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「おーおー、こりゃあ、随分と荒れているなぁ」
「………何を呑気に言っている。“鋼狼”」
そこには一寸の瓢箪を軽々と持った十二神獣の二番手、鋼狼が立っていた。
鮮やかな朝日色の髪はざんばらで濡羽色の瞳、袴に筋骨隆々な剝き出しの体には肩に羽織だけを纏っている。
へらへらと笑っているこいつにはこの状況が見えていないか?
苛立ちを隠せない紀陽が彼を見る。
「おお、お前がそんな顔をするなんて初めてじゃないか?あの子のおかげか?」
「鋼狼、すみませんがそれどころじゃありません」
「分かっているって」
よっこいせと瓢箪を地面に下した。
「それは?」
「ん?ああ、これはここに来たいと言われたもんでよ」
こんな形ではあるがと何を言っているのか分からない。
そんな中でも風は荒れ狂い、勢いを増している。
他の者達も先ほどまで立っていられたのに今では立っているのがやっとな者もいる。
「でも、これじゃあ嬢ちゃんには近寄れんなぁ。……炎龍」
「なんだ」
今度は何を言い出す。
「嬢ちゃんにこの人を届けてくれ。お前しかあそこに入れんだろう?」
最強の名があるお前しか、嬢ちゃんに触れられない。
「————————それであの子を止められるのか?」
「ああ。もし止められなかったら……、その時は儂が止めよう。“理”を犯しても」
先までの笑みが消え、鋼狼は紀陽を真っすぐ見つめた。
「……お前にそんなことをさせるつもりはない」
「そうかい」
瓢箪に伝っている縄を持ち、未影がいる場所を見つめる。
そこはもう風の層となって彼女の姿を隠している。
「なら、儂らはお前を嬢ちゃんのところまで無事に届けるかねぇ。ここで怪我でもさせたら初めて会って嫌いって言われたら堪ったもんじゃない」
「頼んだぞ」
そう言って紀陽は瓢箪を持ち、走り出した。
その様子を見て鋼狼は周りにいた自身の同胞を見てこう言う。
「さあ、お前たち!!炎龍のために道を開くぞ!!嬢ちゃんが帰ってきたら宴を開こう!」
「最後が本心ですね。まったく」
「おお、よくわかったな!ほら、風虎も謝れば嬢ちゃんも許してくるさ!」
ぽんと肩に手を乗せられ、ニッと鋼狼が笑う。
「……ああ、ちゃんと謝るさ」
そう言って、風の層を見つめる。
————もうなにもきこえない。
1人、真っ白な空間に立っていた。
ぼんやりとした意識でただ立っている。
もうなにもききたくない。
もうなにもみたくない。
もうなにもうしなわない。
ここにいたい。ここなら、たたかれることもひどいこともいわれない。
ずっと、ここに。
『———————っ』
なにかこえがきこえる?
おかしい。だってここはこえがきこえないのに。
『み………、か……、げ。………、みか……げ……。みかげ』
このこえ、しってる。わたしを、あのなかでたったひとりだけ。
『未影。私のことが分かる?』
ぼんやりとした意識が徐々にはっきりしていく。
目にも光が戻ってくる。
「お、おかあさん?」
目の前には。
「そうよ。おかあさんよ」
微笑むおかあさんがいた。
「っ、おかあさん。おかあさんっ!!!」
涙があふれてくる。
目の前のおかあさんに抱き着く。
「ごめんね、未影。おかあさん、守れなくて、ごめんね」
ぎゅうとおかあさんが抱きしめてくる。
ああ、温かい。おかあさんの音だ。
「お、おがあざんがだおれで、うごか、なくなって!!
「うん」
「ぞれで、あがが!」
「うん。怖かったね。ごめんね」
もう嗚咽で何を言っているのか自分でも分からなかった。
でも、おかあさんは分かっているように相槌を打ちながら私の頭を撫でてくれる。




