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おくるもの  作者: たけさん256
1/3

プロローグ

僕の目の前にはトラックと接触したばかりの鳩が転がっている。

まるでメトロノームのように首を左右に振り、それに合わせるように羽を上下に動かしている。

明らかに何かが壊れたような動きだ。

ここは幹線道路沿いの歩道。

まるで木のトンネルのような場所だ。

歩道の街路樹と後ろの大きな病院の植木が歩道を覆っている。

僕はこの歩道に設置されているベンチに座っていて飛ばされた鳩に出会したのだった。


不意に僕の視界にいる鳩に黒い杖が重なる。

その杖の先から、まるで鎌の刃のような光が出ている。

僕の視線は鳩と杖の光に囚われる。

その光が鳩の上を優しくなぞると鳩は何もなかったように動きを止めた。

死んでしまったのだろう。

なぜか光がとどめを刺したとは思えなかったが、

目の前で命の火が消えたのは確かだった。

「残酷だね。」

僕がそう言うと杖の持ち主は少し驚いたように僕を見て、優しく微笑んだ。

その人は全身黒の服装で髪は綺麗な白髪。

顔は男性とも女性とも言えない、美しいと言う言葉がとてもしっくりくる顔立ちだ。

よく、あまりに綺麗なものを見ると人は神々しいと言うけれどそれは人が判断出来る範囲の表現でその人には当てはまらない。

14年しか生きていない僕でもその美しさは普通ではないことがわかる。

その人の動きに僕は目を奪われてしまっていた。


「おいおい、旦那。相変わらず働き者だね〜。」

僕たちの間に割って入るように派手な服装の男性が声をかけて来た。

真っ白なスーツに大きめな薔薇の花模様がプリントされていて

髪は長めで緩めのパーマがかかっている。

背はさほど高くはないが威圧感はものすごい。

通りを歩く人たちも見て見ぬふりをしているくらいだ。

とても堅気には見えないその人に、僕が目を奪われた美しい人が話しかけた。

「源さんか・・何か用かい?」

「冷たいね〜。俺たちの仲じゃないか。ぼうずもそう思うだろう?」

不意に声をかけられて何と答えて良いやら戸惑っていると、

源さんがニカっと笑顔を浮かべながら僕に近寄って来てこんなことを言ってきた。

「なぁぼうず、この旦那は霊能力者だから一緒について回ってたら面白いこといっぱいあるぞぅ!」

霊能力者?

さっきの鳩のこともあってちょっと信じてしまいそうになる。

「源さん、適当なこと言って信じちゃったら困るでしょ?」

その美しい人は真面目な顔で源さんに注意した。

源さんはお構いなしに大声でゲラゲラ笑ってる。

「もう、源さんはそろそろ・・」

「おっと、これ以上は藪蛇だ!俺は明日からハワイに行くからのんびりもしてられねぇ。それじゃあな!」

突然現れて場を掻き乱していた彼は僕等に背を向けて手を振りながら去ろうとしていた。

「旦那、仕事みたいだぜ〜!」

今まで振っていた手は道路を挟んで向かい側のビルを指差していた。



道路を挟んだ向かい側はオフィスビル街だ。

大小のビルが並びサラリーマンが多く行き来している。

そのビル街のひとつ、10階建てのビルの前に人だかりが出来ている。

入り口を遠巻きに半円状に囲む人達。

まるで大道芸でも見ているかのようだ。

しかし、人だかりの視線は上を向いている。


その視線を辿ると、屋上の柵を乗り越え半狂乱になっている人にたどり着く。

今にも飛び降りそうな様子だ。

何を叫んでいるか聞き取れないが世の不満を吐き出しているようだ。

まだ消防車も警察も着いていない、今起きたばかりの出来事だった。


僕と霊能者の彼は現場へと向かって走る。

片側三車線の道路を信号が変わると同時に走り抜け、人だかりにたどり着く。

彼は人をかき分け半円の広場の中心に向かう。

僕も後を着いて彼に着いていく。

人々の視線は上に集中しているので僕たちは注目されない。

彼はある場所でしゃがみ込んだ。

そこで手に持った杖を横に一線振り抜いた。

 フォン という音があたりに響くと静寂が訪れる。

人々の騒めく声も車の走る音も聞こえない。

その不思議な感覚の中、僕は彼の目線の先を見て驚いた。

そこには地面に張り付いた人がいたのだった。


その姿は頭が半分割れて左目が飛び出し手足はありえない方向に曲がった若い女性で、地面に描かれた絵の様に立体感はなかった。

彼の視線とその張り付いた女性の視線が合う。

女性の目は全ての光を飲み込むかのように深く暗い。

その闇の底には計り知れない恨みや悲しみが渦巻いているようだった。

「君は何をしている?」

彼は静かな声で地面に張り付いた彼女に語りかけた。

彼女は薄ら笑いを浮かべなが語り始める。

「何をしてる?私は仲間を作ろうとしてるだけよ。

ここに張り付いてもう30年経つわ。

ずっと一人ぼっちで道ゆく人達に踏まれ、唾を吐かれ 空腹を冷たい泥混じりの雨飲んでしのいでいるわ。」

次第に薄ら笑いは怒りに変わり始める。

「誰も私に気づかない!誰も私に話しかけない!

生きている時と何も変わらない!! 

親も学校も誰一人私に手を差し伸べてくれなかった!

こんな世の中、嫌になって命を断ったのに何も変わらない!」

折れ曲がった手足を振り回しながら恨みを吐き出す。

化け物じみたその姿はとても悲しく見えた。

「君は死んだつもりでいるけど、死はそんなに簡単なものではないんだよ。

君は体を無くす前と変わらずお腹は空くし眠くもなるだろう?

仲間を作ろうとしても何も変わらないよ。」

彼は変わらず静かな声で話しかける。

徐に杖を地面に突き立てた。

 ドン! 

その音は彼を中心に波紋のように広がった。

すると地面に張り付いた彼女から禍々しい触手が延びているのが見え始める。

それは屋上で半狂乱になっている人へと繋がっていた。

赤 黒 黄の色がまだら模様になっている触手。

小さく脈打ち「何か」を流し込んでいるように見える。

「貴方の怨念はあの人には無関係だ。」

彼は再び杖を横にないで触手を断ち切った。

触手は黒い霧になって散って行く。

「ギャー!」

地面に張り付いた彼女がもがき苦しんでいる。

「何するのよ!あ、後少しで仲間ができる所だったのに!」

苦しみながらも怨嗟の思いが込められた言葉をぶつけて来た。

「君自身が[世の理]を破ってここに張り付いたのだろう?

 寿命が尽きるまで後30数年はここにいることになる。」

 ヨノコトワリ?

その言葉の意味を理解できないまま僕は彼の話に惹きつけられていた。

「君はさっき、誰も手を差し伸べてくれなかったと言っていたね。」

「....」

「本当は差し伸べられた手を自分で払っていたんじゃないのかい?」

彼はある場所を指差した。

そこは人垣の足元を抜けてガードレールの根元に置いてある小さな花束を指していた。

彼女は目を逸らす。

この花を置いた人を知っているからだ。

「君のお母さんは月命日に必ずあの場所に花束を置いて君のことを思っていてくれてるよ。

もう80歳を超えても尚君を救えなかったことを悔やんでいる。」

彼女は踞るように泣き出した。

「わかってるわよ!わかってるの!ひとりで全部抱え込んでどうにもならなくなって周りが何も見えなくなって全てを拒絶していたのは私自身なの!どうにも出来なかったのよ!!」

禍々しかった彼女の姿が変わり始める。

割れた頭も飛び出した左目も曲がった手足も治り、生前の綺麗な姿に戻って行く。

さらに小さな子どものように無垢な空気を漂わせ泣き疲れて眠るようにまるくなっていた。

「お母さん、ごめんなさい・・」


「時が来るまで眠りなさい。」

彼は杖を地面に優しくなぞる。

彼女の姿は霞のように薄まりそして消えて行った。


彼はスッと立ち上がり人垣の外へと歩いていく。

何事もなかったように。

いつの間にか喧騒も車の行き交う音も辺りに戻っていた。

丁度入れ違うように消防士と警察官が駆けつけて来た。

もう正気に戻った屋上の人は無事に保護されるだろう。

僕は彼の後を追って騒ぎの外へと向かった。



僕は奇跡を見た!

悪霊を鎮める所を目の当たりにしたのだ。

霊なんか見たこともない僕がその魔技を体験してしまった。

本物の霊能力者に出会えたことに身慄いするほどの興奮を感じている。

まるで陰陽師が現代に実在しているかのような話だ。

そんなのアニメや小説の中の物語だと思っていたのに。

僕は相当キラキラした目で彼を見ていたのだろう。

先を歩いていた彼は少し呆れたように僕に振り返った。

「私は君が今、想像しているような霊能力者や陰陽師ではないからね。」

僕は驚いた!

何故僕が今思っていたことがわかるんだ?

これはもう、神様の類い?

確かに彼の美しさは尋常ではない。

僕は更に妄想が炸裂していく。

「神様でもないよ!神様なんてこの世に・・あっ!ひとり居たな。」

彼は何かを思い出したようにクスクスと笑い出した。

神様と知り合い?

もうダメだ!

彼を尊敬の目でしか見れなくなってしまっている。

14歳の多感な少年には刺激が強すぎたようだ。

「それにね、彼女は悪霊なんかじゃなく人だよ。」

人?元ってこと?

あの地面に張り付いていたのは僕らと同じ人だという事?

目の前で見てしまったあの光景は人に施したものとはとても思えない。

彼の言葉が僕の心に引っ掛かった。



僕達はオフィス街を抜けて繁華街へ向かって歩いていた。

人通りがサラリーマンからお買い物に来ている人達に変わっていた。

新しくガードレールを設置している交差点。

信号待ちで立ち止まった。

工事現場の人達が作業していて少し狭くなっている所に沢山の人が信号待ちしている。


「あの・・」


僕達に声をかけて来たのは30半ばくらいの女性で3歳くらいの女の子を連れている親子だった。

優しそうな雰囲気の綺麗な女性は少し寂しそうな表情をしている。

お子さんは恥ずかしがり屋なのかお母さんの後ろからそっとこちらを覗いていた。

彼は初めて僕に会った時と同じ優しい笑顔を彼女に向けていた。

「私たちをおくっていただけませんか?」

彼の知り合いだろうか?

僕はどこかに2人を送り届けて欲しいとお願いされていると勘違いしていた。

「気になること、ありましたか?」

彼はその女性に話しかけた。

「私達がここにいるのが主人にはわかるみたいです。辛そうにしていて・・」

しばらく間を置いて彼は手に持った杖を軽く振った。


リーン・・


涼やかな音色が彼女を包む。

すると彼女の胸の辺りから赤い糸のようなものが見え始める。

それは何処かに繋がっているように長く伸びていく。

彼は優しい笑顔のまま彼女に話しかける。

「なるほど。対の魂ですか。稀な方達ですね。良い出会いをされました。」

ツイノタマシイ?

またわからない言葉だ。

ヨノコトワリ ツイノタマシイ

その言葉達の意味を僕は後に理解する。


「はい。とても幸せでした。でもあまりにも短すぎて・・」

「今、おくってしまうと次は出会いがずれてしまいますよ。」

その言葉に彼女は寂しげに、でも晴れやかに微笑みながら

「主人を探して側で待ちます。また一緒にいられるように。」

意味はわからなかったが何かの覚悟が感じられた。

「わかりました。おくりましょう。次の世でも幸せでありますように。」

彼は彼女の後ろからこちらを見ている小さな子に視線が合うようにしゃがみ込んで話しかけた。

「君はまだ小さいからお母さんと一緒にいようね。」

小さな子はニコッと微笑んで頷いた。


彼は杖を縦に持ち円を描くようにしなやかにひと回りした。

すると薄桃色のベールのような布が2枚現れた。

まるで手品を見ているようだった。

その布を手に持ち彼は2人に声をかける。


「準備はいいですか?」


2人は優しく微笑みながら頷いた。

彼は手に持った布を2人にそっとかけた。

すると今まで微笑んでいた2人の顔が無表情になった。

全てを忘れたかのように。

彼女の胸の辺りから出ていた赤い糸が霧散して消えていく。

それは赤い糸ではなく血管を通る血のようで、対の魂の繋がりが強いものだと感じ取れた。

2人は視線を空に向ける。

そして静かに浮かび上がった。

天女の羽衣を纏って月に帰って行ったかぐや姫のように。

空へと浮かんでいく2人を彼は静かに見ていた。

きっとたくさんの人をこうしておくって来たのだろう。

彼の顔は2人の未来が良いものであるように祈っているようだった。

2人は静かに、静かに空へと登り小さくなった影はやがて見えなくなった。



「ぼ・僕、家に帰ります・・」

僕は二、三歩後退りしてから踵を返して走り出した。

今、僕は背中に冷たいものが走るほど強烈な違和感に襲われていた。

そしてどうしても確かめなければいけない事に気がついてしまった。

とにかく走った。走って走った。

僕に纏わりつく不安を振り払うように。





僕は初めて彼に会ったベンチに座っている。

あの時の鳩の亡き骸はもうない。

きっと野良猫にでも拐われたのかもしれない。

亡き骸・・

よく言ったものだと今は思う。

「よう!ぼうず。また会ったな。」

陽気な感じで源さんが声をかけて来た。

今はそんな気分ではないのにお構いなしだ。

源さんはベンチに座っている僕の横にドカッと座って来た。

両手をベンチの背もたれに広げてかけて足を組んだ。

「色々わかったかい?」

源さんの言葉にこの人もそうなのかと確信した。

これだけ目立つ危なそうな人だから道ゆく人は見て見ぬふりをしているのだと思っていた。

でも僕があの交差点で感じた強烈な違和感の答えがここにあった。


僕が感じた違和感。

それは羽衣を纏って空に登る人に、道ゆく人が誰一人気づいていない事だった。

見えていないから気づかない。

気にしない。

起きていることがわからない。

僕達がビルの前の人垣の輪の中心に居て地面に張り付いた人と見合っていた時もビルの上に目線がいっているから気が付かないのだと思っていたけど、実の所見えていなかったから注目されなかったのだと考えればとてもしっくり来る。

この源さんも僕も人からは見えていないのだ。

僕はこの答えを導くために源さんに質問を始めた。


「源さん。僕達は生きてるの?」


幽霊だから人からは見えていないのか?

源さんはその答えを静かに教えてくれた。

「この世には縛りがあるんだ。[世の理]と言ってな・・」

源さんは静かに語り始めた。

今僕達がいるこの世界はこの世とあの世で成り立っている。

どちらも同じ世の中なのだ。

この世には縛りがある。

例えば寿命。

人は必ず死を迎える。

例外はない。

人は死を恐れて日々暮らしている。

それは死が得体の知れないものだからだ。

死んでしまった人が「死んだらこうなるよ。」とは教えてくれない。

だから人は生きることを懸命に頑張る。

他にも縛りはある。

名前、時間、食事、睡眠、お金、仕事、家族・・

数えると切りがないほどある。

そう。

この世は縛りだらけの不自由な世界。

人の言葉を借りて例えるなら[地獄]

「えっ?地獄って鬼がいたり血の池地獄だったり針の筵だったり酷くて辛い場所じゃないの?」

僕の言葉に源さんは大笑いしながら

「もし、死んでからそんな所に行く事があったら人の精神が持つわけないだろう。」

確かにその通りだと思った。

僕だけじゃなくそんな所に行ったら5分待たずに発狂してしまうのは間違いない。

「人が言ってる地獄は死への恐怖が生み出した妄想だよ。」

では死んだ後どうなるのか?

「この世と同じ世の中にいるよ。但し、縛りは無い。自由だ!人の言葉で言う所の[天国]だな。」

なんて事だ!

僕達がいるこの世界に死んだ後の人達もいっぱい居るという事らしい。

でも僕はその人達を見た事がない。

何故か今は源さんや地面に張り付いた人や空に登って行った親子を見ているが・・。

「実はあの世は自由なんだがひとつだけルールがあるんだよ。

それは[この世には干渉出来ない]って事だ。」

つまり、あの世の人はこの世の人を見る事はできるが触れたり話したりは出来ない。

人に限らずこの世の物には触れる事が出来ない。

逆も然りでこの世の人もあの世の人には干渉出来ない。

だからあの世の人達を見た事がない。

「今、ぼうずはあの世とこの世の狭間にいるのさ。だからどちらも見ることが出来るし話す事も出来る。但し、余り時間が無いのも確かだぞ。」


わかっている。

僕は空に登る人を見てから確かめなければならない事があって家に帰った。

家には鍵がかかっていて入れなかったが窓から家の中は確認出来た。

家の中には写真がたくさん飾ってあった。

僕の写真だ。

公園で遊んでいる僕の写真。

キャンプに行っておにぎりを食べてる写真。

小学校入学の時の緊張した顔の写真。

そして・・


「僕は・・」

「おっと!ぼうずが聞きたい答えが来たぞ。」

そこには優しい笑顔の彼が静かに立っていた。



今、僕達はある病室にいる。

そこは集中治療室。

目の前には酸素マスクを付けて身体中センサーだらけで点滴を受けている僕が横たわっている。

僕と横たわる僕は金色の糸で繋がっている。

その糸の真ん中辺り、まるで線香花火のように儚い火花が散っていて今にも切れそうだった。

「地面に張り付いていた人、覚えてるかい?」

彼が僕に話かけた。

「はい。忘れられないです。」

「今、君と君の体を繋いでいる金色の糸が切れた時が君の寿命になるんだ。あの地面に張り付いた子は寿命前に体を失った。屋上にいた人に繋がってた禍々しい触手は行き場をなくした糸が変化したものなんだ。」

この世で生きるために必要な体とを繋ぐ糸をどんな形であれ切ってしまうとそのまま切った場所に張り付いてしまうらしい。

この世では移動するために必要な体。

人は寿命を全うすると自然とあの世側の人になる。

しかしどんな理由であれ寿命前に体を無くしてしまうとあの子の様になってしまうのだ。

動けなくなる孤独と誰とも繋がれない不安が糸を触手に変えて同じ不安を持った人に繋がろうとしていたのだと言う。

自殺や戦争など寿命前に体を無くす事は何も良いことが無い。

親から貰った体を大切にと言う教えはとても正しいと思う。


僕は中学校に上がる年に病気になった。

原因も治療法もわからない病で入院時、医者の診断ではもって半年と言われた。

日に日に弱って行く僕に父も母も二つ年下の弟も笑顔で元気に接してくれた。

みんな、かなり頑張っていたのはとてもよくわかった。

辛くないわけがない。

でも僕が辛い顔していたら笑顔が泣き顔になってしまう。

僕も頑張って笑顔を見せた。

すると余命半年と言われていた僕は2年生き延びることが出来た。


それも限界が来たようだ。


僕の家族は強い人達だと思う。

病気がわかってから覚悟を決めていたからだ。

割り切れない事はわかる。

でも、腹を決める事で僕に最善を尽くしてくれた。

家族には感謝しかない。

何も出来ないままこの世を去らなければならない僕。

もしまたこの世に生まれるときにはこの人達の家族になりたい。

本気でそう思った。


「兄ちゃん、もう頑張らなくていいよ。僕達は大丈夫だから安心して。」

弟が僕の手を握った。

涙でくしゃくしゃな顔してるのに頑張って笑顔でいる。

握った弟の手の上に父と母の手が重なる。

「私達の子どもに生まれてくれてありがとう!」

父が言う。

「出来るなら私が代わってあげたかった。」

母が泣き崩れる。


「僕の家族でいてくれてありがとう。ありがとう。」

僕は家族の姿を見ながら話かけた。

このまま家族の側にいたい。

でも僕の心に引っかかっている事がある。

それは空に登って行ったあの親子の言葉だ。


「私達がここにいる事が主人にはわかるみたいです。辛そうにしていて・・」


僕が側に居たらわかるのだろうか?

成仏してないって悲しむだろうか?


「君の暮らしてたこの世には御先祖様をお迎えする風習があるだろう?その時、家族の様子を見に行ってあげたらいいよ。

この家族なら大丈夫。ずっと側に居る必要はないよ。」

そうか。

僕はあの世で元気にしていれば家族も安心して暮らしてくれるのかな。

今、悲しい気持ちは変わらないけど少し楽になった気がする。


「みんな、今までありがとう。」

僕は最後の言葉を贈った。


「あっ!今、兄ちゃんがありがとうって言った!」

弟が言った刹那、僕の糸は切れた。

鳴り響く警告音。

慌ただしく駆けつけるドクター達。

懸命の蘇生措置が行われている。


僕は家族に深く一礼した。

そして僕と彼は静かにその場を後にした。




僕達がベンチの所に戻ると源さんが待っていてくれた。

外はもう夜になっていた。

「よう、ぼうず!あの世へようこそ。」

源さんはとびっきりの笑顔で迎えてくれた。

別れが辛かった僕もつられて少し笑顔になれた。

「さて、日も跨いだ事だし予定通りハワイにでも行くか!ぼうずも一緒に行くだろう?」

「ハワイってそんなに簡単に行けないよ。お金もないし・・」

すると源さんは大笑いして僕に肩を組んできた。

「ぼうず、あの世では思っただけでどこにでも行けるんだ。それこそ火山の火口内でも深海一万メートルでも月にでも自由に行けるのさ!」

何を言ってるんだろう?そんな事したら死んでしま・・

「あっ、そうか・・」

そうだった。

僕はもう死んでこの世からこちらに来ていたのだった。

僕も源さんと一緒に笑った。

「大丈夫だね。源さんも一緒だしね。」

彼は初めて会った時のように優しく微笑んだ。

「もう行ってしまうの?」

僕は彼がどこかに行ってしまうようで寂しかった。

この世とあの世の事を教えてくれて僕を導いてくれたのは源さんと彼なのだ。

「心配ないよ。僕は一人だけど何処にでも居るからいつでも声かけて。」

その言葉の意味は後ほどわかる。

「ありがとう。僕、あなたの事忘れないよ。必ず会いに行くね。」

彼は優しく微笑んで僕に握手してくれた。

「じゃあ源さんよろしくね。」

彼はそう言うと霞のように消えて行った。

彼に感謝の意を込めてそっと手を振った。

「さて、俺たちも出かけるか!」

源さんは徐に僕達がいたベンチに手を翳した。

するとベンチがスッと手のひらに吸い込まれたのだった。

「えー!どう言う事?」

まるで手品師の様にポーズを決める源さんに少し呆れながら僕は聞いた。

「はっはっは!驚いたかい?あの世の住人はこの世の物に干渉出来ない分、こうやって思った物を自分で作る事が出来るのさ。作る物に限界はあるけどこれのお陰で不便は無いよ。」

そうなんだ。

と言う事は僕にも出来るのかな?

「それに、俺の作ったベンチに座れるって事はこの世の人では無いって事だから狭間の人が来ても見分ける目安にもなるだろう。」

あっ!そうか!

源さんが僕に話かけて来たのはそういう事だったのか!

「それで僕を彼に合わせてくれたんだね。」

「そういう事さ。」

源さんはニカっと笑った。

二人で笑った。

悲しさや寂しさは消えないけど僕は精一杯生きたと思う。

家族にはまた会いに行こう。

元気で暮らしている姿を見に行こうと思う。




ここはハワイ島の山の山頂。

富士山の標高より高いこの山は現在の気温マイナス2度。

麓の気温は30度近くあるのに自然の力の不思議さは感嘆させられる。

僕らはあの世側の人だから温度には左右されない。

マイナス2度でも全く気にならない。

時刻は夕方で空が赤く染まり日が暮れ始める頃だ。

日本の天文台[すばる]が静かに回転し始めている。

僕と源さんは目の前の光景を楽しんでいた。

「本当に思っただけでハワイに来れちゃうんだね。」

夕陽に赤く染まった僕の顔が信じられないって表情を浮かべていると源さんは微笑みながら

「まず、ぼうずにはこれを見せたかったのさ。世の中は美しい所がいっぱいなんだよ。」

薔薇柄のスーツを身に纏った怪しいおじさんが言うセリフには到底思えない。

「源さんは自然が好きなんだね。」

僕がクスクス笑っていると源さんが自分の前世の事を話してくれた。

源さんは源氏と平家が戦をしていたころに山奥で農家をしていたそうだ。

両親は源さんが若い頃に他界していた。

一人で畑を切り盛りしていたが、毎日が穏やかで平和だった。

しかし激しくなって来た戦は源さんの住む田舎までおよび戦いに巻き込まれて源さんは亡くなってしまった。

元々自然が大好きでこの田舎暮らしはとても性に合っていたのもあってあの世に来た現在も自然巡りが楽しいと言う。


「前にこの世では名前は縛りになるって言っただろう?」

そういえば源さんはそう話してくれた。

「じゃあ、源さんはどうして名前が付いてるの?」

僕は言われて初めて疑問に思った。

今まであまりにも自然に源さんの事を呼んでいたのだから。

「俺のはあだ名みたいなもんだ。みんな色々好き勝手に呼んでるよ。源さんの呼び名の元は俺が源平戦に巻き込まれてあの世に来てしまったからだな。」

源さんは笑いながら話してくれたがあまり笑い事じゃない気がした。

だからと言って他の呼び名ではもう呼べないので割り切るしか無いと思う様にした。

「彼は名前無いのかな?みんな何て呼んでるんだろう。」

源さんはその事について驚くべき事実を教えてくれた。

「旦那は人じゃない。世の中を管理する管理者なのさ。」


呼び名は[おくるもの]


源さんの話では世の中を管理するものがいるそうだ。


この世とあの世を繋ぐ[おくるもの]


規律を正す[さばくもの]


世界を調整する[ととのえるもの]


世の中の生き物を管理する[まもるもの]


そしてこの世界を創り出した[つくるもの]





なんか壮大なRPGゲームの話を聞いている様で頭がクラクラして来た。

あの世に来て初めて世界って凄いんだと実感する。

そもそもこの世では神様が人類を導いて救ってくれる様な感じだった。

世界を創った人とか神話の中で漠然としていてピンと来なかったのが現実だ。

しかし、僕は[おくるもの]に会ってしまっていた。

しかも凄く優しくていい人だったし・・

その他にまだ四人もスペシャルな人が居る事が僕のワクワクを刺激していた。

あの世すげ〜。

まだこちらに来たての新人の素直な感想である。



夜は更けて空には満天の星空が広がっていた。

僕は源さんに教えてもらったベンチの出し方を使ってソファーベッドを出して寝転んでいる。

頭の中でイメージを膨らましてそれを出す。

意外とスムーズに出来て自分でも驚いた。

源さんも「上手いもんだ!」と褒めてくれた。

僕の出したソファーベッドは源さんも気に入ってくれて一緒に寝ころびながら星空を眺めていた。

さすが、天文台がある場所は余計な光も無く星が降る様に綺麗だった。

源さんに触発されて僕も自然大好きになりそうだ。


「よう!源さん。」

不意に声をかけられて二人して飛び起きた。

歳の頃は僕より少し下の金髪美少年がにこやかに手を振ってこちらに歩いて来た。

「これは坊っちゃんじゃないですか。お久しぶりでございます。」

あのフランクな源さんが少しかしこまっている。

誰だろう?

「ぼうず。この方が世界を創った方だよ。」


えー!

えーえー!

こんなに簡単に世界を創った人に会えちゃうの?

あの世、そんなにゆるい感じなの?

こちらに来てから驚きの連続である。

「は・初めまして!」

僕は緊張で視界が霞む感じがしていた。

少年はお腹を抱えてゲラゲラ笑いながら

「そんなに緊張するなよ!仲良くしようぜ!」

そう言って僕に握手をして来た。

凄くフレンドリーでしかも優しそうだ。

僕の緊張も少しほぐれた。


ひとしきり世間話を3人でして盛り上がりすっかり仲良くなった僕はある疑問を彼に投げかけた。

「あの、対の魂の事で聞きたいんだけどいい?」

「おっ!出会ったのか?珍しいなぁ。僕も世の中に数名しか作ってないんだけど。」

彼は対の魂について教えてくれた。

なんでも遥か昔、まだ人の寿命が短かった頃にこの世を左右する人物が命を落としてしまいこのままでは混沌とした日々が続いてしまいそうになっている所にたまたま出会してしまって仕方なく奇跡を起こしたそうだ。

命を落とした者の連れ合いの魂をふたつに分けて復活させる。

まさに奇跡の一幕だ。

「いやぁ、あの時はウォッチャーさん達がわんさかいてねぇ。

金ちゃんコールに乗せられてつい・・」

ウォッチャーさん?

えっ?世界を創った人、気軽に金ちゃんとか呼ばれてるの?

金髪だから?

「ウォッチャーさんってのはあの世で人間観察が好きな奴らの事を言うんだ。

人気のあるこの世の奴なんか何万人も従えてる事あるぞ。」

源さんが言うにはドラマでも見る様にリアルな生活を見ているそうだ。

悪い事したらお天道様が見ているって言われてるけど本当の事だったんだね。

僕も見られてたんだろうか?

「ハハハハ!無い無い。ウォッチャーさんが付くって相当なスター級じゃないとな!」

そ・そうなんだ。

自惚れが恥ずかしい。

対の魂の話に出て来たあの交差点で会った親子は交通事故に巻き込まれて亡くなったらしい。

全国ニュースにもなっていたそうだけど病院のベッドに居た僕は知らなかった。

それでガードレールの工事していたんだと思った。

空に登って行ったあの二人が幸せになる様に心から祈った。


「君、中々いい感じだね。源さんが一緒に居るって事はそう言う事でいいのかな?」

「直感ですがそのつもりです。」

「白もそれで良いかな?」

「はい。」

そこにはさっき別れたばかりの優しい笑顔の彼がいた。

白って呼ばれてるんだ。

髪の色かな。

って言うか僕は何に選ばれた感じなのかな?


「君にはミレニアムの主役になってもらうよ。」


ミレニアム?

またわからない言葉だ。

その真意は後に源さんが教えてくれた。

壮大過ぎて理解出来ない。

そんな大役僕でいいの?って思いに潰されそうになったけど源さんが「俺たちだからいいんだ。」と言ってくれて無理やり納得してみた。


その物語はまだまだ大分先の話だが。




僕は今、世の中を自由に見てまわっている。

源さんのおかげで自然が大好きになった。

すっかり源さんとは名コンビになっていて毎日が刺激だらけで楽しくてしょうがない。

たまに白さんも交えて三人で遊んでいる。


家族の様子も時折見に行っている。

弟も大きくなり父や母を支えてくれていて安心だ。




僕は次の役まわりが来るまで世界を楽しもうと思っている。



初めまして。

たけさん256と申します。

物語を読んで頂きありがとうございました。

人は死んだ後どうなる?という疑問から構想して物語を作りました。

宗教を調べてみると仏教は極楽浄土、地獄、輪廻転生

キリスト教は天国と地獄、更に死んだ後はゼロ。

壊れたパソコンの様に全てのデータ(人生)が無くなって終わりなど色々でした。

これらが正解かどうか調べようもないですが何かの根拠があったのかなと思って物語の設定に使ってみました。

地獄なんてものが本当にあったら気が狂いますよね。

今、生きてるこの世ですら精一杯なのにと思った時、もしかしてこの世って地獄なのでは?と考えたら凄くしっくりくる設定が出来ました。

地獄のクリア条件は寿命の全う。

寿命前に命を失うとペナルティ。

寿命全う後は縛りの無い自由。

本当にそうならいいなっていう願望を書いてみました。

皆さんはどう思ったでしょう?

よかったらご感想お聞かせください。


[おくるもの]の物語は3部作あります。

お話の中に出て来た[さばくもの][ととのえるもの][まもるもの][つくるもの]それぞれに物語があります。3部作の何処にハマるかは楽しみにしていて下されば幸いです。

[おくるもの]シリーズよろしくお願いします。

たけさん256でした。

ではまた。


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