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Pablic Enemies  作者: ヒビキ
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第一話

 これは、「悪」と呼ばれた者達の物語。





 No.1 Collapse






 *


 千葉県 某所。


 私は、今日も近くのコンビニで食べられるものを盗んで、河川敷にある使い古されたボロボロのテントの中に広げる。

 「はぁ〜、今日はこれだけか……」

 たまごサンドにツナマヨおにぎり、それといちごオレ。今日は運良く店員が一人で接客している間に来たので、盗めるものは盗んだつもりだったが、案外少ないものだ。しかし、食べられるだけで有難く思うか。

 私の名前は須藤珠子(すどう たまこ)。身寄りのない窃盗常習犯だ。私は毎日を窃盗することで生きている。いけない事だってのは、わかってる。けど、こうでもしなきゃ生きていけないの。

 もし、私が普通の暮らしができていたのなら、こんな生活とは一切縁が無かっただろう。幸せな家庭を築けただろう。高校にも大学にも行けただろう。私って、不幸な女。生きている意味って、あるのかな。私は大きくため息を吐いた。

 朝ご飯は路地裏のゴミ箱を漁って残飯を見つけたからそれを食べたけど、昼はどっちにしようかな。私は夜にご飯を食べたいタイプだから、昼ご飯はたまごサンドにしよう。

 「おーい、河川敷の嬢ちゃん!」

 声が聞こえた。男の人の声だ。テントを出ると、うっすらと髭を生やしたおじさんがいた。このおじさんは、私が河川敷に住み始めた頃から付き合いがある。いつも来る度に私に差し入れを持ってきてくれるいい人だ。若そうな外見のおじさんの右手には、レジ袋があった。

 「こんにちは、おじさん!その袋、なぁに?」

 「はっはっは!いつも頑張って生きている嬢ちゃんに、俺からの差し入れだ!ホラ、受け取れ!」

 法被をTシャツの上から羽織り、ジーンズの裾をまくり、下駄を履いたおじさんから、私はすぐにレジ袋を受け取った。中には、お菓子や惣菜などがたんまり入っていた。

 「えっ!?おじさん、これ……私に全部くれるの!?」

 「差し入れだって言ってるだろう?その通りだよ!」

 それを聞いた私は、嬉しくてたまらなくなった。勿論、すぐに食べるわけにはいかなかった。私は大量の食料をテントにしまい、おじさんの方へ向いた。

 「有難う、おじさん。私なんかにここまでしてくれる人はおじさんしかいないよ!」

 「良いってことよ。俺はな、いつでも困っている奴の味方なんだよ!」

 おじさんは親指を立てて自分を指した。私は思わず笑みをこぼした。

 「お、そうだ!この後、港で釣りに行く予定なんだが、嬢ちゃんも一緒に来ないかい?」

 「ホントに!?行く行く!絶対行く!」

 おじさんの誘いに乗った私は、一緒に港まで行く事になった。



 *


 「オラっ!!……チッ、なんだよ!獲物が小せえじゃねぇか」

 港に着いた後、私とおじさんは釣りを始めた。いつも大物を釣っているおじさんは、今日は苦戦している。それとは逆に、私はおじさんより大きい魚を釣れている。

 「おいおい、嬢ちゃんは今日も上手いなぁ!嬢ちゃんの魅力がお魚さんにも伝わっているんじゃないのか?」

 おじさんは私の方に顔を向け、ケラケラと笑っている。私はそう言われて、少し赤面した。

 「いやいや、そんな事ないですよ〜!」

 「いいや、嬢ちゃんには天性の才能があるのかもな!『魚の心を奪う』才能が!」

 「そんなものを持っていたら、私は食に苦労なんかしませんよ〜…」

 おじさんの言葉を、私は笑って返す。本当に、そんな才能があれば苦労しないのに…。

 「……嬢ちゃん。もしかして、何か悩んでることがあるんじゃないか?」

 おじさんは単刀直入に訊いてきた。まさか、今日私を釣りに誘ったのはその為か。

 「……あはは、やっぱり誤魔化せないか」

 私は隠すのを諦め、正直におじさんに話すことにした。

 「おじさん、私……生きてて、いいのかな」

 「は?いや…良いに決まってるだろう」

 おじさんは驚き素っ頓狂な声を出し、答えた。

 「だって、私……この年齢なのに職にも就いてないし、いつも盗んで食べての繰り返し。そんな日常、つまらないでしょ?私だって、ファッションとか、恋バナとか、ゲームとか、皆みたいなことをしてみたいのに…」

 私は今の思いを全て吐露した。おじさんは手をうっすら髭の生えた顎に当てて、海を覗き込む。そして、何か閃いたように手をポンと叩いた。

 「なぁ、嬢ちゃん!『東京』って、知ってるか?」

 「流石に私も知ってますよ。馬鹿にしないで下さい」

 「いやいや、そうじゃねぇんだよ!いいか、東京ってのは、全国各地から大勢の人々が集まる大都会なんだ!なんてったって、色々な分野の日本の最先端の流行が集まっている場所なんだぜ?」

 おじさんはニシシ、と笑った後、私の目の前で人差し指を立てた。私は若干後ろへ退く。

 「つまり!東京に行けば嬢ちゃんの好きなことが見つかるんじゃねぇか?人ってのはな、流行に乗りやすい生き物だ!自分の趣味に没頭していると、人生滅茶苦茶楽しくなるぞ!だから、嬢ちゃんは一度上京して嬢ちゃんのやりたいことを見つけろ!」

 おじさんはニヤリと笑うが、私はため息を吐いた。そんなこと、できるものならやりたいけど、私にそんな経済力はない。

 「何言ってるんですか…?私、お金もないのに…」

 「俺が小遣い出してやるよ。ホレ」

 そう言って、おじさんは懐を漁ると、10000円札を数枚取り出し、私に差し出した。これには流石の私も驚いた。

 「えっ!?い、いいんですか!?私に、こんな大金…!」

 「いーんだよ。おじさんはお金持ちだから」

 「やった!!じゃあ有難くいただきます!!」

 「ちょっとは躊躇しろよ、嬢ちゃん……」

 目の前の大金にこれまでにない喜びを覚える私に、おじさんは苦笑いする。私はすぐにおじさんから大金を受け取り、今まで気になっていたことを思い出した。

 「そう言えば、おじさんはどういう仕事をしているんですか?」

 今思えば、今までで一度も尋ねていなかったから、これを機に質問してみた。するとおじさんは、ニカッと私に笑顔を向けた。

 「………ナイショだ、今はな!まぁ、いずれわかるさ!」

 「え〜、何それ〜!ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃん!おじさんのケチ!」

 「嬢ちゃんにケチって言われると、ちょっと心にくるなぁ〜……」

 頬を膨らます私におじさんはまたもや苦笑いを浮かべると、腕時計を覗く。

 「おおっと!悪りぃな嬢ちゃん、俺はそろそろ行かないといけねぇんだわ…」

 おじさんは慌てた様子で支度し、いそいそと港を出ようとする。

 「あ、待っておじさん!私も帰るから河川敷まで一緒に行こう!」

 「おっ、いいのかい?おじさんはちょっと走っちゃうけど大丈夫かい?」

 「大丈夫!私も運動がてら一緒に走るから!」

 私はおじさんと並走するように走る。私のすぐ横で、おじさんの下駄の音がカランコロンと響く。

 この時、私はいつもおじさんといる時より楽しく感じた。お金が貰えたからだろうか?それとも……。




 *


 おじさんと別れた後の夜、私は自分のテントに入り、仰向けになって寝転んだ。普通の家にはあるはずの電球も無い天井を見つめる。手元にはおじさんから貰った数万円と、しばらくは持つだろう食料がある。

 ………決めた。明日、東京に行こう。東京に行って、私の好きなことを見つけて、楽しいと思えるような人生を手に入れるんだ。

 私はそう決心した後、すぐに身支度を始めた。まだ気が早いかもしれないが、私は思いついたらすぐ行動するタイプだから、東京のことを考えると居ても立っても居られなくなった。

 「お金、食料、お金、お金………よし、準備万端だね!」

 私は、昔ゴミ捨て場で拾ったボロボロのリュックサックの中身を確認し、すぐに寝転んだ。しかし、明日の事が楽しみすぎて、まだ寝る気にはなれなかった。

 「東京か……。どんな所なんだろうなぁ……」

 私はそう呟いて、再びテントの天井を見つめ始めた。




 *


 東京都某所。 


 人工の光が煌びやかに輝く夜の中、男が乗ったバイクが二つ走る。二つのバイクは視界にアパートを捉えると、左折し、駐車場に停めた。男達はバイクから降り、アパートに立ち寄る。

 「兄貴!今日は一日ツーリング有難う御座いますっス!」

 「……別にいいんだよ」

 バイクから降りた金髪を一つ縛りにした男が、兄貴と呼ばれた紺のコートを着た黒髪の男に礼を言う。黒髪の男はそれをぶっきらぼうに返した。

 「それに、ツーリングやろうと言い出したのは俺だ。わざわざお前の今日のバイトの予定を空けてもらったんだ。そして今夜は泊めてくれるんだろ?明らかにこっちが礼を言う立場じゃねーか」

 「兄貴はオレにとっての恩人っスから、気にしなくていいっスよ!」

 「……バイトはどうなんだ」

 「兄貴、意外とお節介っスね!ちゃんと通っているから大丈夫っスよ!」

 「………そうか」

 二人はアパートの一室に入ると、黒髪の男はちゃぶ台の前に並べられてあった赤い座布団の上にあぐらをかいて座り、金髪の男はカップ麺を二つ用意して水の入ったヤカンを沸かし始めた。

 「兄貴、晩飯はカップ麺で大丈夫っスか?今、それしか用意できるもの無いんで……」

 「それに嫌だと言う奴が何処にいる?」

 「ははっ、そうっスよね…」

 湯が沸いたことをヤカンが知らせると、金髪の男はカップ麺をちゃぶ台の上に置き、湯を注ぐ。

 「……そう言えば、兄貴の方はどうしているんスか?バイト、やってるんスか?」

 「一応な。時々片桐から差し入れくれる」

 「片桐さんからっスか!?あの人も良い人っスよね〜!片桐さんって、看護の専門学校通っているんでしたっけ?」

 「……ああ。アイツは看護師になりたがっていたからな。今はもう卒業しているが、アイツなりに就活でもしてんだろ」

 黒髪の男はどこか嬉しそうな様子で言う。

 「あ、そうだ!明日片桐さんに会うのはどうっスかね?」

 「…いいな。いつも奢られてばっかだから、たまにはこっちから奢ってやろうぜ」

 二人で笑い合っていると、タイマーがキッチンに鳴り響いた。三分経ったのだろう。

 「おっ、カップ麺できたっスよ!三分ってあっという間っスね!」

 「…そうだな」

 金髪の男と黒髪の男は同時に蓋を開ける。その直後、金髪の男は早速箸を手に取り、湯気の出るカップ麺に手を付けようとすると、黒髪の男が口を開いた。

 「……敬助、『いただきます』ってちゃんと言ってから食え」

 「おっと…そうでしたね、赤城の兄貴!じゃ、いただきまーす!」

 「……いただきます」

 金髪の男、太田敬助(おおたけいすけ)はガツガツと麺を食べるのに対し、黒髪の男、赤城荒弥(あかぎこうや)はカップ麺を一点に見つめたまま微動だにしなかった。

 「どうしたんスか、兄貴?早く食べないと、麺が伸びちゃうっスよ?」

 「……わかったよ。今食うから」

 太田は笑いながら言うも、赤城は面倒そうに言って麺を啜る。しかし、赤城の脳裏には、地獄と錯覚する程の業火が一面に広がっていく光景が浮かんでいた。




 *


 翌日。

 私は気付けば爆睡していた。ハッと起きたら、外は既に明るくなっていた。昨日作った日時計を見てみると、午前九時を指していた。早めに出るつもりだったが、丁度いい。今日は土曜日。電車は混んでいるだろう。私はダッシュで最寄りの駅に着き、目の前の電車に飛び乗った。時間ギリギリだったようで、私が乗り込んだ直後にドアが閉まった。落ち着いて車内を見ると、やはり人が混んでいた。周囲の人はそんな私を見ずにスマホを弄っている。最近の人は皆そうだ。周りを見れば私には無い文明の利器を手にし、他者に目を向けずにそれを弄ることに夢中になっている。私はそんな危機感の無い連中が羨ましかった。私はいつスリに遭うかわからないから、常に周囲を警戒している。目の前にいる中年男性や、隣にいる私と同い年であろう女性にだって警戒している。早く着いて。私の頭はそれしか考えていなかった。

 車内にアナウンスが鳴り響き、東京駅に着いたことを知らせる。幸い私はドア付近にいたから、真っ先に降りることができた。人混みはストレスが溜まる。しかしそれ以上に私が楽しみにしているものが、この駅を出た先にある。迷宮のような駅から抜け出し、私は外の光景を初めて目にした。

 夥しい程の人、車、道路、ビル群。私はそんな光景を目にし、感激した。辺りを見回しても、光景が変わっていないように見える。そんな現象に私は逆に不安を覚える。地図を見るも、今自分がどこにいるのかもわからない。私が地図と睨めっこしている、その時だった。

 「……ちょっと、そこのアンタ。ここがどこだかわからないのか?」

 「ひゃぁ!?だ、誰ですか!?」

 背後から声をかけられた。私が慌てて振り向くと、そこには黒いライダースーツを着た黒髪長髪の女性だった。ライダースーツの女性は私の様子を見て面白おかしく思ったのかクスクス笑う。

 「そんなに驚かなくたっていいじゃないか。アタシは片桐真純(かたぎりますみ)、そこら辺の元専門学校生で、今は独立して就活してる。アンタは?」

 自らを片桐と名乗る女性は近くにあった大型バイクに寄りかかりながら話す。私は知らない人を前にタジタジしてしまうが、なんか良い人そうだから自分も名乗る事にした。

 「す、須藤珠子と言います!えっと……訳ありで、ホームレスです」

 私は片桐さんに自己紹介すると、片桐さんは驚いたように目を大きく開き、私の肩を掴んだ。

 「何だって!?アンタ、そんな年で帰る家が無いのか!?よし、アタシん家寄るよ!バイク乗りな!」

 そう言って片桐さんはヘルメットを被り、バイクに乗るとすぐにエンジンをかけた。私は慌てて片桐さんの後ろに乗り、肩を掴む。

 「しっかり掴まってろよ!飛ばすから!!」

 「えっ、ちょっ、えぇぇぇ!?」

 私の心の準備ができる前に、片桐さんは猛スピードでバイクを走らせ始めた。





 *


 片桐さんの後ろでしばらく目を瞑っていたけど、ほんの数分で慣れてきたから勇気を出して目を開けた。するとそこにはビル、ビル、ビル。夥しい程のビル群が広がっていた。私には見た事のない世界だった。ずっと河川敷に住んでいたから、そこが全てかと思っていた。世界は広い。生まれて初めてそう思えた。

 「どうだ?初めての都会の眺めは」

 「最っ高です!!!!」

 私は片桐さんの耳に聞こえるように大きな声で答えた。片桐さんは一瞬バランスを崩しかけたが、すぐに立て直して笑った。

 「ふふっ、だろーな。アタシは東京出身だから何とも思わないけど、若い子は誰しも都会ってのに憧れるからな。もう少しで家着くから、少し都会の景色を目に刻んでおきな」

 そう言って片桐さんは再び黙り始めた。私もワクワクしながら過ぎ去っていく都会の景色を眺める。

 おじさんの言った通り、自分の人生が楽しく思い始めた。これから私は、どん底だった人生から脱することができる。そうしたら、どうしようかな。そう考えていた時だった。














































 目の前が、白い光に包まれた。眩し過ぎて、何も見えない。「白い世界」。今の現象を体験した感想は、この一言に尽きる。しかし、そう感じるのも一瞬だった。

 「なっ……うわぁっ!?」

 突然、視界が元に戻る。気付けば、私は道路に横転していた。痛い。転んだ時にできたと思われる痣から遅れて痛みが全員に走る。すぐには立てない痛みだった。

 「い……いったぁ……」

 そうだ。片桐さんは?私が横転しているなら、片桐さんはどうなった?事故?そう思っていた時、私の目の前に片桐さんが立っていた。

 「おい、珠子!悪い、急に視界が白くなってさ……って、怪我してるじゃん!早くアタシの家に……」

 片桐さんがそう言った矢先、どこからかグシャリ、と何かが潰れる音がした。目の前だ。片桐さんのバイクが、私がさっきまで乗っていたバイクが潰れていた。しかも、それだけではなかった。目の前には、巨人、というより大男がいたのだ。こちらを見て笑っている。私はこの非日常的な状況を理解し、戦慄した。片桐さんのバイクは、この大男が潰したのか。そして、私たちを狙っている。片桐さんもそれに気付いたように、警戒しながら私を守る姿勢をとる。

 「片桐、さん……?」

 「逃げな、珠子。アタシがこの男の相手をする」

 「でも……」

 「アタシ、昔暴走族やってたから。こんなデカブツとは死ぬ程闘ってんだよ!」

 そう言って片桐さんは大男の腹に殴りかかった。殴られた大男は少し効いたのか、腹を少し摩る。それでも、大男は余裕そうな表情を浮かべている。

 逃げなきゃ。折角片桐さんが作ってくれたチャンス。兎に角逃げなきゃ。けど、怪我で思うように足が動かない。

 「女だからって……舐めないでほしいね!」

 片桐さんが大男を投げ飛ばした。力が強いのか、それとも何か武道を習っていたのか。今のうちだ。走れ、走れ、走れ。なんとか道路の外に出た時だった。私の目の前に、さっきの大男が降ってきた。いや、正確には飛び跳ねてきた。

 「か、片桐さん!?」

 振り向くと、そこには道路に打ちつけられて頭から血を流している片桐さんがいた。やはり敵わなかったのか。

 「お前……いい……女……!!」

 大男はそう言って、私の身体を人一人分ある大きな手で握り締めた。

 「あっ……ああぁっ!!!!」

 「珠子!!!!」

 痛い。苦しい。潰れる。私の頭はそれでいっぱいだった。片桐さんが何かを叫んでいるのが聞こえる。けど、何を言っているのかはわからない。

 大男の握る手が更に強くなっていくのを感じる。もう叫ぶ声も出ない。あちこちの筋肉が悲鳴を上げている。このままじゃ、身体が潰れる。あぁ、私……このまま死ぬんだ。思えば、散々な人生だったな。万引きしたり、ゴミ箱漁ったりしてホームレス生活してきた。たまに来るおじさん以外誰にも目を向けられる事無く過ごしてきた。東京行って、自分を変えようとした結果がコレかぁ…。私、死んでも良かったんじゃないかなぁ。あと、何かあったっけ……?

 私の心残りは………何だっけ?










 そう思った瞬間、私の意識は途切れた。













 *


 「………お母さん」

 お母さんは返事をしない。お腹に赤い何かをつけて、ただ寝ているだけ。



 「………お父さん」

 お父さんも返事をしない。胸に何かが刺さったまま寝てる。



 「………お兄ちゃん、ササラ」

 お兄ちゃんもササラも返事をしない。抱き合いながら頭に赤い何かをつけて寝てる。



 「………タマ?」

 タマも寝たまま動かない。お腹から赤い何かを出してる。



 「………おじさん、誰?」

 黒いおじさん。



 知らない人。



 こっちに来る。



 やめて。




 来ないで。









 *


 私は目を覚ました。背中への感触が、いつもと違う感じがする。布団、部屋、そしてベッド。私には無かったものだ。私は、いつの間にかベッドで寝てしまっていた。と言うか、目の前には見知らぬ空間。どこかの部屋であることは間違いないみたい。私が部屋の中を見回していると、向かいのドアから誰かがひょっこりと顔を出した。男の人だ。雰囲気、顔から見て多分私より年下だろう。

 「……あ!赤城さん、片桐さん!目が覚めたみたいですよ!」

 男の子はそう言って慌てて誰かを呼びにドアを開けて出ていった。私は状況が飲み込めないままベッドから起きてしばらくすると、男の子は強面の黒髪の男の人とライダースーツを着た黒髪長髪の女の人がいた。しかし、女の人の顔には見覚えがあった。私はすぐに片桐さんだと思い出した。

 「か、片桐さん!私、一体……」

 「珠子、気持ちは分かるけど一旦落ち着いて。ここはアタシが住んでるアパートだ。アンタが大男に襲われて気絶した後にコイツらが来て助けてくれたんだ」

 片桐さんは混乱する私を宥め、簡単に状況を説明した。私は自分の身に何があったかを思い出し、少し怖く感じた。

 「……おい、大丈夫か」

 強面の男の人が心配してくれたのか、私に近寄って手を伸ばした。しかし、私は一瞬男の人が怖く思え、咄嗟に手を振り払ってしまった。男の人は驚いたように目を開く。私はすぐに手を戻し、男の人に頭を下げた。

 「……ご、ごめんなさい。怖くて、つい……」

 「いや、いい。怖がられるのは、慣れている。俺も手を伸ばして悪かった」

 男の人は静かな声で謝った。どうやら本当に悪い人ではないようだ。私は少し安心した。

 「ああ、紹介するの忘れてた。このデカい男は赤城荒弥。そして寝ている珠子の様子を見ていたのが苑田大勢(そのた たいせい)だ」

 「………」

 「あっ、苑田、大勢です!どこか痛いところとかありませんか…?」

 赤城という男の人は黙ったままこちらを見つめているけど、苑田くんはちょっと緊張している様子で私に訊いてきた。試しにちょっと動いてみると、体があちこちズキズキと痛む。

 「いたた……うん、ちょっと痛むかな」

 「そう、ですか。で、でしたら安静にしておいてください!須藤さん、襲われたばっかりなんですから!」

 苑田くんに心配の声をかけられ、私は笑って「ありがとう」と一言言った。苑田くんは少し恥ずかしがる様子で私から顔を背けた。異性に慣れていないのかな…?

 「あ、お礼言ってませんでしたね!助けてくれてありがとうございます!で、でもどうやってあの大男をやっつけたんですか…?」

 私はお礼をするついでに大男の撃退法について訊いた。すると赤城さんは着ていた革ジャンの袖を捲り、火傷の痕が目立つゴツゴツな腕を見せた。そして、信じられないことに、赤城さんの腕が急激に燃え始めた。一瞬幻覚かと思ったけど、近くにいて焚き火並みの熱気が感じられたから炎は本物だと認識できた。

 「え……ええええええええぇぇぇぇぇ!?あ、赤城さん!腕!腕燃えてます!!」

 「あ?ああ、これか。なんかいつの間にか出るようになった。俺は全然熱くないぞ」

 「こら、赤城!急に見せたら驚くって言ったじゃん!!」

 「……すまん」

 私は何が起こったのか分からずパニックになっていたけど、片桐さん達は微塵も驚いている様子はなかった。

 「し、死んじゃいますって!!早く、早く水を……」

 「お、落ち着いてください須藤さん!!大丈夫ですから!!」

 苑田くんに止められて、私は再び赤城さんを見ると、いつの間にか鎮火していた。と言うより、完全に元の腕に戻っていた。私は驚きのあまり声が出なかった。

 「……俺は炎を自由に出したり消したりできる。今の通りな。何故できるようになったのかは知らねえが、今のやつを使って大男を追い払った。ただ……」

 赤城さんはそう言うと、私を睨むように目を向けた。片桐さんも何か後ろめたいことがありそうな目でこちらを見ている。

 「……お前、あの大男に何かしたのか?」

 「………え?」

 予想外の質問に私は素っ頓狂な声を出してしまった。赤城さんは再び口を開く。

 「俺がお前と片桐がいた所を通ったら、お前は既に気絶していたが、大男の方は倒れているお前を見て怯えていた。おそらく片桐じゃなくお前への恐怖だろう」

 「…アタシには、珠子があのデカブツに何かしたとは思えないんだけど。でも、確かに様子が変だったね」

 赤城さんが私を睨み続けていると、片桐さんが彼の肩を叩いて言った。赤城さんはやがてため息を吐き、私の肩に手を置いた。

 「……まぁいい。兎に角、無事で良かった……と言っても、外は崩壊している。行くアテもなきゃ俺達のところにいてもいい」


 え?


 私は耳を疑った。崩壊?東京が?頭の中はそんな考えで埋まっていた。そもそもそんなことを信じられる訳がない。私はベッドから降りて部屋の窓のカーテンを開けた。






 そこには、あちこちで立つ黒煙。廃墟と化したビル群。有象無象の武装集団。そして、道路に転がる複数の人の死体。私の目には明らかに「非日常」的な風景が映っていた。







 「……………………え」

 私はあまりの衝撃的な光景を前に絶句した。






 「……とまぁ、こんな感じに東京は崩壊しちまってる。食い物、飲み物は手に入れるのは厳しいし、金もここじゃ使えねぇかもしれねえ。だから俺らは東京の外に避難することにした。まぁ、お前の家族は生きてる保障は……」

 「私に家族はいません」

 赤城さんは驚いたように目を開くと、コホン、と咳をして再び口を開く。

 「……悪い。今のは忘れてくれ。兎に角、俺らは東京から出ようと思ってる。だから、お前もここから出た方がいい。死にたくなかったらな。もしお前が俺達と一緒に行きたいって言うなら、連れていってやってもいい」

 「行きます」

 私が間髪を容れずに答えると、赤城さんは再び驚いたように目を開く。

 「……私はここに来る前に、いつも私が住む河川敷に来てくれるおじさんから東京の話を聞いて、ここで人生変えてやるって思って東京に来ました。でも……こんなに滅茶苦茶になったら、私がここにいる理由はありません。ここにいたって、今までの生活と変わりないと思うから」

 私は一度俯き、顔を上げて赤城さんと目を合わせる。

 「……私、この方一度も仲間を持ったことが無いんです。毎日毎日寂しかった。けど、片桐さんと出会って、あなた達に助けてもらった。こんなに親切にしてくれた人は、さっき言った河川敷のおじさんと会った日以来なんです。あなた達と一緒にいれば、仲間とは何かわかるかもしれません。だから、お願いします!私も一緒に行かせてください!」

 私は頭を深く下げた。こんなに頭を下げたのはいつぶりだろう。今までは、ただ脅されて無理矢理頭を下げさせられたけど、自分の意思で頭を下げたのは初めてだった。

 「………ハハハ!まさか、軽い気持ちで言っただけだが…ここまでされるとはな」

 赤城さんは呆れ半分な声で言った。私が頭を上げると、彼の顔は笑っていた。私はただ呆然としながら彼の笑顔を見つめることしかできなかった。

 「……いいぜ、一緒に来いよ。俺らで良ければな。まぁ、ハナからお前は俺達の仲間に入れようと思っていたからな」

 赤城さんは私の前に手を出す。握手。初めてだ。私には拍手する相手すらいなかった。だから、赤城さんの手が私には救いの手のように見えた。片桐さんは微笑み、苑田くんはうんうんと何度も頷く。私は、頭を上げて赤城さんの手を強く握った。すると、赤城さんも私の手を強く握り返した。

 「よ、よろしくお願いします!」

 「………ああ、宜しくな」



 こうして、私は赤城さん達と共に行動することになった。







 ドガガガガガガガッ!!!







 突如、壁が壊れて巨大な腕が入る。それと共に、一人の男が床に叩きつけられる。金髪だ。何やら武装しているようだ。

 「け、敬助!!」

 赤城さんが血相を変えて金髪の男に近寄る。この人も仲間なのだろうか。片桐さんと苑田くんも慌てて金髪の男に近寄る。

 「大丈夫!?敬助!!」

 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!な、何かあったのですか!?」

 片桐さんと苑田くんが金髪の男に訊くと、金髪の男は壊れた壁を指差す。その方向を見てみると、先程私達を襲った大男と、その肩に乗っている黒いコートを着た男がこちらを覗いていた。

 「オオオォォ………アアアァァァァ!!!!!!」

 「……見つけたぞ」

 大男は雄叫びをあげ、黒コートの男は懐からナイフを三本取り出して睨む。

 「敬助、立てるか!?大勢、戦闘体勢とれ!真純、珠子を頼む!」

 赤城さんが大声で言うと、三人はそれぞれ体勢を整える。

 「へへっ、これくらいまだまだいけるッスよ…!」

 「え……ええええぇぇぇ!?い、今からですか!?」

 「わかった。珠子はアタシに任せておきな!」

 全員が戦闘体勢をとる中、私は初めて大男に襲われた時の記憶が蘇った。あの大男は私を確実に殺す気だった。もし、また私を狙っているのなら。今度こそ私は殺されるのかもしれない。兎に角、今はただ闘う様子の赤城さん達を信じるしかなかった。

 「……怖いか、珠子。でも大丈夫だ。私達は……強いから」

 片桐さんはそう言い切った。そんな彼女の、彼女達の背中は、とても頼もしいものに思えた。

 「敬助、俺とお前でデカブツの相手をするぞ。大勢はナイフ男の相手をしろ。真純は珠子を守りながら大勢のサポートを頼む」

 「オッケーッス!いや〜、久々のケンカ!ワクワクするッスね!」

 「や……やれるだけやってみます!怖いけど……」

 「ケガしたらアタシが治してやるよ!だから大丈夫だ!」

 それぞれが了承すると、大男と黒コート男もアイコンタクトをして互いに頷く。

 「オオオォォ!!殴る……壊す!!!!」

 「ほぉ、こんな小僧と女が相手か。随分と舐められたものだな」

 大男は再び雄叫びをあげ、黒コート男はこちらを睨みながら手に持つナイフの一つを向ける。


 生死を分ける闘いの火蓋が、たった今切って落とされた。






 次回 No.2 Crimson



 To be continued…



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