港町ジル
港町ジルは、突き出た半島の南側に位置している。
軍港の名残もあり、武器や防具を扱う店も多く、王都のような華やかさはないが、レンガ造りの実用的な佇まいの店が並んでいる。
今では、除隊した元兵士たちが冒険者になることが多いからか、冒険者御用達の店も数多く揃っているし、鍛冶屋も多い。
行き交う人々は冒険者のような格好をしている者も多く、褐色の肌の移民も混ざっている。
「へぇー、こんなのまで出てんだな」
ノエルが、雑貨屋の店頭に飾ってあるスタンドの皿をまじまじと見つめて言った。
ふたりは大きめの雑貨屋で買い物をしていた。
店の手前部分は一般向けの商品が並べてあり、奥には背丈を超えるような棚が所狭しと並んでいる。
あのような棚には、プロが使うような素材がいいものや、特殊な道具が並んでいるのである。
「ああ、第三王子誕生記念の食器な」
この国では、記念日が近くなると王家の紋様があしらわれた記念品が売り出される。今回は第3王子生誕記念である。
こんな王都から離れた港町にも、人気があるがゆえに、これが置かれているのである。
「もう8年か」
ノエルは、売り物の皿を、人差し指で軽く弾いた。売り物に傷がつかないかという、店員の視線が痛いほどわかり、セリムはヒヤヒヤしたが、目の前の男は気にならないらしい。
「メヒティルデの決意ね……」
8年前まで、この国は、隣国アイキオと戦争をしていた。
アイキオとは、長らく敵対関係で、200年の間に5回も争っている。
そんなに頻繁に戦争をしていれば、どちらの国も疲弊しそうなものだが、長く続けられたのは、主戦場となったのが、両国と国境を接した小国レンホルムだったからである。
つまり、お互いの国土には、ほとんど傷がついていない。
そして、『メヒティルデの決意』とは、10年ほど前、第5次王国戦争末期、レンホルムから捕虜としてやってきた衛生兵がアイキオの王女メヒティルデで、我が国の王太子ランベールと恋に落ちたという。
そこから、小説のような展開で、協定が結ばれ、あれよあれよで終戦である。
『愛は世界を変えるのです』
という王女メヒティルデの演説は学校の教科書にも載っているし、この『メヒティルデの決意』は小説や戯曲になり、ロングセラーにもなっている。
「あの200年の戦争は、何だったのか」
セリムは、祖父が新聞を見ながら、こうつぶやいたことを覚えている。
アイキオではどうか知らないが、我が国では、王太子夫妻の姿絵が人気になるほどの歓迎ぶり。憎き敵であったアイキオの民は、今では我が国の王太子妃の故郷の民である。
セリムは戦場を知らない。だが、そんなに簡単に喧嘩していた人間同士が仲良くなれるのだろうか、と今も思っている。
「何かお探しですか?」
少年ふたりが飾り皿を長い時間見ているのを不審に思ったのか、店員が近づいてきた。
「ああ、持ち運べる程度の大きさの鍋を探してんだ」
人好きする笑顔でノエルが答えた。
「鍋」
ここはよろずの雑貨屋ではあるが、ナイフや防具よりも、鍋を買おうとしているこの男ノエルの真意を、セリムは考えた。
おかげで、戦争について考えていたことは、頭の片隅に追いやられてしまった。
「では、あちらの棚にあるものがいいかと」
店員の後ろをついていきながら、セリムは小声で尋ねた。
「おい、鍋なんてどうするんだ」
「そりゃ、いるだろ。特にお前のスキルなら必須だろ」
「……」
確かにセリムは学園在学中、研究で、よく鍋を使っていたが、いるのだろうか。
「それに、いざとなりゃ、被れるし盾にもなる。あ、おねーさん、これください」
ノエルは間口が広めで浅い鍋を購入したのだった。
「セリムのも買っとくからな。サンドイッチのお礼な」
お礼と言われれば受け取らないわけにはいかなかった。
「お前は鍋だけでいいのか」
いろんな店を3軒以上はまわった。なのにノエルは鍋しか買わなかったのである。
「むしろ、セリムはそんなに何を買ったの」
セリムは、保存がきく固い黒パンと干し肉、冒険者用のナイフやコンパス、怪我をしたときに使う包帯や薬草も用意した。
おかげで今、両手は荷物で塞がっている。
「そりゃ、よくわからない島に行くんだ。食料も何もないかもしれないし」
ノエルはうんうんと頷いた。
「じゃあ、何もなかったらセリムの買ったパンと俺の採る予定の山菜を交換な」
「パンと草を交換って、お前すごい発想だね」
セリムはノエルのこの楽観主義的な考え方を、ある意味、尊敬していた。だからといって、自分がなりたいわけではないけれど。
「よせよ、照れるじゃねぇか」
セリムは背中をバシンと叩かれ、ため息をついた。
「……褒めてないよ」