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精霊の使徒たちと放浪のラナ  作者: 霰
第二章 わかりきったこと
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1話


 帝国の短い夏は盛りを過ぎ、国土の木々は北の方から順に冷たい風が吹き始め、木の葉と人々の頬を朱に染め始めた。

 間もなく訪れる冬。帝国の厳格な風土は、そこに生きる者に休む間を与えない。

 国の北では暖炉で焚く石炭や薪材の確保に人々が奔走し、比較的温暖な南部の穀倉地帯も、帝都や北方の労働者に収めるための麦の生産に追われ、さらにそれらを運ぶ馬車や荷車がひっきりなしに街道を往来する。

 そんな、人々の慌ただしい営みは、帝国の秋の風物詩だ。

 今時期のこの国は、どこもかしこも繁忙期であり、堅気の者も裏の者も、仕事には事欠かない。

 荷車が多いということは、それを狙う強盗の数もまた増える。

 帝都に集った荒くれ者たちは、多くが軍の報奨金狙いだったが、一部には行商を護衛して地道に冬越えの資金を溜める堅実な傭兵もいた。

 この大陸は『有神人種』に溢れているが、魔法を戦闘に使える者は、意外と少ない。

 初等でも攻撃用の魔法を使える者なら並の野盗など寄せ付けないし、使って見せるだけで証明も簡単だ。

 ラナも傭兵たちを真似して一人旅の行商人を捕まえ、日銭を稼ぎながら逃避行の旅を続けていた。


「……はぁ、結局あの後、当てはナシかぁ」


「何をぶつぶつ言っとるんだい、お嬢ちゃん」


「んー? あぁ……」


 今も、たまたま出会った老商人の荷車に随伴しながら、ぼんやりと今後の予定について考えていた。

 探し人を求めて帝都に行ったまでは良かったが、辿り着くなり揉め事に巻き込まれて捜索どころではなくなってしまった。

 その上、表向きは存在しない筈の異人の魔法使いが帝国の諜報員として動いており、その存在を知った者を消そうとしている。

 『精霊の使徒』。

 魔法の真実を知り『大精霊』をその身に宿した、強力な魔法使い。ラナや、師ヨナの同胞。

 旅の出がけから思わぬ出会いを果たしたラナは、今後どう動くべきかを考えあぐねていたのだ。


「前に言ってた探し人の事かい? そんなに手掛かりがないんだったら、いっそ他の国に行ったらどうだね。きな臭いとはいえ今はどこも戦力不足で戦火も激しくないし、国境を超えるなら今が一番だよ。ここからなら、西の聖王国とかどうだい」


「うーん……」


 ラナは唸り、首を捻った。

 このアステルフォス帝国は大陸で最大の国土を持ち、南に二つ、それ以外の方角には一つずつの国と面している。無論、後ろ盾であるリコンを除いて、全てと敵対関係だ。

 老商人が言ったユリウス聖王国は、その内の西を治める旧い国である。

 精強な兵団を厳格な戒律で束ねる国であり、他国への積極的な侵攻はしないが盤石な強国として大陸でも名高かった。

 そのために人口も多く、帝国に次いで人探しには都合のいい国の一つであったが、


「聖王国には……多分いないかなぁ」


 ラナの反応は、芳しくなかった。

 多分、とは言ったが、その言い方は間違いなくいないだろう、という風だ。

 聞いていた商人にもそれは分かったのか、一つ溜息を吐くとラナから顔を背けた。


「まぁ、どこに行くにせよこのまま南下するのはいい考えじゃな。この国の北部は旅するにも暮らすにも向かん……」


「あはは、知ってるよ、地元だもん。わたし、北東部の町で生まれたからね。ちっちゃい頃は霜焼けで、よく全身真っ赤になってたよ」


「ほぉ? よくそんな所から帝都に行けるまでになったな。あの辺は町も村も貧しい所ばかりだというに。まぁ、あれだけの魔法が使えたら不思議でもないか……それこそ、聖騎士団にでも入れそうなのにな?」


 聖騎士団と聞いて、ラナはぎょっとした。

 昔から師と一緒に散々追われてきた相手だ。その傘下に自分が入るなど、有り得ない話だった。

 だが普通、堅気の者にとって聖騎士団とは崇拝の対象だ。彼らの名を聞いて動揺を見せる者は、多くが犯罪者かそれに準じる者だった。

 ラナの反応を見た老商人は、当然というべきか怪訝そうな顔になった。


「なんだいお嬢ちゃん、その年でもう堅気じゃないのかい」


「あはは……ちょっとね」


「……まぁ、深くは聞かんどくよ。護衛までしてもらって役人に突き出すほど、ワシだって落ちぶれちゃいないさ」


 あまり悪さをするなよ、とだけ最後に言って、商人は話を打ち切ってくれた。

 通りすがりで出会っただけだが、気風の良い老人だ。

 荷車も空になっており、商売は上手くいっているのだろう。

 それもこれも、きっと老人の心意気あってのこその筈だ。

 護衛とはいえ通りすがりのラナにも優しいのだから、人がいいのは間違いない。

 この道のりも、商人はラナに荷台に乗って休むようにと勧めてくれたのだが、


「その人……いや、その奴隷たち、おじいさんの持ち物?」


「あぁ、そうだよ。本当はもう一人いたんだが、荷運びで脚が潰れちまってね、参るよ」


「……ふぅん」


 ラナが頑として断り続けた理由が、これだ。

 荷車を引いているのは、馬ではなく人間。黒髪に黄色い肌の男と、肌は白いが紅い髪の男が一人ずつ。

 どちらも体が大きく逞しいが、食事は足りていないようで図体の割には痩せていた。

 老人とはいえ人一人の乗った大きな木の荷車は、人間二人で動かすには些か大きい。

 かなり酷な労働だったが、奴隷がやる分には心も痛まないのだろう。飼い葉が貴重な帝国では、奴隷は馬と比べて採算も優しい。

 堅気と言っても、人間などこんなものだ。

 脚が潰れたというもう一人がどこへ行ったのかは、あえて聞かない。気分を害したくなかったからだ。

 折角の出逢いだ。どんなに他愛ないものでも、いい人と出会った、そう思い込んだまま別れたかった。


「折角だけど、突き出してくれた方が良いかなぁ」


「うん? なんだって?」


 丘の稜線の向こうに人影と柵が見えたのは、頭の中にほんのりとした幻滅が広がった時だった。

 街道を塞ぐように敷かれた検問は、国が用意したものにしては雑で、作りが荒っぽい。

 見たところ急造で作られた木の策のようで、そこを囲んでいる男たちも杖で武装こそしているが、兵士にしては身なりがばらばらで、雰囲気も粗野だ。どちらかと言えば道で何度か出くわした野盗に近い。

 ラナはヨナと旅をしていた頃に、ああいう手合いと何度か出会っていた。勿論、敵として。

 教会は十年前から戦力不足だと聞いたが、思えばあの頃から、正規の聖騎士よりは雇われ兵たちがよく襲ってきていたな、とラナは一人回想していた。

 どう見ても物々しく、怪しい雰囲気の検問は、それだけラナの既視感に触れるものだったが、


「ちょっとそこの荷馬車、待ちな」


「その女に用があるんでね、止まってもらおうか」


 あまりに直撃な態度に、ラナは思わず噴き出した。

 老商人は何が何やらと動揺しているが、こうもわかりやすいと慣れている方は笑えてきてしまうのだ。

 いずれにせよ、とうとう自分はお尋ね者になってしまったらしい。

 ならば一緒にいる者も当然に怪しまれるだろう、と察したラナは、ひとまず商人に耳打ちをした。


「巻き込んじゃうから、離れて。これからわたしのこと聞かれたら、脅されてたとか言い訳して、洗いざらい喋りなよ」


 商人もそうだが、車引きの奴隷たちのことも心配だった。

 彼らは慮られるということがない。荒っぽい『有神人種』は、遊び半分で彼らを殺す者も珍しくないのだ。

 ラナはそのまま雇い賃にと、商人の懐から小銭を数枚抜き取って見せ、これで雇い主の義理も果たしたろうと、男たちの前に進み出た。


「……さて、わたしに何か用かな? お兄さんたち」


「まず名前を聞いておこうか」


「ラナ」


「……ほう、ならば」


「捕まえる? それとも死んでもらう……かな?」


 言われる前に答えを言うと、男たちはふっ、と笑い、


「察しが良いな、小娘っ!」


 一斉に杖を抜き、魔法を放って襲い掛かってきた。

 四方から迫るのは、石礫に火の玉と、攻撃に適した無数の魔法。が、全て拳大の小さなものだ。『精霊の使徒』の敵ではない。

 ラナは気怠そうに溜息を吐くと、杖を手に取り、黄金に輝かせ、


「あぁ、はいはい。もう飽きたよ、この展開……じゃあね」


 そう言って、軽く地面を叩いた。

 次の瞬間、急速に盛り上がる地面。

 足元からせり上がったのは『岩壁』の術。地の中等魔法であり、文字通りに強固な岩の壁を作る魔法だ。

 長方形のそれは最初はラナをすっぽり覆い、魔法を防いだだけだったが、壁は見る見る高く広く、巨大化を続け、


「……え?」


 呆けた声を出す男たちの前で、家屋くらいの大きさまで拡大した。

 ちなみにこの魔法、通常は防御に使われるが、戦いに熟達した者は作った壁で敵を押し潰す。初等魔法しか知らない一般人は知らないことだが、戦場の経験がある者には常識だ。

 思いだした男たちは、次の瞬間一斉に踵を返したが、数秒後には簡易の関所諸共、岩の下敷きになって地面に埋もれ、ラナも土煙に紛れて一緒に姿を消していた。


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