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02:騎士イアン

「とりあえず、その青い肌はなんとかした方がいいかもねぇ」

 勇者から事のあらましを聞いた魔王は、街の様子を見てみようと言う勇者の提案を快諾し、共に街へと出ることになった。その際、勇者から魔族特有の青い肌のことを指摘された。

「世間では魔王は死んだことになってるし、魔族への風当たりの強いから今のところは隠しておいた方がいいかも」

 勇者が少し申し訳なさげに眉尻を下げて言う。魔王自身も下手に混乱を招かないためにも勇者の言うことはもっともであると考えたため、残る少ない魔力を行使し、肌の色を人間と同様の色に変化させる。勇者の服を借りたその姿を鏡で見てみると、少し背筋の曲がった不健康そうな青白い肌で赤い目をした人間の青年に見えた。

「うん、いいじゃないか。俺より年上に見えるね」

 何て言いながら笑う勇者に、見た目だけではなく数百年単位で生きている魔王は名実ともに年上なのだが、と思う魔王だったが指摘するのも無粋かと考え口をつぐんだ。

 勇者の家から出て道なりに歩いて行くと、多くの人々が行き交う大通りに出る。

「ここは城通り。名前の通り王国のお城へ繋がっているんだ」

 勇者が指さす方を見ると、道が続く先に大きな城が見えた。

「そうか、やはりここは王国内なのだな」

 何となく想像は付いていたが、改めてここが人間の王国、それも城下町の中であることを認識する魔王。魔王の言葉にぽんと手を打つ勇者。

「そうか、俺の家だとは伝えていたけど王国内だとは言っていなかったね。すまない」

「いや、ある程度想像は付いていたから構わない」

 言いながら、魔王は行き交う人々を観察する。慌てた様子でパンかごを抱えて走るご婦人。良いことでもあったのか飛び跳ねながら歩いて行く若者。大声で談笑しながら楽しげに通り過ぎる恰幅の良い男性たち……。どれもこれも眩しかった。

「この通りは、いつもこうなのか?」

 魔王は行き交う人々を指して勇者へ問う。

「そうだね。ここは王国内でも特に大きな通りだから、いつも沢山の人で溢れてるよ」

 勇者の言葉を聞いて、魔王は再び行き交う人々に目をやる。思い出されるのは自らの部下たちのことだ。あの者たちも我のために一生懸命働いてくれていた。勇者たちに倒されたと聞いていたが、時間が無く再生させることが出来なかった。だが我が生きているのだ、あの者たちもどこかで生きているのかもしれない。

「なぁ、勇者よ。我の部下たちは……」

「あ! 勇者様よ!」

 魔王が話し始めたと同時に、通りにいた人々が勇者を見つけて歓声を上げる。

「勇者様バンザーイ!」

「勇者様、魔王を倒した時のお話もっと聞かせてください!」

「おい、あっちに勇者様がいるらしいぜ!」

「お隣にいる方は? お仲間ではないようですけど」

 徐々に騒がしくなる通りを前にして狼狽える魔王。勇者は一歩前に出ると、穏やかな笑みを浮かべたまま、民衆に向かって語る。

「皆、ありがとう。だがすまない。今は客人をもてなしている最中でね。悪いが失礼させてもらうよ」

 そう言うと魔王の手を取り、来た道を全速力で駆け抜けていく。

「うわっ!?」

 突然手を引かれた魔王は足をもたつかせながらもバタバタと勇者に引っ張られるようにして細い通りを駆けていく。

 そんな勇者と魔王の後ろ姿を見ていた一人の少女が、持っていたパンを思わず地面へと落とす。

「魔王、様……?」

 少女の声は勇者を呼ぶ人々の声に紛れて消えていった。

 しばらく経って、誰も追いかけてきていないことを確認してから勇者は魔王の手を離す。

「や、ごめんね。ああいうのは早く離れた方がいいからさ。大丈夫?」

 ぜぇぜぇと肩で息をする魔王の様子を見て、心配するように軽くぽんと肩を叩く勇者。魔王はその反動か地面にぐしゃりと座り込み、青白い肌を余計に青白くしながら口を動かす。

「……我は、普段、走らない」

「だよね。あはは、悪かったよ」

 何故か楽しげに笑う勇者に以前と変わらぬ殺意がふつふつと沸く魔王だったが、こんなしょうもない事に、と考え直し大きく息を吐いてゆっくりと立ち上がる。

「お、もう大丈夫? だったら行きたいところがあるんだけど」

 相変わらずにこにことした表情で繰り出される提案に魔王は警戒するように目を細める。また同じような目に遭うんじゃないかと疑っていると、それを察したのか勇者が小首をかしげる。

「知りたいんでしょ? 自分のこととか、部下のこととか」

 勇者の発言に、魔王は眉根を寄せる。

「君の知りたいことを教えてあげるから、行こう」

 差し出された勇者の手を、魔王が取るのに時間はかからなかった。

 魔王が手を取った瞬間、勇者が何か短い言葉を口にすると、とてつもない魔力が二人を包み、辺りが真っ白な煙のようなものに覆われる。次にその煙が晴れた時、そこは今まで居た路地裏ではなく、とある豪華な部屋の中だった。

「こ、こは……?」

「誰だ」

 魔王が辺りを見回していると、窓際に置かれた豪華な執務机の方から声がする。魔王はその人物に見覚えがあった。その人物は椅子から立ち上がりこちらへ近づくと、勇者の前で立ち止まる。

「勇者よ……」

「なにかな?」

 真剣な声色で勇者を呼んだかと思うと、突如その両手を勇者の肩に置き、がくがくと勇者の身体ごと揺らし始める。

「久しぶりじゃないか我が親友よ! 全然連絡をくれないものだから心配していたのだよ! いやぁ元気そうで何より何より!」

 明るくはつらつとした声で言い放つその姿に、魔王はやはり見覚えがあった。

「騎士、か……?」

 頭に沿うように流れる銀髪、色素の薄い黄色い瞳、整った顔立ちから放たれる、丁寧な物腰ながら元気の塊のような発言。間違いない。こいつは勇者の仲間の一人である騎士だ。

 騎士は自らの事を呼ばれた事に気づき、魔王に目をやる。

「おや、こちらは? 勇者のご友人かな? どこかで見たことのある顔だが……」

「わ、我は……」

「魔王だよ王子様。少し前に話したはずだよ」

 勇者の言葉に、騎士は魔王をじっと見つめる。数秒の時を置いて何かを思い出したかのようにハッと身体をのけぞらせる。

「あぁ、そうか! これが話していた魔王か! どおりで見たことのある顔のはずだ!」

 はっはっは、と豪快に笑う騎士を前に、魔王はただひたすら呆気にとられていた。騎士のことは部下の報告や偵察隊より話は聞いていたが、こんなに豪快な人物であったとは聞いていなかった。ただそんなに戦力としては恐るるに足らないとは聞いていたが。

「王子様。魔王が引いていますよ」

「ん、そうか。それは失礼。しかし王子様などと水くさいじゃないか。僕のことはイアンで良いと言っているだろう?」

「そうは言ってもね、王子様」

 どうやらここは騎士の部屋であると言うことだけは分かったが、それ以外のことは何が何だか分からない。と言った表情で魔王が二人の事を見つめていると、それに気づいた勇者が騎士の言葉を遮るようにして言う。

「あぁごめん。紹介するよ、知っているかもしれないけどこちらはイアン・A・セネティ。俺たちがいるこの王国、セネスティアの王子様だよ。勇者の仲間としては騎士、として参加して貰っていたけどね」

「うむ。先日の戦いでは世話になったな。改めてよろしく頼む」

 魔王が状況をいまいち理解していないまま差し出された手を取って握手をする。その様子を見て勇者は言葉を続ける。

「ここに来たのは、彼に……イアンに話を聞こうと思ってさ。イアンは思い出すのに時間はかかるけど、一度覚えたものは忘れないんだ。そのためにさっきの路地裏から瞬間移動してきたんだよ。この部屋の座標を移動ポイントにしておくと何かと便利だから」

「人の部屋をチェックポイントのように扱うのはいかがなものかと思うが、まぁ事実だからいいだろう!」

 ここまで聞いてようやく魔王の中で話がまとまってきた。つまりは、記憶力の良い騎士……もといイアンに話を聞くために瞬間移動の魔法を使ってここまで来た、と。たったそれだけのことだった、と。

「それならば、先にそう言ってから瞬間移動すればよかろう」

 そうすれば、こうも混乱せずとも済んだのに。

 魔王が片眉を吊り上げつつも勇者に向かって言うと、勇者は楽しげにけらけらと笑いながら答えた。

「だって、それじゃあ面白くないだろう?」

 その瞬間、以前部下から聞いた勇者に関する報告がふっと頭を過ぎった。今代の勇者は歴代と比べて力も魔力も強く、魔族にとって最大の強敵となるだろう。しかしながら壊滅的な欠点がある。それは、性格があまりよろしくないところだ。


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