剣聖というスキル
いつもより長めで、かつ、胸クソ回です。ご注意ください。
「お父様!僕はこの侯爵家を守ってみせます!」
それは、王都にあるコルマール侯爵家のタウンハウス。
家族みんなで庭に出て、遊んでいた時の記憶だと、セリムにはわかった。
そして、これが夢だということも。
確か、終戦した翌年のことだ。
タウンハウスには、領地にある本邸と比べたら小さいが、子供が走り回るには十分な広さの庭がある。
その日、セリムはもらったばかりの木剣を振り回し、『剣聖ごっこ』に精を出していた。
「そうか、それは楽しみだ!セリムは身体能力が高いから、いい剣聖になれるな!」
逆光になって表情はわからないが、父は笑顔だったと思う。
今では、決して見られない表情だ。
「はい!お父様のような剣聖になって、みんなを守ります!」
そして、父の激励に満面の笑みで答えるセリムも、今となっては見られないものだった。
剣聖というのはスキルの一種で、セリムの父も祖父も、代々のコルマール家の家長が授かってきたスキルである。
剣聖のスキルを授かると体格がよくなり、どのような剣をも使いこなせ、相手の太刀筋や体の動きも先が読め、決して負けることはないといわれている。
実際、父も祖父も体格がよく、大剣を扱う剣士である。
一度、母と一緒に訓練場へ見学に行った時、父が大剣をこともなげに扱う姿に、自分も将来、あんな風になれるのだと、セリムはワクワクした。
「シオンも、僕と一緒にこの国を守ろうな」
「だぁー」
まだ1歳で、よちよちと歩き始めたばかりの弟は、木陰で休む母の膝に乗せられている。
小さきもの、弱きものを守るのも、剣聖となる自分の役目だと、この頃は信じて疑わなかった。
父は、分隊の隊長として、遠征していることが多かった。
そんな中で、セリムに稽古をつけてくれるのは退役した軍人たちだった。
「坊っちゃんは運動神経がやはりよいですな!」
「でも、まだ重い剣を持てません」
「何、スキルを得ましたら、すぐに持てるようになります。わたくしめもそうでした」
教えてくれていた男は、剣士のスキルを持つ人間だった。
「そうですか!じゃあ、もう一回練習します!」
作ってもらった木剣を飽きもせずに振り回し、暗くなるまで走り回った。
稽古を終えて屋敷に戻ると、使用人たちが労ってくれた。
「坊っちゃん、今日も稽古でしたか」
「ああ!今日は素振りを頑張ったんだ!」
身振り手振りで、今日の報告をするセリムを使用人たちは笑顔で迎え入れた。
「頑張られましたな。泥だらけですから、湯浴みにいたしましょう」
「ありがとう!」
湯浴みを終えると母や弟と食事をとり、ふかふかのベッドで眠る。
今思うと何ごともない幸せな生活であった。
「やっと、スキル鑑定の日だな」
「はい!お父様!」
セリムもこの日を心待ちにしていた。昨日は楽しみすぎて眠れず、乳母であるリンダに叱られたほどだった。
「おまえと共に、この国の民たちを守れると思うと鼻が高い」
「はい!がんばります!」
父とその少し後ろをセリム、弟を抱えた母が続いていた。
この国の国教であるディーべ教の神父は、5歳になるとスキルを鑑定してくれる。
しかし、お布施として多額の金銭を要求するため、その恩恵に預かれるのは一部の貴族だけであることは、後に知った。
貴族の家にはだいたいある礼拝室に、セリムは家族と共に入っていった。
壁全てが白い部屋に、真ん中に白い椅子。背もたれの後ろには白い装束を着た細身の男性がひとり立っていた。ディーべ教の神父である。
全てが白い部屋に、白いフード付きの装束を着た神父は髪の毛さえも見えず、黒い目玉だけが動いていた。
「それでは、セリム様。こちらに」
神父は椅子を指し示し、呼び寄せられたセリムはそっと椅子に座った。椅子は石で作られており、座るとひんやりとした。
「それでは、スキル鑑定を行います」
神父はそう言うと、椅子に座ったセリムの頭を手で覆った。手を置かれた部分にチクチクとした静電気のような痛みが走ったあと、セリムは気を失った。
「セリム・コルマール。そなたのスキルは……分解」
「ぶんかい……?」
耳に聞こえた自分の名前に目を開けると、父の怒りの表情、母の青ざめた表情が目に入った。
「おい!セリムのスキルは剣聖ではないのかっ」
「は、はい……っ。わたしにも何が何だか……」
屈強な体型の父に細身の神父は肩に手をかけられ、頭がもげてしまいそうなほどにガクガクと揺さぶられている。
「こ、こんなことが外に知れたら問題だ……今日のパーティーは中止にする」
「えっ」
セリムは楽しみにしていたパーティを中止するという父を見上げて、文句を言おうと思ったのだが、今まで見たことのないような、鬼の形相をした父が自分を睨みつけていて、息を吞んだ。
「こいっ」
子供に向けるべきではないような力で、セリムは襟の後ろを掴まれると、引きずられるように礼拝室から出された。
「いたっ、痛いよ!お父様!」
「あなたっ」
母が、セリムを連れて行かれないようにつかもうとしたが、既のところですり抜けた。離れたところで泣き叫ぶような声が聞こえた。
セリムは、そのまま長い廊下を引きずられ、今は誰も出入りしていない薄暗く本が大量に積まれた部屋――前の領主シリル・コルマールの書斎に閉じ込められたのだった。
「お父様!開けてください!」
閉じ込められたセリムは、内側からドアを叩いた。父はドアに何かを噛ませて、内側から開かなくしてしまったようだ。
「セリムっ!」
母が追いかけてきてくれたようだが、父に阻まれているのか、扉が開く気配はなかった。
「うるさい!剣聖でないものなど、コルマール侯爵家の者だと認めるわけにはいかない!」
父と母が喧嘩しているところなど、初めてだった。しかも、その原因となったのはセリム自身である。
「おまえがあんな出来損ないを産んだりするから……シオンも剣聖でなかったら、我が家はおしまいだ」
「あなた……」
「あれは本当に俺の子か?俺の子なのに剣聖のスキルを持たないなんて」
「そんな!私を疑いになるの?」
「おまえも父上のように、俺を馬鹿にしてるんだろうっ!」
ドンッとドアを叩かれ、きしむ音が聞こえた。あの力が自分に向けられたら、死んでしまうだろう。
「うわぁぁあん」
母の悲しみ、父の怒りが伝搬したのか、弟が泣き出した。顔は見えないが父が舌打ちをしたのが聞こえたので、きっと苛立っているのだろう。
「シオンを乳母に渡してこい」
バタバタと足音が遠ざかると、父は再びドアを叩いたのだろう、ドア越しに先程のような衝撃が走った。
「私が悪いのではない……出来損ないで生まれてきたおまえが悪いんだ……」
父の足音が遠ざかると、夜明けまで誰もやってくることはなかった。