1話 異世界転生のために死んでくれ! その一
「流石は天才だ、助かったよ。次のテストも頼むぜ大雅」
「俺に頼ってないで毎日少しずつ頑張れよ。そうすれば俺が教えなくても大丈夫だよ」
テスト前にいつも通り同級生に勉強を教えて家に帰る。
誰もいないマンションの一室は高校生の一人暮らしには不要な程広く、俺のいない間にヘルパーが家事や食事を作って行く夕飯を食べ、ホテルの様に整えられたベッドに倒れ込む。
そんな誰もが憧れる悲惨で退屈な生活も今年で二年目だ。
「何が天才だよ……。俺なんて二流もいい所だ……」
無駄に柔らかいベッドは俺の体だけじゃなくため息も受け止める。
天才、イケメン、スポーツ万能。
そんなありきたりで聞き飽きた誉め言葉もただ虚しいだけだ。
そう思うのは俺以上なんて星の数ほどいることを俺は知っているからかもしれない。
「風呂入るか」
自己否定が始まり、気分を変えるためにテレビをつけ浴室に向かう。
脱衣所から浴室への扉を開けると、見ず知らずの女が全裸で湯船でくつろいでいた。
脳の中で知り合いの顔と承認するが、誰とも一致にしない。
「きゃーえっちー」
子供でももっとちゃんとした演技ができる程の棒読みで悲鳴を上げた女は、風呂場にはないはずの木桶や椅子を投げつけてくるが、最初の木桶以外は俺に当たっていない。
「待て、人の家に勝手に上がり込んでその反応は違うんじゃないか?」
「よっしゃー! 覚悟しろや、命取ったらー!」
「なっ、お前俺を殺しに来たのか!?」
ざぶんと勢いよく風呂から立ち上がった女は、水の抵抗を考えていなかったらしく浴槽のふちに足を引っかけ盛大に転び、タイルに顔からダイブした。
一瞬父さんに恨みがある誰かかと思ったけど、この調子だとそんなことはないか。
「おい、大丈夫か?」
「ふはは、今のはお前を油断させるための作戦だ! このナイフでお前の命を――って私のナイフは?」
「お前がタイルにダイブした時にすっぽ抜けたこれか?」
今時中学生でも持たないようなバタフライナイフを摘まみ上げると、女は返してと手を伸ばす。
もちろん返すわけはない。
「こうなったら他の武器で……」
「全裸でどこに武器を隠すんだよ」
「何見てるのよ! エッチ! 変態! 変質者!」
「全部お前の事だろ」
人の家で全裸で風呂入ってたやつが他人を変質者呼ばわりしないで貰いたい。
「残念ながら、武器があるとわかった以上服は返せん。代わりにバスタオルで我慢しろ」
「そんなに私を辱めたいのね」
「バスタオルも奪い取って外に放り出してやろうか」
「まあ、この際奇襲はやめて正攻法で行きましょう。神楽坂大雅、私に殺されなさい」
「嫌に決まってるだろ」
少しは神妙な顔をしたから聞いてやったけど、やっぱりこいつは警察に連絡したほうがいいな。
「大丈夫痛くしないから、天井の木目を数えてる間に終わるから」
「いつの時代だ! ここは鉄筋コンクリートだから木目はない!」
「やっぱり実力行使しかないか」
急に立ち上がった変質者は、濡れたタイルで滑り浴室の敷居に二度目の顔面ダイブをした。
気絶している間に洗濯機に隠されていた服を漁り全ての武器を回収した。
そのどれもが致命傷にはならない程度の武器だった。
それにしても、これは服と呼べるのか? ほとんど一枚の布だぞ?
安全性を確認してから水をかけると、冷たい! と跳ね起きた。
「よくもやってくれたわね。女神である私に水をかけるなんて無礼もいい所よ」
「変質者に礼を解かれたくはないな、って、女神?」
「そう、私は女神よ。凄さがわかったなら、素直に私の言うことを信じなさい」
「二回も頭を打ったら頭もおかしくなるか……」
「何でそんなに憐れんだ目を向けるのよ! 本物よ、本物の女神! もっと尊敬のまなざしを向けなさいよ!」
「そうだな。どこかの配信者で女神扱いされてたんだろ? それが頭を打って夢と現実がごっちゃになったんだよな? 不法侵入は許してやるから早く病院に行けよ」
「違うわよ、私は正真正銘の女神なの! あんたを連れて自分の世界に戻ろうとしてるのよ!」
「そうなのか大変だな。財布もなさそうだけど保険証はあるか? 自分の名前はわかるか?」
「お願いだから、私の話を聞いてよ……」
涙ぐんでるよ……。
しょうがないから、一度話くらいは聞いてやるか。
「わかったよ。服を着てこっちにこい。話だけは聞いてやるよ」
服を返し、先にリビングに戻ると自称女神は武器が無いと大声で叫んだ。
「それで、話ってのはなんだ?」
「あんたを私の世界に連れて行くことよ」
「それなら、なんで殺そうとするんだよ。最初から設定が破綻してるぞ」
「あんたみたいなひねくれものが、素直についてきてくれるとは思ってないもの。だから殺してその魂だけを持って行って、あっちで転生させるの」
転生って奴か、クラスメイトがそういう作品呼んでたし流行ってるからそれを真似したって感じか。
「それで、俺に何をさせたいんだ?」
「来てくれるの?」
「受けるかどうかは別にして、話は聞くって言ったしな」
魔王とかそんなファンタジーな話題が出たら、そのまま帰ってもらおう。
「魔王を倒す手伝いをしてもらいたいの」
「よし、お帰り下さい。これ以上騒ぐなら問答無用で警察に通報します」
「聞いてくれるって言ったじゃない!」
無暗に警察に連絡するわけにもいかず、仕方なくこいつの妄想に付き合うことにした。
「私が管轄するガウルって世界は、魔王を作ってしまったの。その強さにガウルの民と協力して一度は封印したんだけど、一万年経ってその封印が解けた。だから今度は魔王を討伐したいの」
「それなら自分達でなんとかしろよ。一度は封印まで行けたんだから今度は倒せるだろ」
少なくとも一万年前には成功したってことは、魔王よりも強いってことになるんだし、大変だろうけど勝てるはずだ。
こういう所は詰めが甘いな。
話自体も結構ありきたりだし。
「一万年前とは状況が違ってるの」
「進化の過程で弱体化したってことか」
俺達人間もも進化の過程で牙とか爪が無くなったっていうしな。
「うん。ちょっと、頭が悪くなったの……」
「は?」
「えっと、一万年の間敵が消えて豊かになったの、それで争いの無い時代だったみたいで、何も考えないで先人の模倣だけをしてたから、脳が徐々に縮小していったの。何も考えない馬鹿が増えちゃって、前は知恵と技術と力でなんとか勝ったのに、今は知恵と技術がないのよ……」
本気で落ち込んでるみたいだし、声をかけてやりたいけど、なんて声をかければいいんだろう……、そういう設定なんですね。って言えばいいんだろうか?
「だから、この世界に来て助っ人を探しに来たの。頭もよくて手先が器用な人が欲しいんだけど、そんな人は大抵家族に大事にされてるから連れて行けない。だからあなたみたいな自分の上位互換の優秀な兄がいるおかげで家族から爪弾きにされていてもしいなくなっても大してこっちの世界に影響が出ない人を探してたの!」
「よくわかった」
「それじゃあ、一緒に――」
「出て行け!」
俺は感情のまま自称女神を家から追い出し、そのまま玄関に座りこんだ。