2話
どうやら、自分は追われているらしい。
先の襲撃でそれに気付いたラナは、各地で襲い来る刺客を適当にあしらいながら、しかし帝国を離れようとはしなかった。
いや、最初は離れようとしたのだが、
「……うん? ねぇ、あなたたち、雇い主は帝国?」
「だ、だったらなんだってんだよ……!」
「……ふーん、じゃあさ、わたし人を探してるんだけどね」
締め上げた刺客たちが国に直接雇われている事を聞いたラナは、方針を転換して帝国に居座り、ひたすら傭兵を迎撃することにした。
簡単なことだ。探し人の剣士が帝国に雇われているのなら、彼らの中にその同僚もいる筈である。
通りすがった商人たちに話を聞くより、向こうから勝手に襲ってきてくれる彼らはラナにとって都合が良かったのだ。
そう思い立ったラナは帝国の旅を続けることにした。
同じ場所に居座るのは流石に危険ということで落ち着く暇はなかったが、ひとまず暮らすには困らなかった。
商人たちからの報酬が貯蓄としてあった、というのもあるが、
「あ、これ、迷惑料ね」
「てめぇ、ふざけるな!」
「そりゃあ俺たちの金だぞ、返せ!」
「命取られるよりマシでしょ。じゃあね」
こんな具合で、傭兵たちの財布をいちいち略奪してみた結果、思いのほか懐が潤ったのだ。
なるほど、これが野盗の暮らしか、と一人でしみじみ感じながら、ラナは各地で転戦を重ね、時には自分から目ぼしい相手を襲ったりもして、情報を集めて回った。
堅気には決して手を出すことはなかったし、普通の人間にラナの情報は出回っていないようで、買い物や宿探しに困ることもなかった。
今後金に困ったら悪人を見繕って襲撃してみよう、などと邪なことを考えながら、ラナは悠々自適な旅暮らしの中、のんびりと人探しを続けた。
ただしこの話は、当然傭兵界隈、そして彼らを手配した帝国の中枢部では当然語り草である。
差し向けた刺客という刺客は残らず返り討ちにされ、多くは命は取られないまでも前払いで払った報酬を略奪されて逃げ帰ってくる。
直接憂き目に遭わされた傭兵たちは言うまでもない事だったが、お尋ね者が国の中で好き放題に歩き回っていると知った帝国の高官たちも、報告を聞く都度に頭を抱え、或いは激昂して傭兵を処断したりもして、皇帝も臣下たちも含め、城内で訳知りの者たちは日に日に殺気立っていった。
そんな事情も、ラナには手に取るようにわかってしまう。
何せ、刺客を締め上げれば、知っていることは簡単に吐いてしまうからだ。所詮金で雇われただけの彼らが、命の危機に晒されれば守秘義務も何もあるまい、ということである。
同時に大した情報も無かったが、ラナの目的は人探しだ。国の内部の情勢など知ったことではない。
とはいえ、ここまでやった以上向こうも面子がかかっているのだ。諜報員殺しの犯罪者を野放しにするものかと、人選もどんどん洗練されていく。
日に日に刺客が強くなり、不意打ちや高位の魔法を撃たれる頻度が多くなっていくのは、ラナも肌で感じていた。
だが現状、得意の地の魔法だけで撃退も容易い。地の魔法は風の魔法に弱い特性を持っていたが、普通の魔法使い相手では地力が違いすぎて相性も何もなかったのだ。
そうして、しばらくは何の苦労もなく、パンを齧りながら片手間で客を吹き飛ばすような日々を送っていたのだが、半月も経つと流石に、多少は手こずる相手が現れた。
ラナの話は、傭兵たちなら誰でも知っていることだろう。
なのにその人物はたった一人で、不意打ちをするでもなく、森で散歩中のラナの前に立ち悠然と杖を構えたのだ。
「……おじいちゃん、杖抜いたって事は戦う気だろうけど、わたしのことは知ってるんだよね? 年寄り虐める趣味はないんだけど」
現れたのは、白髪に長い口髭を蓄え、腰の曲がった小柄な老人だった。
瞳は蒼いので『有神人種』だろう。つまり『精霊の使徒』ではない。ならば、普通は取るに足らない相手だ。
だが、
「ほほ……そうでしょうとも、お噂はかねがねでござる、ラナ殿。どうぞこの爺を、軽く虐めて見せてくださいな」
皺だらけの細い目、そこから覗く眼光は、妙に鋭い。
やせ細ってはいるが、杖に縋って歩くこともなく、背負ったそれを抜いたのはラナと対面した後だ。
つまり、手練れ。荒事に慣れているラナには、一目でそれが分かった。
「参る……」
「!」
老人は全身に翠の光を纏うと、次の瞬間にはラナの目の前に跳躍し、杖を振りかぶっていたのだ。
風の初等術『風弾』の応用だろう。通常は風の弾を打ち出すという、攻撃魔法の中でも威力が低いものだが、稀に風を推進力として体術に繋げる猛者も存在する。目の前の老人はまさにそれだ。
『岩壁』の術は辛うじて間に合い、杖の殴打は防ぐことができたが、油断していたラナは完全に虚を衝かれた。老人が挨拶をしてくれたおかげで、命拾いした。
魔法の威力だけなら話にならないが、この老人はとても素早い。これまで戦ってきたのは力自慢の荒くればかりだったが、一般人より強い程度の魔法を振りかざすだけの彼らとは訳が違う。
素直に魔法の威力勝負をしてくれれば一瞬で片も付いたが、老人は木々に隠れながら素早く背後を取って殴り掛かってくる。下手に撃っても当たりはしない。
地の魔法は強固だが、発生が遅い。相手が動くより一拍早く発動させなければ、風の速さの攻撃には対処できない。そういう意味でも相性が悪いのだ。
実力で勝っても、不利な一芸で相手をするには荷が重い相手だった。
「……しょうがないなぁ」
ラナは老人を杖の先で追い、光の色を黄から赤に変じさせた。
火の魔法は空気を、つまりは風を燃やして発生する。つまりは風魔法の天敵だ。
老人は体に風を纏い、背後に打ち出して推進力としている。つまり、そこに僅かでも火を浴びれば、
「!」
全身、火だるまだ。
ラナが起こしたのは等級さえ付かないような些細な火花である。
そんなものでさえ、風の魔法に引火すればいとも簡単に術者を焼き尽くすのだ。
老人も、相手が火の魔法を使うと知っていればこんな下手は打たないだろう。それだけ『賢者』と呼ばれる魔法使いは、世に数少ないものなのだ。
飛び上がった空中で魔法と一緒に推進力も失った老人は、全身を炎に包まれながら地面に墜落した。
「あーあ、だからやりたくなかったのに……三つ目も使う羽目になるんだからさ」
ぼやきながら、ラナは杖の先を蒼く輝かせた。
先に自分で言ったように、ラナは老人子供をわざわざ殺すような趣味はない。水の魔法で消化して、助けてくれようというだけだ。
だが、ラナが手を出す前に、燃える老人の体の上には一瞬で黒い靄が現れた。
「爺や、大丈夫!?」
藪の影から、女の声。
その直後、小さな靄、いや、雨雲からは無数の水滴が老人に降り注ぎ、その身の炎をかき消した。
水の初等魔法『降雨』の術。効果は名前と見た目の通りだ。どうやら、老人の仲間のものらしい。
ラナが杖の光を消し、背に収めると、声と魔法の主と思しき女性が藪の中から飛び出してきた。
ラナと同年代くらいの、年頃の娘だ。
整った顔立ちに、旅装も質素だが仕立てがいい。やはり良い所の娘なのだろう。
それが老人に駆け寄り、無事を確認すると、倒れた彼を庇うように立って、ラナを睨みつけた。
「……見事な御手前でした、ラナ殿。試すような真似をして、申し訳ありません。これには訳が」
「そういう台詞は、直接戦った人が言うもんだよ、お嬢さん。人に戦わせて自分が隠れて見てるような奴が言うんじゃないの」
ラナが、自分の言葉が棘を帯びているのに気付いたのは、言ってしまった後だった。それだけ咄嗟だったのだ。
僅かに後悔した時には、女性の顔はかなり険しく歪んでいた。
あぁ、これはもう話になるまい。
げっそりしながらそう思った時に助け舟を出してくれたのは、女性の後ろで立ち上がった老人だった。
「ほっほ……姫様、ラナ殿の言う通りでござる。舌戦で勝てる程、甘い御仁ではござらぬよ。まずは礼を尽くさねば」
「……姫様ぁ?」
呼び名から、ラナはますます渋い顔をした。
とても、嫌な予感がする。
恐ろしい厄介ごとの気配だ。
こんな態度で接してくる相手は、決まって何かを頼んでくる。それも、頭が痛くなるような大事ばかりを、だ。
ラナは、自分がそこそこ人がいい質なのをよく知っていた。
そもそも旅の目的が、師の願いを叶える事なのだ。他人の切実な願いを聞いてしまえば、引き受けるかは別として無視はできないとわかっていた。
こんな手練れの老人を供につけ、挙句姫様などと呼ばれる相手。こんな従僕を持ちながら解決できない悩みを、流れの旅人に頼むなど、確実に碌な用件ではない。
頭の整理がついた瞬間、ラナは踵を返して逃げようとしたのだが、
「あっ、爺や、急に立っては駄目よ……!」
「……うー」
少なくとも、悪戯で来たわけではあるまい、と。
自分で傷付けた相手が後ろで膝をつくのを見ると、結局放っておけなかった。




