夏の香りと消しゴム
5時間目の体育でのプールを終えて、帰りのショートホームルームが始まった。教室の窓は全開である。
もう30度近く気温が上がっているのにエアコンの使用許可はおりない。さらに今日は風がそよ風程度と体育後の生徒を蒸し殺すようなコンディションであった。
俺は気を紛らわすべく、校庭に目をやった。陸上トラックにはすでにホームルームを終えた生徒がハードルをバラバラに置いてコースを回っている。遠くからでもわかる日焼けした肌とふくらはぎを主とした盛り上がった筋肉、中学生にしては豊満な胸、高くしばった髪、引き締まったお尻は退屈を紛らわすにはちょうど良かった。
ずっとさっきから夏休みの注意事項という毎年寸分変わらない内容をけだるそうに話す担任の教師に耳を傾けるのは時間の無駄に違いない。火遊び、川遊び、BBQ、生徒のみの外泊等々はみんな隠れてやっているに違いない。ちなみに俺は規律を守れる。なんせ一緒にやる友人もいなければ、それら禁止行為を一人でやるほど悲しい人間ではない。
さて、俺の話はここいらにして再び校庭に目を移す。ハードルはきれいに並べられ、さっきの陸上女子はストレッチをしていた。陸上トラックの校舎側にはサッカー部がコーンを並べ、その奥にはよく整備された黒土とほこりを被ったカウントランプがあった。
あんなものがあったんだと関心を抱いていると、俺の前の席の生徒が消しゴムを落とした。黄色の消しゴムでよくわからん英語が並べられたいかにも消し心地がわるそうな劣悪品にしか見えなかった。消しゴムはやはりも〇消しに限る。
そんなどうでもいいことを考えて本当の問題に目を背けるのは良くないことくらい知っている。しかし今の俺はこうすることでしか自分をだませない。
心を落ち着けて窓に顔を向けるとフワッと風が吹いた。ほんの少しカーテンが揺れる程度の風であったが、柑橘系の香り、おそらく校庭の隅に植えてある甘夏ミカンの木からであろう。
また、この学校は臨海部にあるため、しおの香りも混ざってまるで地中海ヨーロッパにいる気分が味わえる。
そろそろ長い話が終わって帰りのあいさつの時間である。ふと窓の外を見ると、二羽の鳥が空を舞っていた。二羽のうち一羽は近づくのをためらっているように見える。いや、近づきたくても近づけないというほうが正しいのだろう。ただただ宙をぐるぐると回っていた。そうこうしてるうちにもう一羽は消えてしまった。鼻孔に入る柑橘類の香りは爽やかであったが、ほんの少しだけ苦味があった。
その苦みを鼻の中に残しつつ、心臓の高鳴りを抑えながら、前に落ちている消しゴムを拾って前の女子の肩を叩く。
「消しゴム落ちたよ」
苦味は消えていった。




