4
「あ、あ、ああ」
思い出した。思い出してしまった。
忘れたかった。忘れたくてしょうがなかった。
だって、思い出したら。
おかあさんが死んでしまったことを受け入れないといけないから。
私を守っておかあさんが死んでしまった。
アカが広がっていくあの光景も。
「あ、ああ、あ、あ、あ」
ひゅうひゅうと息が変な音を立てる。
がくがくと体が震えて、頭の中がぐしゃぐしゃにかき回される。
「…………お前はもう人間ではない。お前を守ってくれた母親もこの世にはいない」
やめて。
「いつまでも怯えたままではいられないんだ」
やめて。
「お前はずっと子どものままではいられないんだ」
やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
「もう人間だったお前はいないんだ」
ぷつん。
何かが切れる音がした。
「いや、いやいやいやいやいやいやいやいや!!おかあさん!おかあさんがしんだなんて!いやいや!やめてやめてやめて!ききたくない!ききたくない!」
受け入れなくない!おかあさんがもういないことも!
ころされたことも!ぜんぶぜんぶ!
自分の中が熱くなってくるものがある。
耳には轟々と荒ぶる風の音とともに男の声が入ってくる。
「受け入れろ。もうお前には」
何もない。
その言葉を最後に私には何も聞こえなくなった。
神域に辿り着いたときにはもう、あの穏やかな光景はなかった。
荒ぶる風と共に濁り荒々しい音を立てる川。
草木は倒され晴天であった空も不穏な雲に覆われている。
そして、嵐の中心には彼女がたった一人で立っていた。
「未影っ」
呼んでも彼女には聞こえない。
周りを見れば異変に気付いて駆けつけた同胞たちが立っている。
ただ、誰もが彼女に近寄れなくて手をこまねいている。
「風虎っ!!一体何があったのです!?」
彼女のそばに残っていた同胞にこの有り様の説明を求めた。
そんな彼は静かに彼女をじっと見つめている。
「おいっ、黙ってないで」
詰め寄ろうとした紀陽。そんな時だ。
「————全てを話した」
その言葉に二人は言葉を失った。
雲に覆われた空からポツリ、ポツリと雨が滴り落ちる。
「おま、え。なにを」
「あの子の母親が殺されたことを話したって言っている」
「————っ」
がっと紀陽は風虎の胸倉を掴み詰め寄った。
「何故、今話した!?あの子に!」
「………」
「おい!なんか言え!!」
「やめてください!炎龍!」
さらに詰め寄ろうとする紀陽に落ち着くように樹蜂が言う。
他の十二神獣も風虎の言葉を聞いて絶句していた。
その話は紀陽よりも前に聞いていた者たちは紀陽の判断でどうするかを決めようということでまとまった話だ。
なのに、なぜ今の彼女に話してしまったのだ。
「……今しかないと思ったんだ」
「どういうことだ!!」
「今しか、あの子が“鎖”を壊すことのできるのは今しかないんだ」
“鎖”
その言葉に紀陽も樹蜂も言葉を詰まらせた。
ふいに力を抜いた紀陽から離れた風虎はまたじっと未影を見た。
「この先では遅いんだよ」
「………“視たのですか”?」
先の事をと樹蜂が静かに問う。
すると、風虎は頷いた。
「………それでも、やり方は他にもあっただろっ!?」
「これしかなかった」
はっきりとそう告げる風虎にぎっと睨みつける紀陽。
一触即発の中、ふと違う声がする。




