馴染みの剣鬼『試し読み版』
本編(https://ncode.syosetu.com/n7971ge/)
とある王国の田舎の里。
異様なほど緑の鮮やかな森の一部を切り開いた場所。斜面の上に営まれ、三段層になった地勢である。その「二段目」に、家屋が集中して建っていた。
しかし、そこから少し離れた場所にひっそりと一軒だけ建っている家があった。
屋根を打つ雨の音。
囲炉裏の火を焚いて温まっていた姉弟は、戸を叩く音に身を固める。姉なる少女は、長い髪を簡単に紐で結わえながら、戸口の方へとせっせと向かった。
戸の格子から外を覗くと、外では体を雨に濡らした少年が立っていた。銀の髪が艶を帯びて、水で重くなっても強情に癖のある跳ねた毛先から滴が落ちる。
「もし」
少年が外見よりも大人びて低い声を出す。
「こちらに人はおられるだろうか」
灰色の瞳が窓を見る。
格子に張られたガラスで少年に中は見えていない。それでも、視線の鋭さにこちらを見抜かれている気がして、少女は小さく悲鳴を飲む。
「はい」
少女は戸惑いながら返答した。
物音で留守ではないと判って、少年がわずかに顔を安堵で緩める。
「この雨で難儀している」
少しだけ少年が窓に顔を寄せた。
「一晩だけでも宿を頼めんだろうか」
少女は後ろをかえりみる。囲炉裏のそばでは弟が無防備に眠っていた。
ゆっくりと戸を開ける。
「どうぞ」
戸の間隙から覗いた少年は、腰に剣を差していた。少女の姿を認めると、目を伏せて小さく会釈する。
「旅をしているタガネ、という」
少年は入ってこない。ただ少女と弟を交互に見ていた。
「どうかよろしく頼む」
冷たい眼差しで。
「ど、どうぞ」
少女はやや怯えながら内へ招く。
タガネが家の中に入る。
濡れた荷物を戸口に置くなり、少女に気取られないよう室内を見回した。
「あまり広くないけど」
「いえ、宿を貸して頂けるだけありがたい」
少女が走って行く。少しして着替えと体を拭く物を持って帰って来る。タガネは礼を言って受け取り、身仕舞いを整える。
タガネは髪を拭いてから、服を脱ぐ。
少女は慌てて背を向けた。
「それにしても」
少女は探るように呟く。
「子供で旅って大変でしょ」
「いや、そうでも」
「でも私と年は同じくらいみたいだし、やっぱり凄いよ」
感嘆する少女に、タガネは着替えを終えた。剣は戸に立てかけて、荷物の中身を取り出していく。やはり、どれも濡れてた。
荷物を点検するタガネは、不意に囲炉裏のそばで寝ていた子供が身動ぎをしているのに気づく。
少女はタガネから濡れた服を引き取って、一つずつ室内に張った物干し台にかけていく。
「旅って、どこを目指して?」
少女の質問にタガネは振り返る。
「ここに」
「ここに?」
「盗賊が出ると聞いて」
タガネの言葉に、少女が身を固くする。ついで戸の外を覗き、辺りに誰もいないことを確認してから胸を撫で下ろした。
その挙動に、タガネは納得する。
明らかに警戒する素振り、それもタガネにではなく、他人に聞き咎められるのをひどく恐れた様子だった。
少女の顔は安堵していたが、同時に蒼白くなっていた。
やがてタガネを恐るおそる見る。
「どうして、それを?」
タガネは床に座って、濡れた靴の水分を払いながら顔を上げる。先刻よりも鋭く、相手を探る眼差しだった。
剣を軽く小突いて示す。
「旅の理由を話してなかった」
タガネの灰色の瞳が弟を見やる。
囲炉裏の火に当たって眠っていたはずの弟が、上体を起こしてタガネを睨んでいた。壁に立てかけていた鍬を手繰り寄せようとしている。
タガネは小さく嘆息した。
「ここには依頼で来た」
剣を片手にして立ち上がる。
「俺は傭兵だ」
囲炉裏のそばに座した三人。
タガネは里を訪ねるまでの経緯を説明した。
王国の南で悪名を響かせる盗賊団が、王都の金庫を襲撃して僻地に逃げ隠れた噂があった。王家は騎士団を派遣したいが、遠い僻地な上に信憑性も薄い。
その結果として、王国が報奨金を出すと明言して、仕事に当たる者を募った。そういった仕事には専ら傭兵が集る。タガネもその一人だった。
しかし、数に制限を設けていなかったのもあって、大量の受注が出てしまう。
本来は盗賊団の居所の調査だったのが、盗賊団の首を獲った者の勝ち、つまり競争へと様相が変わったのである。
南へと多くの傭兵が三々五々と散った。
タガネは噂の元を探っていく内に、この田舎里へと辿り着いた。
タガネが説明を終える。
その間、姉弟はとても蒼褪めて、わなわなと震えていた。
「どうした」
タガネは低い声で訊ねる。
すると、一転して姉の少女は暗い顔になって目もとを伏せた。目には火に照らされて浮かび上がる憂いの陰りが宿っている。
少女は微かに笑みを浮かべた。
「ここに盗賊団はいないよ」
「どうして」
「だって、この町を守る傭兵団がいるから」
タガネはわずかに目を眇める。
膝の上に乗せた剣の鞘に頬杖を突いて、少女を下から覗き込む。
「傭兵団?」
少女は頷いた。
「つい半月前から、ここを守る傭兵が来たの」
「半月?」
「件の盗賊団が来た辺りから」
タガネは訝しげに眉根を寄せる。
少女はその様子に、仕方ないとため息を吐きながら説明した。
この田舎の里の近辺で略奪は起きていた。
犯人は、南を恐怖させていた盗賊団。殺戮などをした痕跡として、死体の顔をすべて剥ぎ取って去るとの風聞だった。
まだ遠くに盗賊団の名前を聞いていた頃と違って、ついに怯えた里の長老たちが警護の依頼を出した。それに応じたのが、いま里を守る傭兵団である。
傭兵団が滞在してから、近辺で略奪は行われるものの、この里を侵攻しようとはしなかった。喜んだ長老が彼らへ衣食住を提供する代わりに、継続的な警衛を頼んだ。
傭兵団はこれを承諾し、現在も里の近辺に這い寄る盗賊を退けている。
タガネは説明を聞いてうん、と唸る。
少女が小首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、別に」
タガネは面前で手を振ってから床に寝そべる。静かに弟の方を一瞥した。弟は会話にも入らず、ただ鍬を手放さずにタガネを睨む。
その険悪な姿勢を咎めて、少女が弟の頭を叩いた。
タガネは起き上がるや、わずかに口角を上げた。
「どうやら、俺の仕事場ではなさそうだな」
「そうね」
少女が穏やかに笑う。
「でも、こんな所まで来たんだし、今日は休んで行きなよ」
「ああ、助かる」
タガネは頭を下げて礼を言った。
そして弟の方へと振り向く。
「よろしくな」
「……」
タガネの声に、弟は答えなかった。
※ ※ ※
翌日。
タガネは剣を振っていた。
磨いた剣身がぎらりと日の光を照り返す。
昨日までの雨天を忘れさせる快晴に、タガネは空を振り仰いだ。鳥の影が頭上を過ぎていくのを見送る。
タガネは再び素振りを再開した。
世話になった家のそばで、日課の修行に取り組む。里の外れとあって、剣を扱っても危うげない土地の余裕があった。
姉の少女に許可を取って、剣を振っている。
里を横から一望する丘にあるので、三段層の景観が広がっているのがよく見えた。景色を遮らないよう木々が左右に別れて避けているようだった。
その景色を両断するように。
真っ直ぐとタガネが剣を振り下ろす。
その剣に励む姿を、後ろから地面に座って弟が観察していた。
姉が里へ買い出しに行ったとあって、家事や木登りで無聊を慰めていたが、いつまでも止まない素振りの音に吸い寄せられるように足を運んで見ている。
ただ、じっと見ている。
「何か用か?」
気配で察していたタガネは、手を止めずに尋ねた。
若干だが険のある声色に、弟の体が強張る。歳が五つほどしか離れないのに、剣を持ったタガネは鬼のような威圧感を放っていた。
弟が頭を振って怖気を隠すように睨む。
「何でさっさと出ていかねぇんだ」
気色ばんだ弟に、タガネが笑う。
「少し気になってな」
「気になる……?」
タガネが手元を止めた。
剣を鞘に納めると、弟の方へと歩む。その隣に腰を下ろし、里の景色を眺めた。
「昨日なんだが」
タガネが声を潜める。
弟は聞き取ろうと、しぜんと耳を寄せた。
「昨日、火に照らされたおまえの顔」
「……?」
「顎の下に薄く縫い痕があった」
弟の表情が凍りつく。
「昔、怪我でもしたか」
弟は首を横に振る。
そのまま小さく尻で後退りしたが、タガネの腕が肩に回って動けなくなった。身動ぎして逃れようにも、力が強くて脱け出せない。
タガネの視線が弟を射竦める。
「み、見間違えだろ」
「本当か?」
「う、嘘じゃねえやい!」
タガネが肩を竦めて、弟を解放する。
弟は脱け出すやいなや、慌てて走って家の中へ駆け込んだ。戸が強く閉められる音が響く。
恐怖で慌てた弟の後ろ姿を見送ったタガネは、土を払って立ち上がる。
そして、里の一段目――大きな屋敷の立つ高地を見て微笑んだ。
「それなら、挨拶ぐらいしとくか」
同時期。
少女は外れの家に向かっていた。
二段目から続く細い坂道を登っていると、対岸から向かってくるタガネと鉢合わせした。荷物を背負い、腰に差した剣の柄頭を手で撫でていた。
その旅支度に少女は納得する。
「里を出るんだね」
「ああ」
タガネは短く答えた。
「あと、軽く里に聴き込みだ」
盗賊団について、と補足する。
タガネはそういうと、荷物の袋の中を手で無造作に漁る。何事かと覗く少女に、中から引っ張り出した物を差し出した。
タガネの掌に、石が乗っている。
少女は意図がわからず、彼の顔を見た。
「一宿一飯の恩だ」
「石?」
「鉱物だ」
タガネは少女の手に握らせた。
男の武骨な手に包まれる感触に、少女は顔を赤くした。掌の鉱物よりも、離れていくタガネの手に気がいってしまう。
タガネは再び荷物を背負い直す。
少女は立ち尽くす。
「町に行けば、それなりに高く売れる」
「そうなの?」
「ああ、別の地で弟と暮らせる分はな」
言葉を付け足した。
少女はぎょっとして目を剥く。
「そんな高いの貰えないよ」
「悪いが、持ち合わせがそれだけだ。……もう一個欲しいか?」
「いや、充分すぎるから」
少女は面前で手を振って必死に遠慮する。
タガネはその返答を受けて、うなずく。
すると少女は、はたと止まった。
「そういえば」
「なに?」
「名前を言ってない」
タガネが無表情で沈黙する。
たしかに、彼が来てから一度も名前を言っていない。その事実に気づいて、少女は相好を崩した。
「私は――」
「いや、別にいい」
「え?」
少女は言葉を遮られて当惑する。
「ただの宿主と客、それだけだ」
「それは寂しいよ」
「……弟と達者でな」
タガネは短い暇乞いを告げて去った。片手を上げて、小さく振りながら坂道を下っていく。
少女は手元と彼を交互に見た。
「別の地……?」
訝りつつも、少女は再び坂を上がる。
破格の土産を手にして帰途を辿った。
家に着いて戸を開けた。中では、弟が囲炉裏のそばで膝を抱えてうずくまっている。
いつも昼下がりは山遊びに興じている弟の留守番に驚き、少女はそばに膝行って近寄った。
弟の顔を覗き込む。
揃えた膝頭の上で、目が泳いでいた。顔色はひどく悪い。
「どうしたの?」
「あいつ」
「あいつ?」
ひどく怯えた声だった。
少女は身を乗り出して、耳を寄せる。
「あいつ、気づいた」
「えっ」
今度は少女の顔から血の気が失せていく。
弟は警戒の眼差しを戸口に向けた。
「知らせよう」
弟が姉の顔を覗き込む。その瞳に、剣呑な色が宿っていた。
「みんなに、早く」
弟の顎の下から、血が一滴垂れた。
タガネは悠々と坂を下りた。
坂道の終端か里の「二段目」と合流している。
改めて振り返ると、軒を借りた家屋が中々に高い場所にあったのだと知った。鮮やかな緑に彩られた木々の隙間に屋根が覗く。
ふと、タガネは目を細めた。
「妙だな」
ぽつりと建つ家屋。
その屋根の軒木が広く右手に伸びていた。屋敷に見劣りしない長さが続いている。
訪ねたときは、囲炉裏のある空間しかなかったはずだった。よく考えれば、その屋根は戸口の死角で伸びている。
篠突く雨に打たれながら森の中を突っ切って、そのまま戸口に直行したから、正面になって気づかなかったのか。
「面妖な家だな」
タガネは前を向いて歩く。
「それにしても」
周囲を顧眄して、鮮やかな緑の豊かな景観に感嘆する。
どれも生命力の強い新緑に優るとも劣らぬ色合いでありながら、一色に染まらず陰陽に富んでいた。遠くまで眺めれば、風に揺れる木々の挙動だけで波打つ緑の海のようである。
昨晩の雨より葉肉の上に落ちて眠る雫がなおも眩しい。そこかしこで雫が落ちれば、ひらめきとなって目に届く。
タガネはふ、と口許を緩める。
「美事なもんだな」
タガネは歩を進める。
坂を下りる足先は、ゆっくりと「二段目」の地を踏んだ。
里に下りたタガネは、辺りを見回す。
建ち並ぶ家屋は、支柱の木目が色褪せていた。鮮やかな緑を目の当たりにした後では、幾分かくすんでいると錯覚する。
盗賊団についての聴き込みをしたい。
タガネは人を探すべく、里の中を散策した。
家の密集する「二段目」は、軒の数に比べて静かだった。タガネ自身の呼吸音だけが空気に溶ける。
人の気配がしない。
神経を尖らせて探るも、全く人を示す声も物音も、もちろん姿すら見当たらなかった。
少し足を止めて、直近の家の戸を叩く。
「もし」
尋ねる声を大きく発した。
「人はおられるだろうか」
「…………」
返ってくるのは沈黙だけだった。格子の窓ガラスの所為で、中の様子は窺い知れない。耳を澄ましても、たしかにわずかな生活音も拾えなかった。
タガネは肩を竦めて独り唸る。
「やれやれ」
家の隙間を縫って歩き出す。そのまま傾斜した道を見つけて、その下へと視線を馳せた。
幾つか屋根が見える「一段目」。
振り返れば屋敷のある「三段目」。
タガネは道の中央に立ち止まって黙考する。
しばし経って、下の方へと向かった。
「ま、概ね見当は付くがね」
仕方なし、と卑屈に笑った。
里の麓に下りる。
木々の騒めきがよく聞こえる「一段目」には、脚絆や外套などの旅の道具を売る店が並んでいた。数少ない小屋は商店だったのだ。
店前には人がいる。
ようやく認めた人の姿に、タガネは細く息を吐く。そそくさと近くの店を覗き込むように接近した。
店前にタガネが立つと、店番と思しき男が反応する。椅子を置いて、膝に突いた頬杖から持ち上がった顔は倦怠感に満ちていた。
タガネは揚々と店内を眺める。
「へえ」
「なんだい」
「見るかぎり物が良いな」
「何か買ってくか?」
男が腰を上げる。
「いや」
タガネは首を横に振った。
「生憎と備えは充分でね」
「何だよ、期待させやがって」
男は再び椅子に体を預ける。また顰めっ面になって、頬杖に顎を隠した。
タガネは周囲一帯を眺め回す。
「もし。一つ尋ねたい」
「あんだい?」
「ここらの警衛する傭兵団は、どこにいるんだい?」
「あー。ヨルシアの旦那たちなら屋敷だ」
男が顔に寄る虫を手で払う。
屋敷となれば――「一段目」である。傭兵団の居所はそこなのだろう。
そして。
「ヨルシア」
タガネは唯一の人名に耳を立てる。
男は顎で坂上の方を示した。
「傭兵団の頭さ」
「へえ」
タガネは感心したように坂の上を仰ぐ。
屋敷の影が村を堂々と見下ろしていた。先刻見た姉弟の家の迫力で見劣りするが、なるほど十人ほどならばもてなせる余裕がありそうだ。
男の目が恍惚と屋敷を映す。
「彼らが来てから、里は安泰だ。屋敷に住む長老たちも気に入ってな」
「全員、屋敷で遇してるのか」
「里の英雄みたいなもんだからな」
タガネは再び、へえと感心する。
その口許に、また卑屈な笑みを浮かべた。
「そりゃ、大層なもんで」
タガネは身を翻して別の店に向かう。
「それにしても兄ちゃん」
「ん?」
タガネは振り返る。
男は顎を手でさすりながら、まるで値踏みするような眼差しをタガネに注ぐ。主に銀の髪から、その整った目鼻立ちを目でなぞった。
口許に、笑みが浮かんだ。
「羨ましいね」
「なにが」
男の目が真っ直ぐタガネを見つめる。
「綺麗な顔だ」
男はそれから無言になってタガネを眺める。恍惚の忘我に浸るような顔で動かない。
タガネは苦笑する。
「乞われてもやれんよ」
再び踵を返した。
「顔だけはね」
男の視線を背に浴びて、別の店を訪ねた。
それからしばし。
タガネは里の「一段目」を一通り巡回する。
店の数はそれほどではなかったので、聴き込み自体も長くかからなかった。得られる情報は一人ずつで変わらない。
ただ盗賊団の脅威を怖れていない。
傭兵団の庇護に絶対的な信頼を持つ。
傭兵は自らの腕に自信がある者が大半を占める。だから傲慢で他人とはすぐ衝突しやすく平常時は喧嘩をしているのが殆どと言って過言ではない。
流れ者、与太者という印象が先走りがちの傭兵を信頼するなど、一風変わった里はタガネにとっても新鮮だった。
それに、この里はやたらとタガネの顔を誉める。
娼館に好まれる顔だとは旅路での経験で知っているタガネだが、老若問わずこの里はまるでタガネの顔に頬を上気させ、乙女のような、羨望のような表情になる。
そして――老若問わず……。
この里に入り、聞き込みを行う過程で里を一通り見て回ったが、女性と子供が一切見受けられなかった。
どれも壮年、中年、成年。
タガネの胸裏に根付いた疑念が、いよいよ明瞭な確信を帯びてきていた。
この里は――仕事場である。
「ん?」
里を上がる坂道の途上。
タガネは前方から来る大柄な男を見咎めた。服越しに盛り上がった筋肉が、一歩ごとに甲冑のごとく揺れる。腰には長剣を差し、長すぎるあまり鞘が地面を擦って軌跡の線を刻む。
刈り上げた頭と、厳めしい面持ちが下にいるタガネ一点を見つめている。
タガネも視線が合ったので会釈する。
巨漢が立ち止まった。
「里に客が来たって話だが」
「俺だな」
「そうか、お前か」
巨漢は刈り上げた頭を掻く。
「オレぁヨルシアだ」
「傭兵団の頭か」
「そうだ」
ヨルシアが腰を折ってタガネをじーっと見る。
視線を受け止めて、タガネも正面から仏頂面で正対した。
「傭兵にしちゃ、綺麗な顔だ」
「そうかい」
タガネは嘆息混じりに呟く。
もう「一段目」で洗礼とばかりに賛辞を浴びせられたので、面貌について言われることに辟易すらしていた。
タガネは面映ゆい気持ちに後頭部を掻いた。
「村の責任者でもないのに、迎えて下さるとはね」
「まあ、長老の代わりってこった」
タガネは巨漢の後ろに視線を移す。
屋敷に住むのは長老だけ、それを傭兵が代行するとは、なるほど里がいかに彼らを信頼しているかがありありと窺える。
信頼……か。
ふん、と眉を顰めた。
「王都での“金庫破り”は知ってるか」
タガネが顔を向けずに話す。
ヨルシアは肩の眥を攣り上げた。
「ああ、例の盗賊団だろ?」
「ここいらにいると聞いたが」
「狙われるだけだな」
ヨルシアが自身の胸板を叩く。
「オレらの防衛で退けてる」
タガネはヨルシアの腰元を見やる。
使い込まれた長剣の柄から、実力などは判る。足先や手先の運びなどからも隙が無い。
ヨルシアが笑う。
「盗賊団の根城探しでもしてんのか?」
「王家からの依頼でな」
「ほーん」
ヨルシアは興味が無さそうに答える。
タガネは荷物を足元に下ろした。
「そういや」
「ん?」
「ここに腰を据える傭兵なんざ珍しい。ただの慈善事業じゃないし、優遇されるとはいえ些か異常だ」
「…………」
「何が目当てでここにいんだ?」
「そりゃあ、“薬草”さ」
ヨルシアの返答に、タガネが目を見開く。
彼は森を指差した。
鮮やかな葉が風に揺れる。
「この地の薬草はよく効く」
「へえ」
「たちまち傷が塞がんだよ」
ヨルシアはどこか誇らしげに語った。
鮮やかな緑は、目だけではなく薬効すらあるらしい。不思議と納得すらしてしまう。
タガネは彼を見上げて微笑んだ。
「そうかい。そりゃ――」
ゆっくりと、剣を鞘から抜いて、切っ先をヨルシアの顎に突き付ける。
鋼の尖端が剣呑に光った。
ヨルシアの顔が強張る。
「皮の縫い後も、すぐ消えるよな」
※ ※ ※
剣先にヨルシアは後退りする。
その分、タガネは歩を前に詰めた。彼の鼻先と剣の距離を一定に保つ。
突然の脅迫まがいな行為に動揺で目を泳がせるヨルシアは、両手を挙げて引き攣りがちの笑みを作る。
「どういう了見だ?」
無言で淡々と剣をかざすタガネ。
切っ先よりも鋭い灰色の眼光に、ヨルシアの足が微かに震えた。彼の手もまた、腰元の剣の柄にゆっくり伸びていく。
タガネは背後を肩越しに一瞥した。
坂道の下で、住人が見ている。
「あんたの首を頂く、それだけだ」
「オレぁ盗賊じゃねぇぞ?」
「下手な嘘だな」
タガネの手元が霞む。――そう錯覚したヨルシアは、次の瞬間に激痛で膝を屈した。地面に受け止められた足から血が流れていた。爪先が靴ごと切断されている。
わずかな血が付着した刃先を払う。
タガネは無表情で見下ろしていた。
「傭兵を何人も率いるヤツってのは、剣突き付けられた程度で動揺したりしねぇ。まあ、相手によるだろうが」
苦し気なヨルシアの面が上がる。
その鼻先に、またぴたりと剣先が止まった。
「件の盗賊団は、相手の面の皮を剥いで自らに貼り付ける技術が精巧なあまり、幾つもの検問を騙してきた連中だ」
「な……」
「里の連中、やけに俺の顔に着眼する、世辞といえど多すぎだ。よほど顔面に執着ある連中と見た」
タガネの剣が再び閃く。
ヨルシアの眉間に朱の一筋が走った。鼻筋を伝って唇を濡らし、顎の先から滴となって血が滴り落ちる。
「小さな里とはいえ、子供が少なすぎる。「二段目」の家屋の数に比して、「一段目」の人数はそれにすら足らない」
退こうとしたヨルシアは、しかし足に力が入らない。確認すると、いつの間にかもう一方の爪先が消えていた。
その恐怖の最中。
タガネの声は滔々と降り注ぐ。
「あの外れにある家の男児……に見える小男も、面の皮を縫合した痕跡が見受けられた」
「ちょ、ちょっと待て!」
ヨルシアが両手で彼を制する。
身の危険を感じ、必死の身振り手振りで情状酌量を求めた。
「あ、あんたの考えはこうだな?」
「うん?」
「薬草の効果で、皮の継ぎ目を騙してる盗賊団がオレたち、だと」
「そうだな」
「不可能だろ。まず、薬草つったって、た他人の皮が癒着するはずがねぇだろ!?」
タガネは少し目を見開き、微笑んだ。
ヨルシアの表情もわずかに弛緩する。必死に絞り出した弁が奏功したか。
そう考えた次の瞬間、両手首が落ちた。
里中に響く悲鳴が上がる。
「元々知ってたよ。ここの薬草はいかなる傷をも癒やし、万病に効く。だから森付近の町は薬師がよく住むし、王家からの取り寄せもある」
「……!」
「その薬効にあやかってんだろ」
タガネが顎で森を示す。
ヨルシアは何事かとそちらを振り返り――その下顎が切断される。今度は悲鳴も上がらなかった、戦慄が痛みを凌駕した。
眼前に、血濡れの刃先がかざされる。
鋼に映された戦慄く自分の顔。
ヨルシアは萎縮していた。
「しかもだ。里の警護と宣いながら、昨日の俺の接近にすら気付かねぇ。盗賊団の襲撃を想定してない警戒網の無さ」
「へぁ……あああ……!」
「いや、そもそも無いんだよな。……警戒網も、襲撃も」
「あああ!」
「何たって、ここがそもそも盗賊団の根城なんだからな」
「ああああああ!!」
ヨルシアが悲鳴を上げる。
タガネはその首を横に一閃した。ヨルシアの首を刎ね飛ばし――そのまま、身を翻して後ろまで大きく剣先で薙いだ。
すると、いつの間にか背後から飛びかかっていた「一段目」の店の男の胴を両断した。
分かたれた血肉から鮮血が迸って地面を汚す。ヨルシアの流血と合流して、タガネの足下を深紅に染めた。
剣の血を払って、タガネは坂の下を見る。
ぞろぞろと、「一段目」の住人が片手に鉈やハンマーを手に駆け上がって来ていた。
「顔!」
「面の皮を寄越せ!」
「俺の顔だ!」
「あれが欲しい!」
「おいらの、おいらの、おいらの!」
我先にと競って殺到する。
タガネは泰然と坂の上で構えた。剣を手元で一旋させて肩に担ぐ。
そのまま挑発的な手招きで応じた。
「早い者勝ちだぞ、盗賊団さん?」
獰猛な笑顔が咲いた。
タガネは地面を蹴って、自ら集団の中へと飛び込む。先頭と彼が合流した途端、後は彼が走り抜ける後を追いかけるように血飛沫が噴き出す。
修羅じみた勢いで、タガネが次々と斬り倒していった。
途中から怖気を震って撤退しようとした者を後ろから袈裟に胴を断ち、二人がかりで飛び込んで来た相手にはすり抜けるように間を通過したすれ違い様に斬った。
やがて坂の上での騒ぎが静まる。
血溜まりの中心で、タガネが頬についた血を手で拭いながら、剣を鞘に納めていた。
「さて」
そして、彼は屋敷ではなく。
「改めて挨拶に行くか」
離れの家を見据えた。
狭い坂道を上がる。
足の裏についた血で土が貼り付く。道の途中には、斬り倒された幾つもの死体から流れ出た物を踏んだせいだった。
剣を振った庭を突っ切り、離れの家屋の戸口に立つ。
軽く戸を叩く。
返事は――なかった。
タガネは左右を見回した後、その戸を足で蹴り倒す。盛大な音を立てて、埃と土煙が舞った。
昨晩とは違い、雨ではなく鮮紅で濡れている。
土足のまま床を軋ませ、赤い足跡を刻む。
囲炉裏のそばには誰もいなかった。
「逃げたか」
ぽつりと独り言ちて外に出る。
今度は家屋の横手に回った。崖になった左ではなく、右側を探る。
遠くから窺った通り、藪や草で隠れているが建物自体は後ろへと伸びていた。
草を掻き分けて進んでいくと、小さな鉄扉を発見した。蝶番を確認すると、内側に向かって開く仕組みである。
タガネは鉄扉の横の壁に背をつけて。
ゆっくりと扉を開いた。
「死ねこらぁ!!」
重々しく開いた鉄扉から怒号。
わずかに開いた隙間から鉈の刃が飛び出した。
タガネも剣を屋内の闇へと滑り込ませるように突き出す。肉を抉る確かな手応えがあった。
タガネは鉄扉を蹴って押し開く。
暗灯に照らされる室内は、壁際に整然と並ぶ曳斗の多い棚の数々があり、それに添うように男たちが構えていた。
突き刺した相手を踏みしめて、タガネは悠揚と中心へ進み出る。
タガネは部屋をまた見回した。
「ここにいた娘はどうした」
「へへ、知りたいか?」
「いや、別に」
素っ気なく答えて。
タガネは右手の壁際に斬りかかる。
一人目を一刀で斬り伏せた。横合いから挟むように鉈で突き込む二名の腕を電光石火の速さで斬り飛ばす。肘からぷっつり断たれた腕を見て動揺する猶予すら与えず首を切った。
接近していた男が背後から鉈を振り下ろす。
それに対し、タガネは敢えて後ろ向きのまま男の胸を自分の背で打つように懐に入った。
そのまま鉈を振り下ろさんとした腕を掴んで肩に担ぎ、背中の上に乗せて前へと転がす。タガネの上から床に落ちて倒れたところで、胸に剣を突き入れた。
剣を引き抜いて振り返る。
対岸で立ち止まる数人を睨む。
「どうした、来ないのか」
「あんた、化け物か……」
薄闇に剣の光が刻まれる。
タガネは対岸の壁に立ち尽くす全員を瞬く間に殲滅した。血に染まった剣を払うと、円弧の形に温かい飛沫が飛ぶ。
死体の数を検めた。
「八人、か。里と合わせて三十六」
タガネは部屋を見回す。
暗い部屋の中には別の部屋へ繋がる扉が無い。しかし、建物の構造上からはここだけではないと予測してタガネは室内を調べる。
卑斗を片っ端から開けて調べた。臼や奇妙な道具の数々が収納されていた。
しかし、特別変わった物は無かった。
数えるのを諦めるほどになった頃。
棚を半周した辺りの棚を調べていた。
中程の曳斗を引いたとき、かちりと小気味いい音が鳴る。限界まで引っ張ると、棚の半面がまるで扉のように開いた。
隙間からは光が漏れている。
タガネは剣を構えたまま入った。
すると、中では大勢の子供や女性が部屋の隅に集中していた。
そして中心に。
この家の少女に短剣を突き付ける弟……もとい、小男が立っていた。顎の下からは血が流れている。
目は爛々と血走っていた。
目元からも流血、血涙かと思われたが微妙にずれた瞼と目の間から流れた物である。
タガネは小さく鼻で笑った。
「まだ癒着しきってないんだろ。――盗賊団の頭さん」
「なぜ、俺が頭だって……」
「指名手配者の特徴は知ってるからな」
一歩ずつにじり寄る。
その分、小男は少女を巻き込んで後ろに下がる。
「あんた、小柄で高い声なのを良いことに子供にまで扮装して、弟になりすましてんだろ。それも……その娘の本当の弟の皮を使って」
「ぐ……」
「やはりか」
タガネは漸く実を結んだ自分の推測が的中して嘆息する。
剣で部屋の中にいる全員を示した。
「そこの娘が薬師だろ。さっきの部屋は調合の部屋だな。棚に入ってる道具から判ったよ」
「それが、どうした……!」
「里の全員を隠し部屋に押し込めて人質にし、薬師が薬草を使って皮を癒着させている」
「……」
「あとは不審がられないよう、里は傭兵団がいると言って煙に巻き、或いは定期的に各地で部下を動かして居所を特定させないようにしてんだな」
タガネが再び一歩進む。
小男は、とうとう壁に背がついた。もう後が無いことを悟って、短剣をさらに少女へと近づける。首の皮に刃が食い込み、血が滲み出た。
壁の隅に隠れていた人々は、避けるように壁伝いに動いて、出口まで回り込んだ。隙を見て、次々と室外へと一人ずつ逃げていく。
タガネは肩越しにそれらを見送った。
全員が去ってから、再び前を見る。
「う、動くな!この娘がどうなってもいいのか!?」
「別に。構わないけど」
「は?」
タガネの淡々とした声に、少女も目を見開いた。
剣を片手に、すすと踏み出して来る。
「俺はあんたの首が獲れれば良いんだ」
睨みながら、ゆっくり前へ、前へ。
距離が近づくごとに、小男の震えは強くなった。それは少女にも伝わり、伝播した恐怖で彼女も萎縮する。
そこで、はっと小男が瞠目する。
「待てよ。銀の髪の剣士……傭兵……ま、まさか」
「気付くのが随分遅いな」
「てめぇが……噂の【剣鬼】か!」
剣鬼――王国だけでない誰もが知る。
剣の腕で幾多の戦場を乗り越えた修羅とされ、冷酷無比に敵を屠る戦いぶりから、その異名がついた。最初に発見されたのは王国の辺境の戦地だが、今や近隣の各国に畏怖をもって知られる。
それはまだ、うら若き少年だと言う。
「お前が……お前なのか!」
小男の唇が戦慄で震える。
タガネが忌々しげに睨んだ。
「お喋りはもう要らんだろ」
更に一歩、前へ。
剣の間合いに入った。
「おらよ!!」
そのとき、小男が少女を突き放す。
タガネがそれを受け止めるやいなや、前に踏み出して短剣を顔面めがけて突き上げる。
「死ねぇ!!」
狂喜に満ち足りた顔。
タガネの鼻っ面を縦に断つ軌道で腕を振るい――胸に突き込まれた剣で壁に固定された。心臓を貫かれ、呻くような断末魔の声を上げたあと、静かに息絶えた。
震える少女を放して、剣を引き抜く。
解放された途端、少女は悲鳴を上げて転びながら室外へと駆け抜けて行った。
絹を引き裂くような声に顔を顰めつつ、タガネは胴と切り離した小男の首を摑み取る。
面前に掲げて確認した。
「よし、任務遂行だな」
携えた首から血を滴らせながら、彼も部屋を去った。
※ ※ ※
王都に一通の書簡が届く。
南部の森の里で、盗賊団の根城を突き止めたという報告があった。
盗賊団の名は『面剥ぎ』。追い剥ぎから転じて、そう呼ばれている。面の皮を剥いで他人に成り済ます人道に悖る手法で世を欺いて来た悪党たちだった。
それが、南の田舎で殲滅された。報告の書簡を綴ったのが、その功績者である。
確認した国王は、その後見人の名前に苦笑した。
タガネ。
家名もない短い名である。
東方に由来を持つその名前は、今では王国以外でも名の知れた豪傑を示す。
玉座の肘置きに頬杖を突く。
「相変わらずだな」
「さすがですね……全く」
国王の独り言に、隣にいた宰相が反応する。
彫りの深い顔を険しくさせた彼は、眼鏡の鼻を小さく指で持ち上げ、国王の持つ書簡を睨んでいた。
彼だけではない。広い玉座の間に集った全員がそうだった。
特に、支柱のそばに控える少年少女たちは、ぶつくさと小言で文句を垂れている。
国王が深いため息を一つ。
手を叩いて全員の注目を促した。
「数日の内には、報告に参るそうだ」
「絶対来ない」
国王に不平声を漏らす声が一つあった。
支柱に凭れて、不機嫌に構えている少女である。募る苛立ちか、小刻みに床を叩く爪先が激しさを増していた。
本来ならば無礼で即刻処刑だが、彼女の立場がその失言を許容させる。それを重々承知していても、玉座の間は重たい沈黙に包まれた。
国王は努めて笑顔を作る。
「仕方なかろう、剣姫殿」
剣姫――そう呼ばれた少女が顔を逸らす。
国王は玉座の背凭れに体を預けて、天井に憂いに染まった顔を向けた。
小さな吐息が漏れる。
「早く来てくれよ、タガネ」
紛れもない、乞うような声をこぼした。
南部の森では復興が始まった。
潜伏基地にされていた里から盗賊が殲滅され、解放された里の住人が再興のためにあくせく働いている。
訪れた頃とは異なって賑々しい里。
タガネは静かに離れの家の庭から眺めていた。川で清めたはずの体からは、まだ血臭が絶えない。時折その腕を鼻に寄せて嗅ぎ、不快そうに顔を歪める。
その後ろから、少女が歩み寄った。
両手には水の浸した桶と、その縁にかけた新しい手拭い。タガネの隣におずおずと安置した。
タガネが少女をかえりみる。
「ああ、お構い無く」
「……脱臭の薬湯です」
「何だい、それは?」
「臭いを落とすんです」
「へえ、ありがたい」
タガネは礼を言って手拭いを薬湯に浸す。
十分に水気を含んだそれを絞り、服の中や顔を拭った。仄かに香る青臭さに一瞬だけ呻くが、堪えて最後まで使う。
たしかに血臭が消えた。
悪臭から解き放たれて、タガネの顔も穏やかになる。
さんざん盗賊団の偽装のために働かされた薬師の少女は、あれ以来気まずい関係だった。怯えさせた手前、タガネは自分が荒らした隠し部屋の掃除と、外で眠ることを徹底した。
実際、こうして少女から話しかけてくるのも、あれ以来だった。それが尚のこと気まずくもある。
少女は少し逡巡して頭を下げた。
「すみませんでした!」
「どうした」
突然の謝罪にタガネが驚く。
少女は頭を下げたまま動かない。
「わたしはあなたを騙した」
「人質がいる。仕方ない」
「救ってくれたあなたを恐れた」
「傭兵だ。もう慣れたよ」
「……でも」
少女が言い惑う。
また、ぎこちない空気が流れた。
タガネは眉根を寄せて、おもむろに荷物の袋に手を突っ込む。
中身を掻き混ぜるように荒々しく探し、やがて手の中に複数個の石を掴んで取り出した。先日、少女に渡した物と同じである。
それらを、後ろ手に少女へ放った。
「やるよ」
「ええええ!?」
慌てて受け止める彼女に言い放つ。
「でも、これお高いんじゃ」
「よく取れる所を知ってる」
タガネは膝を叩いて立ち上がる。
荷物を背負って、剣を腰に差す。軽く肩を回すと、そのまま坂道に向かった。
「こ、これ、どうす――」
「村の再興の資金にでもしてくれ」
少女は豪勢な振る舞いに閉口した。
タガネが振り返る。
「詫びと世話になった分だ」
「あ……」
「里を荒らしてすまんかったな」
一言告げて、また歩き始めた。
背中に視線を受けながら、タガネは里を出る道筋を辿っていく。道中で畏怖の眼差しを受けながら、森の中に続く最後の坂を歩んだ。
人の面前に血まみれの姿で現れ、里中を死体だらけにした存在。そこに救済の感謝よりも、恐怖が勝るのは自明の理。
判りきっていた。
タガネは呆れ笑いを浮かべた。
「あ、あの!」
空に響くほどの声がする。
タガネは足を止めて、半身だけ振り向く。
駆けて来たであろう、薬師の娘が肩で息をしながら迫っていた。直近まで来ると、また項を晒すほど頭を垂れた。
「助けてくれて、ありがとう」
簡潔な感謝の言葉。
若干の畏怖で声は震えている。
しかし、そこには紛れもない、詐りのない感謝の念があった。
「どうも」
タガネは再び坂を下りる。肩越しに窺うと、同じ姿勢のままだった。里の住人も彼女に奇異の眼差しを注いでいる。
しかし、少女は動かない。
木々で遮られて見えなくなるまで、少女はずっと頭を下げていた。
ようやく前に向き直ったタガネは、後頭部を掻く。面映ゆい気持ちになって、灰色の瞳は揺れる。
空を振り仰いで、片手に持つ蓋をした方形の篭を掲げた。
中には、薬師の娘特製の『保存の薬湯』に浸した盗賊の首がある。顔の皮は、彼女の弟が葬られた墓に埋めた。
これを、王都に持ち帰らなければならない。
玉座で待つであろう面々、特段その美貌を嫌悪に染めた少女の姿を想起して微笑した。
先が思いやられる……。
愁嘆に暮れても仕方がない。
「さて、行くかね」
草を踏む音に耳を澄ませて。
タガネは鮮やかな緑の中を進んで行った。
……………半月後。
いつもは長閑な農道。
陽炎に揺れる王都を見る路は、脇に涸れた水田の連なる景観が広がる。水分を失って皹割れた地面は、踏めば柔らかい海浜の砂のようになっていた。
ただ燦々と太陽が輝いている。
大気や地面から、生命の水が枯渇していた。
農道の路傍に立ち尽くす一つの影。
直射日光を避けるため身に包んだ黒コート。それに付いた頭巾の奥から、驚怖に染まった灰色の瞳が覗く。
茹だるような暑さの中、水田の跡地を眺める。
黒コートのタガネは、自身の目を疑った。
滲んだ汗を手で拭う。
「どうなってんだ」
まだ初夏の陽気だった。
盗賊団の首を王都に持参する道を、薬湯の効能に甘えて半月をかけて、ゆっくり歩いてきていた途中である。
それが王都まで三日の距離になったところで気候が急変した。
田畑の被害なども、道すがらで話す暗鬱とした面持ちをした農民の声を耳に瘤ができるほど聞いている。
呼吸すら苦しい熱気。
タガネは口許を押さえる。
「天災の兆しか?」
荒れ果てた風景に呆然とつぶやく。
正にそうだった。
かつてない異常気象。
留まるところを知らずに増す暑さ。桶の水が一昼夜で乾く勢い。
王国の各地で草木が枯れていた。日照時間の長さと、光の熱量ですぐに干上がる。
それは無論、農作にも影響を及ぼす。
今年の作物を断念する百姓が後を絶たない。川から水を引こうにも、川が涸れている。もう裏で魔性が暗躍しているとさえ疑われていた。
水が乾く夏。
幸い地下水脈から水を汲み上げた井戸は機能しており、人々の命綱となって辛うじて存続している。尤も、旅人は井戸のある地点から動けない。
そして。
タガネにとって、それはもう王都のみ。
途中に休憩地点は無かった。
所持している水は尽きている。
「ええい、勝負だ!」
再び王都に向かって前進を再開する。
到着までに倒れるわけにはいかない。
最短の井戸は王都入り口の井戸だけだ。
タガネは水源を目指して息巻く。
しかし、急ぐ足先を止める。
陽炎の中に影が浮かんでいた。
何かいる――そう目を凝らして。
「……また厄介な」
「うう……」
倒れる小さな子供の姿があった。
お付き合い頂き、誠に有り難うございました。
以上がお試し版です。
続きが気になる方は、良ければどうぞ。