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精霊の使徒たちと放浪のラナ  作者: 霰
第一章 最初と最後の約束
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1話


「探してほしい人がいるんだが」


 病床に臥せた始めの頃、ヨナは不意にこんなことを言い出した。

 藪から棒の言葉だったが、ラナはすぐに、師が己の最期を悟っているのだとわかった。

 だから、毎日最大限に恩師を労わり、時折彼が頭に浮かべた、或いは話す決心を固めた心残りを聞き取って、叶える約束をする。

 それが、ヨナが倒れてから死ぬまでの一月、ラナが毎日続けた作業だった――。



***



 人探し。

 それが、ラナが師から最初に託された願いだった。

 彼からの願い事はいくつかあったし、重要度に序列があることも察していた。そして、これはそこまで重要ではない。

 それでも、最初の願いだから最初に叶えたかった。

 いの一番に思い出したのだから、きっと大事なことなのだと思った。

 だから、これがラナの最初の旅の目的となった。


「えぇと、すみませーん。こんな人なんですけど……」


 ヨナ曰く、探し人は青年。『有神人種』で、歳は今年で二十五。

 素朴だが端正な顔で、強力な風の魔法使い。

 そして、この魔法社会では珍しく、杖の代わりに長剣を携えているという。

 ヨナは行方に心当たりはないとの事だったが、名前も聞いていたし、これだけ目立つ特徴があり、実力も確かな者と言えば、国の軍や教会の私兵『聖騎士団』に名がある筈だ。

 だが、国軍はともかく、ヨナは彼について聖騎士団に聞き回らないようにと、ラナに忠告を遺していた。聖騎士団はほぼ確実に彼の名を知っていると前置いた上で、だ。

 詳しくは聞かなかったが、聖騎士が反応するということは十中八九、彼もまた教会に手配されているのだろう。ならば、迂闊に探りを入れれば探し人に被害が及びかねない。

 そのため、ラナはやむなく、杖を持った帝国の守衛たちに訊いて回るしかなかったのだが、


「……はぁ? この近代で帯剣している奴なんかそうそういるわけないだろう。第一、そんなのがこんな町中にいてたまるか。俺たちは忙しいんだ、さぁ、行った行った」


「あはぁ、そうですよねぇ、すみません、行きまーす……」


 話にもならないまま、ラナは逆らわず、その場を離れた。

 勤めて聞こえないように、


「暇なくせに」


 と、呟きながら。

 ラナとヨナは隠遁生活を送っていたため、必然隠れ家は僻地にあった。そのため、旅立ちから最初に辿り着いたこの町も、近場ということで帝国では田舎の類。この辺りでは最も大きな町ながら、都市部とは比べるべくもない閑静な漁港だった。

 北国である帝国の短い夏は、厳冬期と違って食料も物資も多少は潤う。それ故強盗などの犯罪も起きにくく、兵士たちは暇をするのが常だった。

 この町は帝国でも最北端であり、二か月の夏の間以外は息が白むが、港ということで国境には面していない。そのため白石作りの街並みにも防備用の城壁などは見られず、稀に出る海賊除けの大砲が数門あるくらいだ。

 隣国との小競り合いが絶えない帝国で、この町は最も平和な類だった。

 だからこそ最初の目的地に選んだのだが、こんな場所にいる兵士たちは皆閑職だろう。

 聖騎士はそもそも姿がない。彼らは教会の名の下に国境を無視できるが、理由もなく現れることもまたないのだ。

 兵士の二人組は忙しい、と言いながらあっさりと町の様子から目を離し、ラナが離れるなりあからさまに世間話を始めている。これでは到底、手掛かりなど望めない。

 立ち去り、言われるまま次に当たるのが普通の対応と言えたが、


「……歯車、糸、水……どれにしろわたしたちは炙れ者だけどね」


 ラナは建物の陰にそれとなく隠れ、兵士たちの会話に耳を傾けた。

 これも、師の教えだ。

 ラナは、噂をしている者を見たら、内容にかかわらずひとまずは聞いておく習慣を持っていた。

 曰く、人は歯車。糸。水。

 どれも、端が動けばもう一つの端も動く。

 些末な一般人の会話も、辿っていけば必ずどこか深い所に繋がっている。

 なので、何かを知りたい時はとりあえず人の話を聞くようにと、ヨナはラナに情報収集として聞き耳を立てることを教えていた。

 無論、闇雲に聞くのではない。とりとめのない会話から、必要な情報を抜き出すのが手法というものだ。

 実際、兵士たちの会話は最初、身辺のことや上司の不満など、他愛のない井戸端会議といった風だったが、話題は次第に深い所に移っていった。


「お偉方といえば、お前聞いたか? 軍の異人供出のこと。金持ち連中が抱えてる奴隷の一部を買い取って徴用するって話」


「あぁ、教会に引き抜かれた精鋭の穴埋めって奴か……奴隷なんて戦力になるのかねぇ?」


「さぁ。傭兵を雇いだしたって話もあるが、そもそも強い奴は先に教会に声かけられちまうからなぁ。放浪していて腕自慢の傭兵ったら大抵お尋ね者だが、そんなの数がいるわけないしな。一人だけ凄腕が入ったって話もあるが」


「……ほらきた」


 一人だけ入った凄腕の傭兵。それもお尋ね者。

 漠然とした情報だが、どちらも探し人に符合しうる。これを聞いただけで、何の手掛かりもなかった数分前とはわけが違うのだ。

 ラナは一人でにんまりと笑い、続く話に耳を傾けた。


「まぁ、教会の引き抜きで戦力が減ったのはわかるけど、だからって異人を使うとは……魔法も使えないのにな」


「そもそも、その引き抜きがよくわからないってんだよ。聖騎士団なんて、国を問わず大陸中から精兵が集まるんだろう? 戦力なら足りてるだろうに、それが突然、教会の加盟国からいきなり強い兵士を連れ出すなんて、一体何を考えているんだろうな。戦う相手もいないだろうに」


「わからんが、皇帝陛下も教会には逆らえんからな。どっちにしろ、俺たちにゃ関係のない話さ。こんな時に人手不足の都に雇われるとは、傭兵殿も気の毒なことだね」


 ラナは最後の言葉をしっかり脳裏に焼き付けた。

 探し人と思しきその傭兵は都、つまりはこの国の首都にいるらしい。

 軍事国家であるこの帝国は気候が寒冷で、土地が貧しい。食料も物資も乏しく、故に略奪のため隣国と常に戦線を展開し、同時にそれを為すための戦力に飢えている。

 そのため腕自慢は出自に関わらず重用され、戦闘、つまりは魔法による攻撃が得意な者は、身を立てるために国内外から軍への参加を志し、集まってくる。

 勿論、軍に参加したからといって誰もが厚遇されるわけではない。

 帝都に辿り着いた方々の荒くれ者たちは、そのまま隣国との小競り合いの場に送り込まれ、多くはそこで命を落とす。武功を上げて出世できるのは更に少数だ。

 その中で凄腕と呼ばれるのだから、聞き回れば何かしら手掛かりに行き当たるだろう。

 会話の中には他にも気になる点がいくつかあったが、今得るべき情報は一つだ。


「……帝都ね、了解」


 これにて、ラナの行き先は決まった。

 となればもう、この町に留まる理由もない。

 ラナはさっさと鞄を背負いなおすと、兵士たちの目に付かないよう気を付けながら、潜んでいた家の軒先を出ようとして、


「きゃ」


「うわ、ゴメンね!?」


 直後に人にぶつかった

 ラナは小柄な方だったが、相手は更に小さく軽い体格で、ぶつかればあっさりと転んでしまった。

 子供だ。それも十代前半くらいの、小さな女の子だった。

 手を貸し、引き起こすと同時に、ラナはまずいと思った。

 幼いながら金髪を丹念に結い上げ、小綺麗な白いドレスを纏い、首から下げたビーズ飾りは高価な紅珊瑚だ。

 後ろにも一人、同い年くらいの子供が無言で控えている。肌と瞳は白と蒼だが、髪だけは赤い。異人、つまりは奴隷だろうが、着ている服は小綺麗で、身分の割には上等なものだ。不自然に痩せてもいないし、髪も整えて身なりもさっぱりとしている。

 奴隷にも十全に衣食を与えられる以上、主人と思しき女の子はどう見ても金持ちの娘だろう。

 よりによって兵士の近くでそんな子供を突き飛ばしたとあれば、どんな騒ぎになるかもしれない。

 ラナは相手が声を上げたりしないかと気が気でなかったが、女の子は仏頂面のままドレスの汚れを払い、


「いいわ」


 と、不愛想に一言。

 こういう手合いの子供は汚れるのに慣れておらず、白地の服に泥でもはねようものなら大騒ぎするものだが、案外と大人しい反応だった。

 だが実際は、大人しいというより大人びていたのだ。

 現に目の端に薄ら涙が浮かんでいる。どうやらやせ我慢をしているらしい。

 そうまでして気丈に振舞っているのは健気なことだと、ラナは最初は関心していたものだが、


「ねぇ、あなた、帝都に行くの?」


「え? あぁ、うん」


「じゃあ、わたしも連れて行って」


「え」


「断るなら大声出すわよ」


 ラナは目をぱちくりとした。

 一方の女の子は、目の涙を拭くとにこりと笑う。

 無邪気に見えて据わった目を見るに、どうやら悪戯でも冗談でもないらしい。

 要するに、この子は自分を嵌めたのだ。

 ラナがその事に気付いた頃には、既に小さな連れが二人、彼女の後ろに増えていた。


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