たれる......


 いや、放たれたと思われた時。


 突然、アナが放つ以上の輝きに満ちた光の奔流に辺り一面飲み込まれる。

 アナはもちろんのこと、その場にいたじいやも、控えの間にいる侍女達も。


 この時、空からこの砂漠の国を見ることができたなら、暗闇の中でこの砂漠の王国一帯が眩い光に呑まれているのがわかったであろう。

 それは理由も知らずに見るのであれば、天の祝福を受けているかに見えるほど眩き光に溢れた光景だ。


 実際、砂漠の国の人々は突然わが身を包む光の奔流に天の加護が与えられるのか、天の新たな奇跡がなされるのかと、期待に満ちた気持ちで次を待っていた。




 ──天から降る言葉を聞くまでは。




 《天の理を犯すなかれ》


 《国が国を攻めてはならぬ》


 《これ 天の理なり》




 この世界全てのものが主の声を聞く。


 そして悟る。


 一つの国が亡ぶことを。


 砂漠の国の人々も悟る。


 我が国が滅びの道を歩むことを。




 光は現れた時と同じく唐突に消える。


 と同時に、王国を護る結界は消滅する。


 主の言葉に驚き、国王が「はじまりの水盆」を覗きこめば、魔石は既に光を失っていた。


 そして、アナの姿は誰も二度と見ることはなかった。




△▼


「何故? アナは国を攻めてはいないわ。それに海の向こうの国王様も無事だったのでしょ?」


あるじの裁定だからね」


「主は絶対?」


「絶対だね。交渉はできる相手だけど、するなら実行する前にしないとね」


「国はどうなったの?」


「見ての通り。魔石の力が失われ、水がうまれなくなる。砂の大地で水がなければどうなるか。こうなるまでに時間はかからなかったよ」


「国王様やじいや達は?」


「できた人々だったんだろうな。国が完全に崩壊する前に、所縁がある国々に国民の保護を依頼して回っていたよ。王宮の財宝を売り払って、それを国民に分け与えもしていたね。本当に国民の為に尽力していたよ」


「アナはどうなったの?」


 返される言葉はない。見れば、金の瞳はつっとそらされ、遥か遠く、いやここではない何処かを見つめていた。






最後までお読みいただきありがとうございます。


連載中の『ヴィルディステの物語』(https://ncode.syosetu.com/n0331jd/) の外伝になります。本編の時間軸からは、遥か昔のお話になります。


この物語を以前から書きたいと思っておりました。そこへ今回の企画。

本編が終わっていないのに、って自分でも思うのですが。


よろしければ本編もご覧ください。


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