薬で幼くなったおかげで冷酷公爵様に拾われました ―捨てられ聖女は錬金術師に戻ります―【短編版】
隣国ラーフェンで聖女というお飾り職についていた私は、いきなり牢に放り込まれた。
――ニセ聖女め、と言われて。
原因は、異母妹アリアだ。
隣国へ駆け落ちしたはずのアリアは、なぜか隣国で聖女になった。
精霊に愛され、操れるようになったらしい。
そのアリアを、この国の王様達が連れ戻したのだ。
他国の聖女を連れ出す口実に『国家の危機だ』という嘘をついたせいで……私は罪人に仕立て上げられてしまった。
それは、アリアが私を聖女の立場から追い落とすために考えられたものだった。
「ずっとアンタが貴族の娘だったのが気に食わなかったわ。私の方がずっと綺麗だったのに、愛人だからって、うちのお母様が正妻になれなかったのが悔しかったのよね」
アリアは、歪んだ笑みを浮かべた。
「そんなアンタが聖女でございなんて、ふんぞりかえっていたのが腹立たしかった。今こうして罪人になった姿を見たら満足したわ」
勝手に劣等感もって勝手に恨まないでくれる!?
愛人になったのは、あなたの母親の問題で、私の問題じゃないわよ!
しかも聖女になったのは、結婚できないのは嫌だからとあなたが逃げたせいじゃない! 代わりに異母姉の私が聖女にならないと収まらなかったのよ!?
叫びたかったけど、私はすぐに牢から国外へと追放されることになった。
しかも追放されると見せかけ……国境付近で殺されそうになった。
もちろん逃げた。
でも逃げるには、姿をごまかさないと難しい。
そこで、一つだけ持っていた魔法の薬を飲んだら。
「え!?」
なぜか子供の姿になっていた。
それは好都合だと、髪に草の実の汁を塗り付けて色を変え、山を走る。
だけど誰もいない山の中に突然子供が現れたら、関係があると疑って当然だった。
結局私を殺そうとしていた兵士に見つかり、追いかけられたのだけど……。
いつの間にか私は、国境を越えていたらしい。
そして隣国の兵士達に見つかった。
私の追手は即殺されてしまった。なにせアリアが移住した国の兵士には、恨みを感じていただろう。
アリアは隣国の対応が悪いと言って、呪いを残していたのだ。
――アインヴェイル王国から精霊がいなくなってしまえ、と。
かの国はとても困っているだろう。
なのにうちの国の兵士が国境を越えて来たのだから、また何かしでかしかもしれないと警戒したに違いない。
そして隣国の兵士を率いていたのが、敵には容赦ない冷酷公爵ディアーシュ・アルド・クラージュだった。
黒灰色の髪に灰赤の瞳で、たぶん元の私よりも二~三歳上。
作り物みたいに造形が整った顔も、凍り付いたように何の表情も浮かんでいなくて、よけいに怖いその人は、恐ろしい悪名で有名な人物だ。
圧倒的な剣の腕と魔法で、一人で一軍を殲滅し、命乞いすら聞く耳を持たない。
敵となれば慈悲はなく、機嫌をそこねると側近でも首をはねられるらしい。
追手は当然のことながら抹殺された。
さて私だ。
子供だったので、助けてもらえた。
故国の兵士から殺されそうになっていたことも、ポイントが高かったのだと思う。敵の敵は味方というか、話を聞くぐらいの価値はあると考えたみたいだ。
……なんて思っていたのだけど。
「こんな小さな子供まで殺そうとするなんて。ラーフェンの人間は子供を何だと思っているのでしょう」
公爵閣下のメイド長には同情され、
「……子供を放り出すわけにもいかないか。公爵家で引き取る」
無事、公爵閣下に保護されることになったのだった。
とはいえ、私の立場は微妙。
だから昔習い覚えた錬金術で、この国を助けることにした。
まずは、精霊がいないせいで魔法が上手く使えなくなったアインヴェイル王国の人のため、魔力石を作成したら、すごく喜ばれた。
「私達に作った物を譲ってくれるのなら、公爵家に滞在して作り続けてもらいたい。そして錬金術のために必要な材料を書き出して渡すように。極力全て用意させる」
破格の条件で、私は公爵閣下ディアーシュ様の、お抱え錬金術師になったのだ。
素材も用意してくれるなんて、素晴らしい環境だ!
というわけで、今日も私はディアーシュ様のために錬金術の品を作る。
※※※
「あっ、朝!」
窓から入る光に目覚めた私は、慌ててベッドから飛び下りる。
上にカーディガンだけ羽織ると、枕元に置いていた巾着袋を手に部屋を飛び出した。
白い石床の上に柔らかな緑の絨毯が敷かれた廊下を駆ける。
「リズ! おはよう、リボンが曲がっているわ」
お掃除をしていた召使いに呼び止められ、ずりおちかかっていたリボンを直してもらった。
桜色がかった波打つ茶の髪に、赤いリボンを揺らしながら、私は急いで庭に出る。
秋の早朝は風が冷たい。
思わず首をすくめながら、やっぱり今から試作品を作っておくべきだと決意を新たにする。
私は目をつけておいた庭の一画へ行くと、石畳の上に袋から出した瓶を置く。
藍色の袋から出した瓶は、朝日を受けると中で気泡が生じた。次第に赤茶色の瑪瑙の粉と中のオイルが混ざり合っていく。
「よし、火の刻印に力を収束して閉じ込める図式を……」
私はそれをインクとして使い、持ってきていた紙に魔力図を描いていく。
その上に袋に入っていた水晶を置いた。そして金箔を少し。
「仕上げはこれ」
持ってきていたランプ。朝になったから必要もないのにこれが必要なのは、このためだ。
紙にランプで火を付ける。燃え上がる紙と共に、石が火に包まれた。
出来上がりをドキドキしながら待っていると……。
「……何を燃やしている?」
ふいに、冷たくも聞こえる声をかけられて、慌てて振り返る。
いつの間にか近くにいたのは、ディアーシュ様だ。
「で、ディアーシュ様、おはようございます」
私は内心でびくびくとしつつ、一礼した。
ディアーシュ様は黙って小さくうなずく。
早朝だったから、まだお休みしているかと思ったのに……。
剣を持っていて、肌寒いのに羽織り物も着ずにシャツ一枚なところを見ると、剣の練習でもしていたのかしら。
(……怒られないよね?)
作業部屋以外でも作業するのは知っているはずだけど、庭でごそごそしているのは気に食わなかったらどうしよう。
私は平伏する気持ちで、お尋ねのことについて説明した。
「へ、部屋が暖かくなる石を作っていました」
「石?」
「はい……あ、できた」
燃えた紙は跡形もなくなって、そこにはころんとした水晶の結晶が一つ残されていた。
砂金は、水晶に星をまぶしたように貼りついて、美しいオブジェのよう。
「これです。あの……もうしばらくで、持てるほどの温かさになりますから、回収しますので……」
だから怒らないでくださいと、願いをこめつつお願いすると、ディアーシュ様がため息をついた。
「ずっとそこで待つつもりか?」
待ってはいけないんだろうか? でもその理由はなんだろう。この後の私の予定なんて、ディアーシュ様と朝食をご一緒するぐらいですが……。
この人は私の健康チェックを自分の目でしたがるらしく、一日に一度は顔を合わせるために、朝食に同席させるのだ。私が子供の姿だからだろうか?
「朝食の時間には間に合うと思いますので」
恐る恐る言うと、ディアーシュ様は数秒黙った後、羽織っていた黒いマントを外す。
そして、ふわりと私の肩に着せかけてくれる。
温かくなる肩と背中。それは風が遮られただけじゃなくて、たぶん、ディアーシュ様の体温が移ってのことで。
えっ、と驚いた後で、恥ずかしさがこみあげて来る。
――だって私、本当は十七歳なのだ。
わけあって子供の姿になってるだけで。自分の中ではどうしても、十七歳の自分で想像してしまうから……。
たとえそれが恐ろしい噂のあるディアーシュ様で、自分のことを子供だと思っている人相手でも、ちょっと意識してしまう。
顔が赤くなりそうな私に、ディアーシュ様が淡々と告げる。
「風邪を引く。せめて着ているように」
「はい……あ、でも裾が」
ディアーシュ様の半分ちょっとしか背丈のない私には、マントが長すぎた。地面にぺったりついてしまった裾を見て、どうしようかと思っていると、ディアーシュ様が言う。
「気にするな。血と違って、土なら洗えばとれる」
そしてディアーシュ様は立ち去った。
「いや、たしかに血よりは洗いやすいかもしれないけど」
声も届かなくなるほど遠ざかった背中を見つめて、私はつぶやいてしまう。
「ぶっきらぼうというか、素っ気ないし、やっぱり怖いんだけど。まぁ、基本的には優しい……方なんだよね」
ちょっと笑ってしまう。
ひどい目にあったけど、私はおおむね幸せに過ごせている。
できればこの生活が、末永く続きますように……と思うばかりだ。
なんてのんきに考えていた私。
後日、まだちょっと怖いと思っているディアーシュ様と自分が婚約することになるなんて、予想もしていなかったのだった。