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精霊の使徒たちと放浪のラナ  作者: 霰
第二章 わかりきったこと
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終章


「……まぁ、知ってたけどさ」


 皇女アーニアとレン爺が語った内容は、およそラナが思っていた通りの内容だった。 

 数年前、城にふらりと現れたとある異人。

 それが皇帝と接触し、異人でありながら城の中で立場を得、皇帝からの後ろ盾の下で秘密裏に進められていた研究があった。

 それが、異人に魔法を習得させ、戦力として登用する計画である。

 表立った戦力として使うと教会に目を付けられるということで、練兵の終わった異人は皆、秘密組織である諜報員に送られるが、実際に『有神人種』よりも遥かに強力な戦力だ。皇帝は満足し、主導をしたその人物は城内での発言力を高めていった。

 アーニアとレン爺は、その異人が現れた時からその動向を警戒し、監視をしていた。

 そうして見張っていた組織が半月前、丁度ラナが帝都を抜け出した頃から不審な動きを見せ始めているという。

 それを危惧した皇女は、訳知りであろうラナを尋ねて城を飛び出し、レン爺は慌ててついてきた。という経緯だった。

 人気もなく、盗み聞きの心配もない開けた街道で、ラナは新たな連れの身の上話を、げっそりしながら聞いていた。


「知っていた、と言いますと、やはりこの件に心当たりがおありなのですな。ご存じのことは、できるだけお聞きしたいのですが」


「やだ」


「は、なんと?」


「だから、やだっての」


 即答すると、皇女と老人は揃ってぎょっとした。

 まさかここまですげなく断られるとは思っていなかったらしい。

 箱入り皇女はともかく、手練れのレン爺までが一瞬で凍り付いたのを見ると、ラナも流石にいたたまれない気分になった。

 だが同時に、この反応に予想がついているべきだとも思ったのだ。

 ラナはふぅ、と肩で一息すると、できるだけ二人の顔を見ないようにしながら続けた。


「確かに、わたしはそのことについて色々知ってるよ。お察しの通り、工場の地下崩壊させたのもわたしね。でも、わたしにだって言えないことはあるんだよ。異人の魔法使いについては、特にね」


「……国の存亡にかかわると、言ってもですか」


「あぁ、うん、だろうね。でも知ったことじゃないよ、わたし」


 これまた冷たく返すと、アーニアが再び凍り付いた。

 帝国民に国の存亡がどうでもいいと言われるのは、皇女としては余程の衝撃だったのだろう。

 ものの数秒目を見開き、身じろぎ一つできないでいたアーニアは、急に顔を真っ赤にしてラナに詰め寄った。


「知ったことじゃないって……あなたも帝国民でしょう。あなたの故郷の話をしているのです! この件を放っておけば、この国は滅びてしまうかもしれないのです! あの者は」


「異人を率いて蜂起でも企ててる?」


「……っ!?」


 反応を見るに、図星らしい。

 何から何まで予想通り、そして月並みな展開だ。

 こんな事態が起こるのは、師ヨナが生きている時にはもう知っていた。

 というより、これも誰もが想像できて然るべきことだった。

 異人が冷遇されているのは、魔法が使えないから、弱いからだ。

 弱いから、殴っても抵抗されない。粗末に扱っても、声を上げられることはない。文句を言えば、力づくで黙らされるからだ。

 そんな彼らが自分も力を得られるという話になった時点で、こうなることは決まっていたのである。ラナは顔も見たことはなかったが、そこに想像がつかない皇帝はあまりに浅慮だと思った。

 そんな愚か者の尻拭いをあえてやろうとするほど、ラナはお人好しではなかったし、国に愛着も持っていなかった。


「あのね、わたしを何だと思ってるわけ。わたしはただのラナ。立派な家名だの、どっかの国への忠誠心もない、流れの旅人なんだってば。それが、相手の気も知らないで人を利用して、挙句そいつに裏切られて国ごと自滅するようなお馬鹿にどんな義理立てをしろっていうのよ」


「ぶ、無礼な……っ!」


「それもこっちの台詞。いきなり現れて殴り掛かってきた分際で、礼儀だなんだなんて言ってるんじゃないよ。工場での一件だって、こっちは色々あったんだからね……」


 アーニアはわかりやすく感情的になっているが、怒っているのはラナも同じことだ。

 あの子供たちには勤めて伝わらないようにしていたが、先の一件はラナに国への強い嫌悪感を植え付けていた。

 あぁ、そうだ、わたしはあのことで怒っているのだ。

 だから、アーニアと出会った時、反射的に厳しい態度を取ってしまった。

 言ってみてから遅れて自分の気持ちに気付いたラナは、目の前の皇女に詰め寄った。


「あんたのお父さんが度し難い間抜けだったお陰で、わたしは旅ののっけから孤児の引き取り先なんか工面する羽目になったんだよ。自分で制御もできないような部下を持った上に、そのしくじりがバレたら知った人を殺すし、その子供は行く当てをなくしてもう帝国では生きられなくなったんだよ」


「……!?」


 アーニアは目を瞬き、レン爺の方に顔を向けた。

 秘密の情報に抵触し、消された文官。一人残され、同じく排除されかけたその娘。

 調査をしていただけあって、その辺りの事情もこの老人は知っていたらしい。沈鬱な顔で頷いた。

 一方、何も知らなかった風の皇女はまたしても愕然とした。

 腹心が知っていてこの皇女が知らないのは、要するにあえて伝えるまでも無いと判断されたからだろう。

 政を司る人間にとって、一般人数名の生死など取るに足らないことだ。ラナにもそれはわかっている。

 それでも、皇女のこの態度は、ラナを大いに苛立たせた。

 あまりにも理解が足りな過ぎると、そう思った。


「……あのね、あの子の先がどうなるか、あんた全く想像できてないでしょ。帝国民だから、何をされても無条件で国や社会に尽くしてくれると思った? 甘いよ。そうなるのは国の中でいい目を見られた人たちだけ。あの子は最悪、お父さんの仇って言ってこの国に牙を剥くよ」


「そ、そんなこと」


「いくらでもあるっての。現にあんたたちが今困ってるのはそういうことだよ。自分で敵を作るような真似をして、いざ反撃されそうになったら流れ者まで捕まえて助けを求めるなんて、こんな恥知らずな話はないね。悪いけどそんなのに、大事な秘密は一つも渡せないよ。諦めてね」


 ラナはひとしきり捲し立てると、主従から再び顔を背けた。

 溜飲が下がったわけではない。これ以上言っても何にもならないと思っただけだ。

 彼らは不徳も良い所だが、努力不足というわけでもないのだろう。国を運営する上では、結局犠牲は避けられない場面もある筈だ。

 ルーニィも異人たちも可哀そうだったが、ラナにできることは限られている。

 だからこそ、余計な事は考えず、師の願いを叶えることに専念したかった。

 それなのに気分に無駄な波風を立てられて、腹が立っただけなのだ。

 状況はひとまず想定通りだ。

 現状とすべきことがわかっているのなら、動ける限りすぐに動くようにというのもまた、ヨナの教えだった。

 帝国では、やはり異人の魔法使いが暗躍しているらしい。

 そして、黒幕と思しき異人は恐らく、師ヨナのかつての仲間だ。

 師との約束がある以上、彼らが社会の転覆を目論んでいるのなら、ラナは止めなければならない。

 とても、気分は重かったが。


「……で、帝都に戻るって事でいいの?」


 アーニアは呆然として話にならなかったが、その後ろでレン爺がぴくりと反応した。

 完全に交渉失敗だと思っていたらしい。それなのにラナが今後を思わせる事を聞いてきたので、レン爺は訝し気な顔になった。


「ご協力は、いただけないのでは?」


「まぁ、協力はしないよ。秘密も教えない、信用できないからね。でも、利害も目的も一致してる。やることが同じなら、お互い邪魔しないように相談するのはいいでしょ。足引っ張られたら困るんだよ。そっちもわたしにかき回されたくないなら、伝える事は伝えておきなよ」


 言うと、ラナはさっさと帝都への道を歩き出した。

 客人は好きな相手ではなかったし、ならばこれ以上無駄話をしたいとも思わなかった。

 早い所用事を済ませて、この面倒な連れと別れてしまおうというだけだ。


「……こっちは、先約があるんだからさ」


 そう言って、ラナは話を完全に打ち切った。

 最初の予定が後回しに、最後の予定が前に出てきてしまった。それだけでもいくらか、気分が重いのだ。

 その上世間知らずの皇女に巻き込まれ、厄介を頼まれるのはたまらない。

 下手に甘い顔をして、なあなあで付き合いが続くなど、御免被る。そんな態度だ。

 そんなラナの背中に老人が続いて、皇女は従者の目配せでかなり遅れて歩き出した。


「……あ」


 足を急がせていたラナは、後ろの皇女が小さく声を上げても気にも留めない。

 とにかく、急いでいた。後ろの人間たちが、忌まわしかった。

 だから振り切りたくて、ラナは振り返らずに、その日はずっと前だけを見ていた。


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