3話
結局、ラナは自分から襲ってきた二人連れの刺客を、自分で返り討ちにして、自分でその傷の手当てをし、挙句自分の宿屋に連れて行ってその分の宿泊費まで用意する羽目になった。
金には余裕があったとはいえ、三人前の宿代は厳しい。
ラナはじとりと娘と老人を見ながら、恨めしさを隠そうともせずにぼやいた。
「ねぇ、あなたたちさ、そんなけったいな見た目で外歩くのに、お金用意してないってどういう了見なの。後で倍にして返してもらうからね」
「姫様が飛び出してしまわれたのが悪いのです。流れ人に金をせびるなど、あってはならぬことですぞ。後で十倍はお返しなされよ」
義理としては当然と言えたが、会話の内容を見るに彼らは相当の富豪らしい。
こうなったら百倍は吹っかけてくれよう、などと考えながら、ラナは手つきの覚束ない女性を押しのけ、老人の火傷に包帯を巻いた。
「で、姫様、姫様って呼ばれてたけどさ。あなたはどんなお姫様なわけ? まさか皇女様とか言わないよね?」
「………」
「……えぇ、冗談でしょ? 本気ぃ? あなたが皇帝の一人っ子ぉ?」
アステルフォス五世帝には、子供が一人しかいない。
国の王には正妻のほかにいくらでも妾がいるものだが、皇帝も百人規模から成る後宮を持っている。
だが、時期皇帝の母になれる可能性に目がくらみ、後宮の女たちは他の妾やその子供を蹴落とすべく、日夜跡目争いに血道を上げていた。
特に、皇帝が後継者に男を望んだこともあり、皇子を産んだ女はたちまち他の后や妾に母子共々嫉妬を買い、謀殺や失踪事件も日常茶飯事だった。
そうして骨肉の争いを繰り広げた結果、現在のこの帝国にはたった一人の皇女が残るのみとなった。
そしてその生き残りこそが、ラナの目の前にいる旅装の娘だという。
嫌悪感を隠そうともしないラナに、俯きがちの皇女。
微妙な雰囲気を溜息と共に取り持ったのは、結局手当てを受ける老人の役目となった。
「ご紹介が遅れて申し訳ない、ラナ殿。お察しの通りこちらのお方こそ、アステルフォス五世帝がご息女、アーニア様でございます。ワシは教育係のレン。主共々、お見知りおきを」
「……うわぁ、勘弁」
察しはついていたが、ラナは白々と冷めきった目で目の前の娘を見た。
無論、皇族相手に不敬もいい所である。
普通なら何なり罰でも与えられるところだが、それができる老人は既に倒され、戦える状態ではない。皇女本人も実力差がわかるのか、俯いて黙っているだけだ。
何にせよ、こんな人物が用もなくこんな所を歩いている筈もない。
心底気分が重かったが、ラナはひとまず用件を聞くことにした。
「……わたしに用があってここに来たんだよね? いったいどういうつもりで来たの。聞くだけは聞いたげるから、とりあえず言ってみなよ」
「有難く存じます、では」
「待った、レンおじいちゃんは黙ってなよ。用があるのはお姫様でしょ、自分で言いなさい。じゃないと聞かないよ」
アーニア皇女は、ラナに黙らされて以来一度も口を利いていなかった。
仮にも王族が下々の者と簡単に言葉を交わす訳にはいかない、ということなのだろうが、仮にも頼みごとをする者がこの態度では誰も納得しないだろう。
何せ、箱入りの一人娘である。これだけ不敬を働かれたのも初めてだろうし、実際アーニアは最初、顔を真っ赤にして怒っているようだった。
それでも、下手に出るべきがどちらなのか、それくらいの理解はあるらしい。
何やら言いかけたがそれも飲み込み、何とか顔色も平然と取り持つと、アーニアはラナの前に深く頭を下げた。
「ご無礼を致しました。改めて、私は皇帝が第十三子、第五皇女アーニアです。ラナ殿、あなたの境遇は存じておりますが、その上で御助力を賜りたく、こうしてお探しいたしました」
「……まぁ、知っての通り、わたしはラナ。しがない旅人だけど、そんなわたしに皇女様がどんな助けを求めるのさ。言ってみなよ」
多少声音を丸くはしたが、どうしても態度が険悪になる。
極貧層の出身で、師に拾われてからも教会からの逃亡生活を送ってきたラナは、根本的に権力者が嫌いだった。
ただ金持ちなだけならいいし、ルーニィのような子供ならまだ許せるが、世の中を動かせる立場にある人が公務を放っておいてこんな所で油を売り、挙句旅人を捕まえて頼み事とは釈然としない。
下らない用なら叩き出してやろう、横柄に命令でもしてきたら魔法で吹き飛ばしてくれようかと、 腹の底から表情まで懐疑と警戒で一杯にしながら、ラナは何とか耳だけは貸す態度を見せた。
初対面から嫌われていることは、相手も察していたらしい。
アーニアは最初は怒っていた顔を、申し訳なさそうにしおらしく伏せながら、しかし声だけははっきりと用件を告げた。
「調査の手伝いをお願いしたいのです」
「調査? 何の」
「異人の魔法使いを、ご存じですよね?」
次の瞬間、ラナの顔色が変わった。
異人の魔法使い、つまり『精霊の使徒』。
それは、同じ仲間以外にはおいそれと存在を漏らしてはならない、この教会社会の秘中の秘だ。
教会の幹部級なら敵として知っていてもおかしくはないが、大きいとはいえ所詮一国の、それも皇帝でなく皇女までが知覚しているとは大事である。
ラナは更に視線を鋭くし、僅かに怯んだ皇女を睨みつけながら、低い声を出した。
「……その様子だと、危険な秘密なのは、わかってるよね?」
「ある程度は」
「ある程度じゃだめだっての。下手したらこの国どころか、大陸中の『有神人種』は皆ひっくり返る情報だよ、それ。こんな安宿で迂闊に喋らないの、わかった?」
次に下手をやったら本当に殺すぞ。
そう言外に滲ませたラナに、箱入りの皇女はすっかり気圧されたようで、顔を蒼褪めさせながらかくかくと頷いた。
師やその仲間たちが必死に守ってきた情報だ。こんな部外者にいきなり暴露されては堪らない。
そのためにかなり凄んだ声になったのだが、少し脅かしすぎたらしい。
背筋を凍らせ黙った皇女はすぐに話を切り出せず、見かねた老人がまたしても助け舟を出すことになった。
「ひとまず、訳を聞く気になってくれたようで何よりです。では続きは場所を変えて、ということでよろしいか」
「どこか知らないけど、行く当てはあるんでしょ? じゃあ、おじいちゃんの傷が治ったら歩きながら聞かせてよ。そのコ一人で話せる内容でもなさそうだし」
できるできないと言うより、この皇女と二人きりで話すのが何となく嫌、というのがラナの本音だ。
察したレン爺は溜息交じりに了承し、散々な初対面となった皇女はただ項垂れるだけだった。




