4話
帝都に帰還した初日は、町で起こった騒動の調査に時間を費やし、話し合いが終わる頃には結局、そのまま日が暮れていた。
この時期、昼間でも息が白む帝国で、野宿などあり得ないことだ。
当然の如く一行は宿を取る事になり、人心地着いた所で、ようやく状況と今後の展望を話すことになった。
勿論、壁の厚みは確認してある。
誰かに聞き耳を立てられる心配もないということで、ラナは改めて主従から話を聞き、頭の中で咀嚼した後に、話を纏めてアーニアに確認をとっていた。
「……つまり、その異人の学者は、ちょっとずつ異人の諜報員を国のあちこちに散らせて、何かの合図でいきなり国を乗っ取ろうって相談をしてた……で、合ってるの?」
「まだ推測ですけど、爺やが調べた限りでは、そうかと」
「でも、目論見に最初に気付いたのは皇女様なんでしょ。こんな風に寝てるときに気付いたわけ?」
アーニアは渋い顔をした。
明りを落とした部屋には、またしてもラナとアーニアが二人きりだった。
年寄りとは言え男が皇女と同室はまずいということで、レン爺だけは別室だ。
無論、ただの方便である。
ラナは、込み入った話をするならレン爺の方が楽だと思っていたのだが、やはりあの老人はどうしても皇女とラナを近づけたいらしい。
前の宿では同じ部屋だったじゃない、とラナは指摘したが、レン爺はのらりくらり言い訳をしながらさっさと部屋に引き籠ってしまった。
そうして結局、仕方なくラナはアーニアに事態の確認をとり、渋々話に付き合うことになっていた。
「隠し通路を根城にしていたようなのです。城には王族が、非常用に使う通路がありますから。通路の一つが、私の部屋に通じていて、中にいた者たちは、私に気付かず……」
「話し込んでるのを聞いちゃったと。それこそ、お父さんに直接話せば良かったんじゃない?」
「………」
「……そう。まぁ、そういうことなら気にしないでおくけどさ」
黙った所を見るに、それもまた複雑らしい。ラナも深く追及しなかった。
何せ、ラナも秘密が多い身だ。聞かなくていい事情まで聞く必要はないと考えていた。
親子の関係がどうであれ、城内には既に黒幕の手の者が溢れているのだろう。全員が『精霊の使徒』であるならば、どの道下手に動くのは得策ではない。
わざわざラナを尋ねてきた以上、アーニアには城の中に頼れる知己もいなかった筈だ。
皇帝の一人子、ただ一人の皇位継承者がこの扱いとは得も言えぬことだったが、それもラナにはどうでもいいことだ。
やるべきことが変わらない以上、確認すべきことは、作戦の目的一つのみである。
それはそれでラナには気乗りのしないものだったが、ラナは仕方がない、と飲み込む代わりに、溜息を吐き出した。
「だから、糸を引いてる黒幕を暗殺しちゃうのが唯一の手段……かぁ。まぁ、正面衝突じゃ勝てないだろうし、多分わたしが探してる人も同じ考えだと思うけど」
「できるかどうかもわかりませんし、事を成した後に残党が何をするかが気がかりですが」
事後の手回しは、恐らくレン爺が考えてあるのだろう。
主人はともかく、あの老人はやり手だ。城内に部下もいるのだろうし、頼りにするほかない。
その策にしろどの程度有効かはわからないが、いずれにせよできることには限りがある。
結局は、動きの選びようがない一本道の戦いだ。
協力はしない、と再三言ってきたものの、ラナは恐らく、この頼りない皇女のお守りをすることになる。
探している彼が、危険に近づこうとしているならなおのことだ。
考えれば考える程、溜息が止まらない。
気分の落ち込みを隠そうともしない協力者を見て、アーニアは当然、どこか心配そうな顔で、隣の寝台からラナの横顔を見つめていた。
「……そんなに、気が進まないのですか? 国を救うことなのに」
「だから、国とかどうでもいいんだってば」
「なら、どうして突然協力してくれる気になったのです。探し人のことと、関わりがあるのですか」
「わかってるなら聞かないでよ……あと、その気にはなってない。やらなきゃいけなくなっただけなんだってば。そうでなきゃ、本当に用事だけ済ませてどっか行くつもりだったんだよ。ただ」
「………」
ラナの態度は、いい加減アーニアも見慣れている。国を蔑ろにした発言にも、いちいち怒り出したりはしない。
アーニアは僅かに眉を顰めたが、
「ただ?」
こうして冷静に、話の続きを求めただけだ。
例によって、求められたからと言って答えられる話でもない。
ただ、ラナもラナで、この皇女が他者に強く関心を持ち、相手のことを知ろうとする性格なのは気付いていた。
なので、具体的な話は避けながらも、無視したり突っぱねたりするべきではないと、曖昧ながら返事をすることを心掛けていた。
「知り合いじゃないけど、その黒幕、多分知ってる人なんだよ。だからさ……」
ラナが答えたのは、そこまでだった。
正直、戦いたくはなかったが、それを口に出すわけにはいかなかった。
真っ先に果たしたかった最初の約束と、できれば後回しにしたかった、最悪無視してしまいたかった最後の約束が、一緒になってしまった。
従兄弟子への伝言と、兄弟子の制止。
後者の目論見は、できれば静観してあげたかった。
彼らの怒りは不当なものではない。あるべくしてあるものなのだ。
ならばやりすぎない程度に『有神人種』への復讐を遂げさせ、溜飲が下がっただろうところで説得に乗り出すつもりだった。
そう思っていた矢先に、その被害者となった罪のない子供たちを拾い、事件を止めようとする主従と出会い、探し人は彼らと同じ目的で動いていた。
この、まるで自分を導くような不思議な因果は、奇妙な既視感と共に、ラナに懐かしい言葉を思い出させる。
この言葉が、何か肝心な秘密に繋がらないかと、ラナは一瞬思案してから、
「ねぇ、皇女様。運命って信じる?」
皇女のきょとんとした顔を見て、安心した。
あぁ、大丈夫。このコはやはり、ただ巻き込まれただけの部外者だ。
どこで生きようが死のうが、助けようが捨ててしまおうが自分には大した影響もない。たまたま出会っただけで、赤の他人以上にはなりえないものなのだ。
このまま、何も知らずにいればいい。
この世界の秘密は、善人の心をこそ蝕む。聞いて何も感じないような者にラナが何を言ってやるつもりもなかったが、どちらにしても、聞かせるべきではない。
こんな浮浪者の話を鵜呑みにする、世間知らずで甘えた皇女。
アーニアはきっと、見た目通り善良で、愚直な少女なのだろう。
彼女が真実を聞いたらどんな反応をするだろうかと、微かに気になったが。
――だめだめ……寝ちゃおう。
ラナは薄く頭に浮かんだ興味を、しかしすぐに振り払った。
アーニアは真面目に言葉の意味を思案しているようだったが、気の緩んだラナはそのまま眠りにつき、遅れて返ってきた答えを聞くことはなかった。




