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帰還兵の青年と親無し少女の生活。 

 戦争に負け、帰ってきた兵士を待っていたのは侮蔑の視線と心無い言葉だった。

 

 『あんたらがもっと頑張っていれば戦争に勝って豊かになったはずだ』


 『息子はもう帰ってこない。貴方達のせいよ』


 『よくもまあのこのこ帰ってこれたもんだ』


 勿論全国民がこんな事を言っているわけでは無いのだが、敗残兵を見る目が厳しいのは事実だった。

 帰ってきても仕事に就けず物乞いになる者、戦場で地雷や銃撃を受け足や腕を失ってそもそも働けない人間もいる。


 「…………」


 さて、灰色の髪を後ろに纏め、山の麓にある湖で銃を構えるこの男、名前をテオ・ミュラーという。

 彼も戦場から帰ってきた帰還兵だが彼はまだ幸運だった。

 五体満足で帰ってこられた上、仕事もある。

 

 「鴨か。何羽か撃とう」


 そう呟き弾を口に咥え、照星を獲物に向け、静かに引き金に手をかけた。






 「…今日は4羽か。まあ、日銭にはなるか」


 湖で鴨を撃ち、隣町まで歩く彼。

 彼のいる町では彼が元軍人であることを知っていて、あまりいい顔をしない。

 だが隣町には彼の知り合いがいて狩りで得た獲物を買い取ってくれる。

 少し遠いが、夕方には帰れるだろう。


 「…うん?」


 彼の行く先に、少女がいる。

 歳は10代前半だろうか?

 汚れた真っ白い肌にくすんだ赤毛、ボロボロの服を着て、雪が積もっているにも関わらず道端で凍えながら座り込んでいる。


 (孤児…か)


 戦争で親が戦死して子供が孤児になる。

 この国では珍しくない話だ。


 「…………」

 

 彼は少女の方を見ず、懐からいくばくかの硬貨を少女の前に置いた。


 「ありがとうございます」


 掠れた、抑揚のない声だった。






 隣町に着いたテオは人であふれた市場を背中に鴨をぶら下げながら歩いていく。

 かなり賑わっているが、店の物を盗って殴られている少年、どう見てもまずい物を煙草代わりに吸っている老人…

 スラムのような雰囲気がここにはある。


 「テオか!よく来たな」

 

 テオは暫く歩いて回っていると一つの露店の前で止まった。


 「今日は鴨4羽だ」


 頭に布を巻いた筋骨隆々の青年が屈託のない笑顔で彼の持ってきた鴨を受け取った。

 ここで肉を売っている彼は戦争時代の戦友で、テオ自身もよく獲物を売っている。


 「おう、今日は少ないな…ほらよ、いくらか多めに入れといた」


 「いいのか?」


 「ああ、お前も厳しいんだろ?俺もお前に戦場で助けてもらった身だ。いいから取っとけ」


 「ありがとうよ…」

 

 優しさが身に染みる、彼もまた同じように差別されている人間のはずなのにそれでもこうして優しさを振りまいてくれる。

 

 「また来いよ。お前の獲物なら、いくらでも買ってやる」


 「ありがとよ。今度うちに来い。密造酒飲ませてやる」


 「この犯罪者が!アッハッハッハッハ」


 この国では密造酒造りは珍しくない、低所得者の金稼ぎに使われている。

 この後テオは銃砲店で弾を買った後、帰路についた。


 




 「ふう…」


 雪が降る森の中にぽつんとあるログハウス、それが彼の家。

 テオが自宅に帰った時、既に日は落ちていて狼の遠吠えが聞こえてきていた。


 「今夜はよく冷えるな…」


 温めなおしたスープを飲みながら窓の外をみる。

 とはいえそこは人気の無い森の中、積もる雪と木以外特に何も…


 「うん?」


 ぼんやりと外を見ていると遠くから小さく声が聞こえてくる。

 これは…


 (女の子の声…何でこんな時間に…)


 嫌な予感がしたテオは、猟で使う銃と弾を持って声のする方へ走った。






 「うああああッ!助けて!嫌ああッ!!」


 一人の少女が雪の降る森の中を、血塗れの腕を押さえながら走っていた。

 月明かりしかなく、道が全く見えない上、後ろには…


 「ガウッ!ガウガウッ!!」


 数匹の狼が追って来ていた。


 「あうっ!」


 木の根につまずき転んで、あっという間に取り囲まれ身体を噛まれる少女。


 「嫌だ!痛いよ!嫌ああ!!助けて!」


 猛烈な痛みに耐えながらその場にうずくまり助けを求めるが、ここは森の中、助けてくれる人間がいるはずもない。


 「ああ…」


 諦めかけていたその時だった。


 「キャウンッ!?」


 「ガッ!」


 少女に取りついていた狼が短い声をあげながら離れた。

 

 「え?」


 「頭を下げてろ!」


 状況が飲み込めずにいると誰かが彼女に向かって叫んだ。


 「耳を塞げ!」


 暗闇で全く見えないが、彼女は言うとおりに耳を塞いだ。

 直後聞こえてくる数発の銃声。






 「ハアッハアッ………ハアッ」


 「あ、えっと…」


 暫くすると、狼は逃げ去り数匹が死んでそこかしこに倒れていた。

 

 「大丈夫か?何でこんな時間に森の中をほっつき歩いてるんだ、危ないだろうが」


 「ごめんなさい」


 荒い息を吐き苛立ちながら彼女に説教するが、逃がした狼が戻って来ないとも限らない。

 まずは移動しなければ。

 

 「…ここは危ない。お前、歩けるか?」


 「は、はい…」


 そう言って立ち上がろうとした彼女だったが、立った瞬間に尻餅をついた。


 「…足をやられたのか?」


 「ごめんなさい…腰を抜かしてしまったみたいです」


 「…分かった。乗れ」


 しゃがみこんで、彼女をおぶる。


 「俺はテオ、お前は?」

 

 「マレルダです」


 「そうか、ひとまず俺の家に行くぞ。ここよりはましだからな」


 「はい」


 これが二人の出会った日に起きた事だった。

 

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