表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊の使徒たちと放浪のラナ  作者: 霰
第一章 最初と最後の約束
5/19

4話


 連れていかれた先は、どういうわけか工場の内部だった。

 入口の格子も、警備の兵士たちも、文官一行が現れると身分の検めもなしに道を開け、ラナたちは簡単に工場の内部に通された。

 この鉄工場は、文字通りに金属部品の加工場だ。

 帝国中で採られた鉄鉱石や原石の類は、一旦ここに集められ、加工を経てから国中に出回る。

 簡単なものでは釘やネジ等の小物、大きなものでは入り口でも見たような鉄門、ラナには用途の分からない部品類まで、様々な鉄鋼製品が作られていた。

 働いているのは、ほとんどが異人だ。

 あちこちの炉で鉄の煮える灼熱の作業場の中、痩せた身体に汗水を垂らして働いている作業員たち。その後ろには、十名ほどにつき一名、体格のいい監督役と思しき役人が鞭を構えて立っていた。

 満足に食事を与えられない異人の奴隷たちが、重い鉄鋼製品を運んでいるが、弱った体には文字通り荷が重い。

 当然、中には力尽き、荷物を落としたり転んだりする者もいたが、監督役はそうした奴隷を見つけると、不機嫌そうにつかつかと歩み寄り、


「何を休んでいるか! さっさと運べ」


 そうして、立ち上がるまで鞭をくれるだけだ。

 監督役も含め『有神人種』の働き手もいるにはいるが、彼らの仕事は楽なものだ。

 小綺麗な服装の役人たちが、複数名で鍛造用の炉の前に立ち合図と共に、中に入っている石炭に向け、右の平手を構えた。

 構えると同時に、彼らの手は赤く輝き、手の前には拳大の火の玉が浮かび、ほぼ同時に炉の中へと発射された。

 帝国御用達の火の魔法、その中でも初歩的な『火球』の術だ。

 この国は錬鉄にしろ、単に暖を取るにしろ、とにかく火が要る。

 鉄を鍛えるには水も必要だが、冷却水は排雪を炉の熱で溶かして賄うため、この工場は専ら火の魔法使いの独壇場だ。

 仕事中も火を維持するのなら、ずっと魔法使いが炉に張り付いていなければならないことになる。

 魔法の行使には使い手の体力を使うため、維持するのであれば重労働だが、炉の中には大量の燃料があるので、


「お疲れ様であります!」


 点火さえ済んでしまえば、魔法使いはお役御免である。

 彼らは兵士たちよりも格が高いようで、恭しく見送られながらあっさりと現場を去っていった。

 ルーニィが言うところによると、彼らは工場の事務方であり、現場視察を兼ねて交代で火入れの作業や、現場の火の操作をするという。勿論、ほとんどは火の魔法の使い手であり、ルーニィの父もそうであるというが、それにしても作業の負担は現場の作業員たちとは比べるべくもない。

 『有神人種』と『神なし』の待遇には、こうもあからさまな差がある。

 先導する役人たちと共に作業場の只中を歩きながら、ラナはオルグの表情が次第に険しくなっていくのを感じていた。

 父に会えることで、一人だけ足取りの軽いルーニィは、それに気付いてはいなかったが。


「二人とも? 何をぐずぐずしているの。置いて行かれちゃうわよ」


 周りで呻く異人たちを意に介さず、ルーニィは一人で軽快に、先導者の背中を追っていく。

 時折自分の前に横たわる異人を一瞬気にしていたが、それだけだ。

 魔法も使えず、身体も弱った『神なし』は、この大陸において絶対低位の存在である。力を持った『有神人種』に逆らうことは、実力的にもできはしない。

 『有神人種』も、それに使役される異人たちも、子供の頃から、教会にその事を散々教え込まれて育つ。

 だから、幼い子供でさえ、道に倒れた人を見ても精々羽虫か、ルーニィのように良くて犬畜生程度にしか見えないのだ。

 この大陸の常識は、こんなものだ。

 恩恵にあずかっている者は気にも留めないのだろうが、負担を押し付けられる方や、彼らを身内に持つ者の胸には当然、暗い思いが募っていく。

 あどけない顔を暗くするボルグと並んで歩きながら、ラナは密かに、亡き師の顔を思い出していた。

 彼から託された、想いと共に。


「……大丈夫だよ、ボルグ。世界はこんな景色ばかりじゃない。『有神人種』だって、あんなのばかりじゃないよ」


「……?」


「だってあなた、ルーニィの事はちゃんと好きでしょ? ね」


「………」


 ボルグは黙って頷いた。

 あの小さな女主人はお転婆だが、理不尽でも冷酷でもない。

 これまでの旅でも何だかんだ言いながら従僕を可愛がり、一度も手を上げることはなかった。

 主人の態度を見て哀しくなることはあるだろうが、それでも彼は温情で救われたのだ。ルーニィには恩もあるし、これまでの態度を見るに愛着もあるのだろう。


「ふふ、そっか、じゃあ……」


 素直な反応にラナは微笑むと、子犬のように並んで歩く小さな男の子の頭を撫で、


「この先何が起きても、せめてルーニィのことだけは、ずっと好きでいてあげてね」


 そう言いながら空いた手で、背負った杖に手を掛けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ