03:魔王と勇者
テーブルに着き、イアンが用意してくれた紅茶を啜る。ここは王宮内の王子の私室。備え付けられている茶葉も勿論一級品だ。もっとも、魔王は今まで紅茶など飲んだことがないのだから、いい香りだとは思うが紅茶の渋みに思わず口をすぼめる。
「それで、僕に聞きたいこととは?」
イアンの言葉に魔王はティーカップを置き、女神や勇者から聞いたこれまでの状況を簡潔に話す。その間勇者はクッキーと紅茶を交互に口に入れながら、うんうんと頷いていた。
「……状況は分かったよ。ただ、魔王が消滅しなかった事については、僕がこれまで聞いたことや読んだ書物に書いていなかったことだから、これと言った原因は分からないな。今までの魔王はどうしていたんだい?」
「今までの、魔王は……」
イアンの質問に魔王は淡々と答える。そもそも魔王というのは一人のことを指す言葉ではなく、魔族全体の概念のような、いわば女神に近い存在なのだと言う。魔族が自身たちを統率する存在を求めるが故に生まれた存在であり、その魔力が尽きるときに消滅し、新たな魔王が誕生していた。と、魔族に伝わる伝承として聞いていた。
「もっとも、我には生まれる前の記憶はない。故に先代の魔王たちとも会っていない」
魔王の話を聞いた勇者は手に持っていたティーカップを置き、興味深そうに魔王をじっと見つめる。
「へぇ、そうだったんだ。てっきり人間の王族みたいなものかと思ってた」
「制度としては、勇者を決める方法に近いのではないかな? エル」
「あーそうかもね」
「エル?」
聞き覚えのない言葉に魔王が聞き返すと、勇者が照れたように笑いながら自身を指さす。
「そう言えばまだ言ってなかったね。俺の名前、エルシオン。略してエル」
「エル……」
初めて聞く勇者の名に不思議な感覚があった。ずっと勇者と呼んでいたからなのかとも思ったが、すぐに違うと言うことが分かった。勇者が名を教えてくれたのだからと自らも魔王ではなく名を教えようと思ったが、自身には名前というものが存在しないことに気づいたからだ。今まで魔族たちから『魔王様』としか呼ばれたことがなかったため気づかなかった。とんだ盲点だったなと考えていると、勇者が紅茶を一気に飲み干し、大きく息を吐く。
「はぁ。勇者って言うのもね、世襲制じゃないんだよ。あれもなかなか難儀でね……」
椅子の背もたれに体重をかけ、思い出すように天井を仰ぎ見る。勇者が語るのは、勇者を決める儀式について。
勇者は先の勇者が亡くなった、及び消息不明になった際に次の勇者が選ばれる仕組みだ。王国中から集められた力自慢たちで戦い、最後に残った者が……という訳ではなく、最後に残った数人の中から女神に選ばれた者が勇者として任命される。
エルは王国の外れにある山奥の村の出身で、他に身寄りがなく木こりをして暮らしていたが、何となく選ばれたらラッキーぐらいの気持ちで勇者の選考会に参加したらあれよあれよと勝ち進み、終いには女神に選ばれる始末。
「エルシオンを見た途端、勇者は彼だ! ってはっきり分かりましたのよ」
どこからともなく現れた女神が嬉しそうに語る。
「力や魔力は並でしたけど、他のどの候補者よりも輝いて見えましたの。彼こそが魔王を打ち倒しこの世界に平和をもたらす者だと……」
と、ここまで言って女神はハッとした表情で魔王の方を見る。魔王は女神の言葉を意に介していないのかそれとも話を聞いていないのか、表情を変えることなくじっと足下を見つめていた。
気まずくなった女神がそそくさとその姿を消したため、三人の間に無言の時が流れた。
「……でも、そうですよね」
静寂を破ったのはイアンの一言だった。
「僕たちは魔族は人を襲う悪い者だと幼い頃より聞かされてきた。だから長年魔王を討伐することにも疑問を抱かなかった。その点、魔王はどう思う?」
話を振られた魔王は足下から視線をゆっくりとイアンの方へと移す。
「先ほどから、考えていたのだが……」
その視線はイアンから、勇者の方へと向けられる。
「我としては、我ら魔族を打ち倒さんとする勇者を筆頭にした人間たちに対抗していただけである。しかしそれがどの様にして始まったのか知る由もない。少なくとも、我は降りかかる火の粉を払っていただけである」
魔王の発言に、勇者エルは腕を組み眉根を寄せる。
「俺だって、魔族は人間を滅ぼすモノだから倒せと言われただけで個人的な恨みはないよ。もしかしたら、俺たちとんでもない勘違いをしてたんじゃない?」
エルの発言に、再び三人の間に静寂が訪れる。もし、人間も魔族もきっかけは分からないがお互いがお互いを害あるモノだと思い込んで長年いがみ合ってきただけなのであれば、それは言い様もなく滑稽である。その事に三人とも気づいてしまったがために、誰も次の言葉を紡ぐことが出来ないのであった。