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「しばらくはここにいたらいい。他に会うのはお前が落ち着いてからでいいから」
「……き、紀陽はいなくなっちゃうの?」
また不安そうに見つめてくる未影に安心させるためにまたわしゃわしゃと頭を撫でる。
「心配するな。俺も一緒にいる」
「ほ、本当?」
ああと言うと未影は信じたのか嬉しそうだ。
それから紀陽は未影に同胞のこと、神域のことを話していくのであった。
「人間の子が?」
「うん、今は炎龍といる」
とある神域にて他の十二神獣が新しく誕生した同胞について葵猫から話を聞いていた。
少女の過去、今の状態が不安定なことなど。
そして、唯一“前世の記憶を持つ者”だということも。
「………前世でそのような記憶を持っているとなると難儀なものだね」
同胞の兎は心配そうに言う。
神の器に選ばれた際には選ばれた者の前世の記憶はなくなってしまうのだ。
神になるのに記憶は不要ということなのだろう。そう、皆が納得をしてしまった。
思い出そうとも思わないし、思い出したところで意味などないのだから。
「そんな子をあの男と一緒で大丈夫なの?」
鳥は不安げに葵猫に問う。
彼女は炎龍の神通力が同胞の中でも飛び抜けており、誕生したてのしかも前世の記憶を持っている同胞が心配でしょうがないのだろう。
だが、それは杞憂だと葵猫は返答する。
「うん。炎龍に懐いているみたいだし、彼女も怖がっていない」
「じゃあ、俺たちと会うのはまだ先か」
「いいじゃないですか?時なんていくらでもありますし」
とりあえず、様子を見てゆっくりと過ごす方がいいと判断をする猿と狐の二人。
他の同胞たちもそのことには賛成のようで話が終わるとそれぞれの神域に戻っていく。
残ったのは葵猫を含めて四人だった。
「しかし、器の状態が不安定なのが気になるな」
十二神獣の古参である狼がそのことに関して気にかかるようだ。
「魂の傷深くて、安定しないみたいだ。ちゃんと診てないから分からないけど」
「私が診れればよいのですが、怖がっては余計に不安定になりましょう」
蜂は少女のことが心配でしょうがない。
不安定なままでいればいずれ彼女自身に何かしら悪影響を及ぼしかねない。
「………少し確かめに行ってみるか」
よっこらしょと腰を上げた狼に葵猫が問う。
「…………もしかして、下界するつもり?」
「ああ、気になることが多いしな。大丈夫だって、すぐに帰ってくる」
からからと笑いながら、去っていく同胞が不安と心配で仕方がない。
「……あー、俺らも確かめてくるか」
そんな感情がいっぱいな葵猫の姿を見て、様子を見てこようとする虎と蜂。
どうしてこんなに不安があるかというと、狼は大の酒好きだ。
下界、つまり人間界に下りると酒を持って帰ってきたりする。
しかも、自分好みの酒を探しに十年間ぐらい人間界を旅していたこともある同胞だ。
狼は古参でもあり、十二神獣のまとめ役にもなっている者。
そんな役割を担う彼がいないとなると同胞間では不安でしょうがないのだ。
ただでさえ、相性の悪い同士がいるというのに。
「“鋼狼”に関しては見れるだけ見とく。あのおっさん、すぐにどこかに行っちまうからな」
「そうですね。私も気になることがありますし、お供します」
「二人ともお願いね」
そう言って肩を撫で下ろし、神域に戻っていく同胞を見届けてから残り二人の神獣が動き始める。
「………“風虎”。貴方の目にはどのように視えていますか?」
「…………………………あまりよくねぇな」
その一言に蜂は息を飲む。
その意味が理解できるがゆえに誕生したばかりの同胞が最悪の状態かを理解してしまったからだ。
「どうして、皆の前で言わなかったのですか?」
「言ってどうする?余計に不安を煽るだけだろ?」
その一言に言葉が詰まってしまった。
「早めに対処しないとまずいぞ」
虎はそう呟いて空もない空間を見上げた。
輝く緋色の瞳が一つ、少女の姿を映していた。