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01:新たな目覚め

 悲痛な叫び声が広々とした空間へとこだまする。それは魔王の悲鳴。かくして、魔王城へと乗り込んできた勇者一行の手によって、魔王はその存在をこの世界から消滅させることになった。

 と、思っていた。

「……あ?」

 窓から柔らかな日の光が降り注ぐ、木製の質素な造りの部屋。魔王は真っ白なシーツが掛けられたベッドの上で目を覚ました。

 いまいち回りきらない頭で状況を理解しようと上半身を起こして辺りを見回す。人間が使う宿のような一室。部屋の中には箪笥や机、椅子などの簡単な家具が並んでいる。自らの状態を確認しようと下に目を落とす。魔王を象徴する青い肌。手は動く、足も……ある。顔に触れる。容姿がどうなっているかは分からないが、顔は存在しているようだ。頭を触る。伸びっぱなしの黒く長い髪もそのまま。煩わしい巻き毛もそのまま。うむ、身体に異常は無いようだ。このやけにピカピカの真っ白な寝間着を除けば。

 しかし身体を調べていく内に一つの違和感に気づいた。本来あるはずの、いや、無くてはならないはずの、身体の内側から沸き上がるような魔力が何処にも感じられない。

 これは一体どういうことなのか。そもそもこれは一体どういう状況なのか。いくら考えを巡らせても、記憶はあの時からぷっつりと途切れている。そう。あの、忌々しい勇者に倒されたときから……。

「ん、起きた?」

 部屋の扉が突然開いたかと思うと、見覚えのある顔の人物が入ってくる。

揃えられた金髪に少年のようなあどけない顔、意志の強そうな深い蒼の瞳。

「おま……勇者……!?」

 名前を呼ばれた勇者は軽く首をかしげると、人のよさそうな表情を変えることなく部屋へと入ってくる。

「あー、本当に生きていたんだね。女神の言ってたことはほんとだったんだぁ」

「生きていた? 女神?」

 勇者の言葉の意味が分からずオウム返しのように言葉を繰り返す魔王。その様子を見た勇者が軽く微笑むと、部屋にあった椅子を魔王の側へと引き寄せて座る。

「俺もよく分かってないんだけどね、どうやら……」

「その説明はわたくしからいたしましょう」

 勇者の言葉を遮るように何処からか涼やかな女性の声が聞こえる。

「うわきた」

 勇者が一言呟くと、突如まばゆい光が部屋中を包み込み、魔王は思わず眩しさに目をつぶる。

「魔王よ、魔王よ目を開けなさい」

 我に指図するでないと思いつつ、魔王はやたらと近い位置から聞こえてくる声の言う通りに目を開ける。目と鼻の先にまばゆい虹色の光に包まれた女性の顔があった。

「うわっ!?」

「あら失礼。出現位置を間違えましたわ」

 女性はうふふ、と悪びれもせず笑うと、ふわふわと浮いているかのような身体を魔王の足の位置辺りまで下げる。全身が虹色の光で包まれ、ドレスのようなものを纏ってはいるが身体とドレスの境目があやふやで、体つきや声から何となく女性であると言うことが分かる。

 しかしこの存在するだけで身体の底から嫌悪感が沸いてくるようなこの感じ、魔王には目の前の女性が何であるのか心当たりがあった。

「女神、か?」

 魔王の言葉に女神と呼ばれた女性は顔をほころばせて嬉しそうに笑う。

「まぁ、うふふ。その通りですわ、魔王。わたくしはこの世界の女神。気軽に女神様と呼んでいただいて構わなくてよ」

 ころころと楽しそうに笑う女神の姿に魔王が困惑していると、それを見かねた勇者が面倒くさそうに口を挟む。

「女神様。説明しに来たんじゃなかったの?」

「あらそうでした。わたくしったらうっかりさんですわね」

 勇者が一つ、ため息をつく。魔王は勇者と女神とを交互に見ながら、今のこの状況が理解できないというように目を泳がす。

「さて魔王よ。貴方が勇者に倒された事は覚えていますか?」

「あぁ、覚えている」

「貴方たち魔族は勇者に倒されるとどうなるのでしょう」

「……勇者に倒された魔族はその場から消滅し、我の力によって再生され新しい命を得る」

「そうですね。では、その再生をおこなっていた貴方自身が倒されてしまった場合、貴方はどうなるのでしょう」

「さぁ、それは我にも分からないが、何となく消滅するのだろうと思っていた。だからこそ今のこの状況に驚いている」

「そうなのです! わたくしも驚いているのです!」

 何故か自信たっぷりに、ずずいっと近づいてくる女神に若干引いていると、勇者が呆れたようにため息をついて言葉を挟む。

「俺たちは女神様から『魔王は倒したら消滅する』って聞いてたんだけど、実際は倒した後もずっとその場に倒れたままでさ。どうやら気絶してるだけみたいだし、このまま放置しておくのも可哀想かなぁって思って一緒に連れてきたんだよね」

「連れてきたって、どこへ……」

「ここ。俺の家」

 魔王は生まれて初めて目眩というものを覚えた。話を整理しよう。勇者は女神から魔王は倒したら消滅すると聞いていたが、実際は気絶しているだけだった。そのままにしておくのも可哀想だから家に連れてきた、と……?

「あぁ、そうか……」

 魔王はこの状況になんと言うべきか分からずとりあえず何か呟く。それを理解したと受け取ったのか女神が満足そうに頷く。

「そう、そうなのです。理解していただけたようで何よりですわ」

 一方的な微笑みを向けると、現れたときと同じように女神の身体が光り始める。

「魔王よ。気づいているでしょうが、貴方はもはや人の子と何ら変わらぬほどの力しか持っていません。せっかく助かった命。これからどう生きるかは貴方次第なのです……」

「いや、待ってくれまだ理解が……」

「勇者よ。心優しい貴方ならこの迷える魔王を導いていけるはず。後のことは頼みましたよ……」

 そう言うとこちら側の言うことを聞きもせず、女神はまばゆい光と共に消えていった。

 呆気にとられる魔王に、諦めたような口調で勇者が語りかける。

「無駄だよ。女神は人の話を聞かないんだ。彼女に合理的な説明を求めるのはやめた方がいい、疲れるだけだよ」

 魔王はぴくぴくと痙攣する目元を抑えながら、慣れたように肩をすくめる勇者へと目を向ける。

「俺も全てを知ってるわけじゃないけど、答えられる範囲で答えるから、さ」

 へらりと敵意なさげな表情をする勇者を見て、魔王は改めて実感する。勇者と争っていた時代は確かにあったが、それは自身の敗北という結末によって終わりを迎えたのだ。新しい時代が始まろうとしているのだ、と。


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