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04:秘書官ルスイザ

「魔王の部下のことはこちらでも調べて、また明日の朝にでも報告させるよ」

 イアンに部下の情報を集めて貰うようお願いし、勇者と魔王は城を後にした。瞬間移動で帰っても良かったのだが、せっかくだからとイアンに城を簡単に案内して貰い、裏道を通って帰路に着く。道中、先ほどの話の影響もあってか、勇者と魔王の間に会話はほとんど無く、あっという間に勇者宅へ着いてしまった。

 とりあえず今後のことをもう一度話そうかと言って二人が家へ入ろうとした時、その様子を陰から見ていた一人の少女が声をかける。

「あ、あの! 魔王様、ですよね?」

 呼ばれた魔王が振り返ると、パンかごを抱えた人間の少女が一人、泣きそうな表情で魔王をじっと見つめていた。

 魔王が聞かれたからと言って素直に魔王であると認めて良いものかどうか考えていると、その様子を見た少女が慌てた様子で口を開く。

「わ、私です、魔王様! ルスイザです! あ、あ、この姿じゃ分からないですよね……」

 そう言って少女が目をつぶると、肩までの栗色の髪はあっという間に赤く染まり、背中からはコウモリのような翼が、頭からは短い角が生える、肌は変装する前の魔王と同じ青い肌。ぱっと開いた栗色の双眼は、いつの間にか眉間の間にもう一つ存在していた。

「ルスイザ!」

 魔王がぱっと顔を明るくする。勇者は今までほぼ無表情で感情の起伏がほとんど見られなかった魔王の意外な反応に驚き後ずさりする。

「おぉ、ルスイザ無事であったか。心配していたぞ」

「はい、無事です魔王様。あの時魔王様が勇者から逃がしてくれたおかげです」

 微笑ましく談笑する魔王と少女を前に何となく居心地の悪い勇者だったが、遠くからの人の気配を感じて気を遣いつつ声をかける。

「あの、悪いんだけど人が来そうだから。続きは俺の家でしない? 俺の家は目くらましの魔法をかけてるから、普通の人間には見つけられないはずだし」

 だからこそ、勇者はこの少女が現れた時に普通の人間ではないと即座に判断し身構えた。もっとも、その心配は杞憂に終わったわけだが。

「うむ、その姿を見られてはまずいだろう。ルスイザ、勇者と共で不安だとは思うが……」

「大丈夫です魔王様。魔王様が一緒ですから!」

 ルスイザは魔王のことを心より信頼しているように、にっこりと笑う。

「うん、じゃあ人に見られない内にどうぞ」

 勇者は魔法で閉じられた家の戸を開けると、周りを気にしながら二人を家の中へと招く。

「……それで、えぇと。ルスイザ……だっけ」

 二人をリビングに通した勇者は簡単に温かいお茶を入れて各々へカップを配る。

「はい! 魔王秘書官を務めております、ルスイザです。この度は魔王様がお世話になりました!」

 カップを受け取りつつ軽く会釈をしながら挨拶する姿は、魔王の微妙な照れた表情も相まって秘書官と言うより小さな母親のようにも見える。

「ルスイザ、本当に無事で何よりだ。我が逃がしてからどのように過ごしていたのだ?」

「はい。勇者との決戦の際、力のない私を逃がしてくださった魔王様のお邪魔にならないよう、人間に変装してこの街までやって来ました。そこで魔王様の、敗北を、知って……」

 ルスイザはカップを強く握りしめる。当時のことを思い出しているのだろうか、下唇を噛みしめながら震える声で語る。

「私、信じられなくて、これから何処に行けばいいのか、何をすればいいのか分からなくて……道で倒れているところを、パン屋のご主人夫婦に助けていただいたんです」

 そう言うと、持ってきていたパンかごを机の上に載せる。そこには気っぷのいい女将と主人が経営する街でも評判のパン屋の名前が書かれていた。

「ご主人たちにはお子様がいないので、お二人とも私を本当の娘のようにとても大事にしてくれていて……人間は、魔王様を倒した悪い存在なのに」

 ルスイザの言葉を、勇者は大変複雑な思いで聞いていた。今まで魔族と直接話したことなど無かったのだが、見た目や能力が違うだけで中身は自分たち人間と変わらないように思う。そりゃあ人間に害する魔族もいるだろうが、全員がそうとは限らない。

魔王やルスイザを見ていて芽生えた複雑な後悔とも言える感情に打ちひしがれていた勇者だったが、さぞ悲しんでいるだろうと思って目を向けた魔王の表情を見て、目を疑う。

魔王はそれこそ愛しいものを見るかのような穏やかな微笑みでルスイザを見つめていた。

「ルスイザ。そのパン屋の主人たちと居て今幸せか?」

「あ……は、い」

 魔王の言葉に困惑しながらも、ルスイザははにかみながら答える。

「ならばよい。お前が幸せであればそれでよい。魔族だと知られることなくその者たちと末永く暮らすのだ。我のことはもう気にしなくてよい」

「で、ですが……」

「我が魔王として最後に願うことは、お前たち部下が幸せになることだ。我の望み、叶えてはくれまいか」

「はい……はい、魔王様……!」

 穏やかで優しい口調で語る魔王に、ルスイザは三つの目に涙を貯めながら大きく頷く。

 一方の勇者は、突然の感動シーンに自分のようなかつて敵であった者がいてよいものだろうか。空気を読んで席を外した方がよいのだろうかと考えつつ、静かにお茶を啜っていた。

「……そうだ。魔王様、私以外の魔族にはもう会われましたか? 四天王の皆様とか」

 涙を拭いつつ、ルスイザは勇者と魔王の二人に問う。二人は顔を見合わせると、お互い同じタイミングで首を振る。

「気配を察するに皆様生きておいでだとは思うのですが……もし会いに行かれるのであれば、大体の場所をお教えしましょうか?」

「へぇ、そんなこと出来るんだ」

 勇者の言葉にルスイザは三つの目をキリッとさせて両手で握りこぶしを作る。

「はいっ! これでも秘書官兼偵察係ですから! 戻って集中して調べてみますので、明日またお会いしましょう。旅の支度も調えて参りますから」

「ありがとう。しかしルスイザは同行しなくてもよい」

 魔王の言葉に椅子から飛び降り意気揚々と家から出ようとしていたルスイザの動きが止まる。感情に反応するかのようにピンと伸びていたコウモリのような羽は、しおしおと垂れ下がる。

「な、なぜですか? 魔王様が行かれるのであれば私も……」

「お前が今の生活を大切にするとよい。四天王の元へは勇者と向かおう」

「……ん?」

 予想外の方向から名前を呼ばれた勇者が魔王の方を見る。魔王はそれが当たり前のことかのように平然としており、勇者はむしろ動揺している自分が間違っているのではないかと言う気さえしてくる。

「そう、ですか……わかりました。では、また明日に」

 ルスイザは魔王と勇者を何度か交互に見た後、仕方が無いという風にため息をつくと、人間の姿に戻って渋々去って行った。

「……騎士が調べてくれているという情報も明日には集まる。できれば明日には出発したいのだが、よいだろうか」

「え? あぁ、まあ、いいよ。魔王を倒した後の勇者なんて、ほとんどやることないしね」

 半分冗談、半分本気を交えつつ勇者が笑いながら答える。明日とはまた随分急だなと思いつつ用意すべき荷物を考えていると、魔王が後ろからおずおずと話しかけてくる。

「……勇者よ」

「ん? なに?」

「ルスイザを巻き込まないよう咄嗟に勇者と共に行くと言ってしまったが、やはり迷惑、だっただろうか」

 こちらの顔色をうかがうように話す魔王を見ていると、桁違いの魔力で勇者たちの命を脅かそうとしてきた魔王と同一人物だとは思えない。どちらが本当の魔王なのか、どちらも本当の魔王なのか。

「あーはっきり言って明日ってのは迷惑だね。でもいいよ、暇なのも本当だから」

 クローゼットの奥から魔王討伐の旅で使用していた懐かしい鞄を取り出す。それをしょんぼりしている魔王の方へ、受け取れるように軽く投げる。

「それに、こうなった責任は俺にもあることだし、こうなりゃとことん付き合うさ!」

 にいっと笑う勇者を見て、魔王も少し申し訳なさそうに笑う。

 それからは明日のためにああでもないこうでもないと準備に明け暮れ、気がついたら翌日の朝になってしまっていた。


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