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課題

 基本装備らしいハーフプレートから高級そうなハードレザーアーマーに着替えてきたマルグリットこと、マギーと合流し、私はクリングバウム邸へと向かいながらマルグリットを観察していた。

 金属鎧と比べるとしっかりと体のラインが見えてくるが、出るところと引っ込むところのコントラストは流石鍛え抜かれた王女様と言った感じだろうか。

 背は私より5センチほど小さい。まあそれでも“人間女性”としては十分長身と呼べるくらいだろう。凡そ170センチメートルと言ったところだ。歳は20前半かと思われる。

 ただ、義手部分は金属製の手甲と一体型であるため、レザーアーマーからは少し目立ってしまう。予想通り、クリングバウム邸へ到着すると、カルラはすぐにマギーの正体を察する。

「どういうつもりだ?」

 警戒気味にカルラが言う。まあ、昨日悪い噂を聞かせた直後だし、或いはカルラより強いと言ったせいだろうか。少し棘を含んでいた。

「最初の任務。偵察よ。こちら記録員マッパーのマギー。よろしくしてやって。」

「む?……、それは失礼した。私はカルラ。この道場主の娘で兵役を終えた後、今は冒険者をやっている。フィアーナに用か?」

 カルラは私の紹介に事情を察したか、或いは警戒を緩めたか、すぐに普段の様子に戻ってそう聞いてくる。

「んー?」

 カルラがそう言い終わる前に気配を察知したかフィアーナが奥から出てきた。

「早速課題がでた。偵察行くぞ。威力偵察OKだそうだ。」

「おお?」

「はぁ?」

 私の呼びかけにフィアーナとカルラが正反対の表情を浮かべる。

 フィアーナはちょっとワクワクするような、カルラは呆れ気味に聞き返す様な声色だった。

「……今日は休日にする予定だったし手伝おうか?昨日来た奴らに偵察なんてできるのか?」

 カルラがそう言ってくる。

「心配いらん。2年前まで“騎士”としてこの地に赴任していたからな。南西の開拓村まで見回りをした事もある。」

「え?」

 マギーがそう返すと、カルラは少し驚いた様子を見せる。

「まあ……当時は普通の騎士として組み込まれていたからな。」

「そうですか……」

 それでも尚何か言おうとするカルラを私が制す。

「まあ、こっちの事情もあってね。“私ら”の同伴は1人以上増やせないのよ。その内機会と予算があったらあんたにも声かけるから。」

「わかった。まあ、クレア達なら問題あるまい。気を付けて行ってきてくれ。」

 私の言葉にそう返すとカルラはフィアーナの後ろに下がった。

「よし、いくぞ。とりあえず町を出て少し歩くか。」

「「歩き!?」」

 私の言葉にカルラとマギーが声をそろえて驚く。

 ……あれ?


「地図を見ていないのか?南西部までどれだけあると思っているんだ?」

「馬を手配するつもりだったが……まさか乗れないのか?」

 カルラとマギーがそれぞれ別の心配をするが……違うんだなぁ。

「地図はちゃんと見てたから、専門のマッパーを付けろって言ったのよ。あと、私は多分馬に乗れるだろうけど、フィアーナは乗れん。乗る必要ないしね?」

 2人ともフィアーナが“竜人”であることは既に承知している。

「ならば、2頭、或いは1頭借りれば良いのではないか?不安なら私が手綱を握るが?」

 そこで私はニヤリと笑う。

「いやいやいやいや。馬で何日掛ける気よ?そもそもその為の抜擢じゃなかったのか……」

 私は少しわざとらしく呆れて見せる。

「まあ、ここで“竜化”して上がって良いんだったら、すぐに出発準備に入るけど?」

「「はぁ!?」」

 私の言葉に2人が驚きの声を上がる。良い反応だ。

「私ら、フィアーナが所謂“珠無し”とは言った覚えないんだけどなぁ?」

 “珠無し”――それは“竜玉“と呼ばれる竜人が本来の力をフルスペックで扱う為の媒体である。基本的に誕生と同時にその個体専用の竜玉も一緒に卵から出てくるらしいが、先天的、後天的、何らかの事情でそれを失った竜人を“珠無し”と呼ぶ。勿論蔑称である。

 基本的に竜人はその力に物を言わせ、望む者は力で手に入れる奴らだ。プライドも人5倍は強く、それが十全の状態で人間と組み、剰え竜化し人を背中に乗せて飛ぶなど到底理解に及ぶものではないだろう。

 しかし、この軽さ、プライドのなさがフィアーナの売りだ。そもそもこの性格でなかったらフィアーナを拾い、剰え相方バディに選んだりはしない。


「まあ、そう言う訳だから同行できるのは1人までよ。プレートアーマーを嫌ったのもその理由の一つ。で、ここから離陸していいのかしら?」

「いや、それは少し待ってくれ。いきなりでは流石に混乱を招く。」

 私の言葉にマギーはすぐに止めるが、カルラは別の反応をする。

「空を……空を飛べるのか?」

「まあ、その予定だけど?」

「では西大陸にも……」

 ゴクリッと聞こえてきそうな表情でカルラがフィアーナを見る。

「ええぇぇぇ……」

 その視線をだるそうに返すフィアーナに代わり私が補足する。

「安全に休める場所があってかつ、あっちで迎撃されなければね?」

「なるほどなるほど。今のうちに刀がいくらするのか調べておかねば。いや、それまでに十分に稼がなくては……」

 私の補足はカルラの耳に入っていない様だ。

「そもそも、お金が共通しているかもわからないんじゃないの?」

 私の突っ込みは一切カルラの耳には届かない。

「まあ、これはもう放っておいて、明るい内に出ますか……」

 私は呆れ気味に他の2人を促した。



 町を出る時に提示したマギーの身分証を見て兵士たちが二度見三度見をしたが、マギーが軽く応対すると、目を白黒させながらも門を通した。

 10分強、早足で歩いた後、周囲に人の気配がないのを確認し、フィアーナに竜化させる。

 フィアーナの無限蛇鎧の利点は、竜化をしてもその鎧内部のサイズに合わせ自動的にぴっちり包み込むサイズに変形することだ。

 それを見たマギーが改めてフィアーナの防具がただの防具ではないと認識する。

 傍から見たら赤と黒の鱗で出来た巨大な鱗鎧スケイルメイルを装備した淡い緑色の竜である。周囲に人がいれば問答無用で目立つだろう。

 私は首を下げたフィアーナの肩口に慣れた動作で飛び乗ると、上からマギーへ右手を差し出す。

 一瞬困惑したマギーだがすぐに意図を悟り、義手を伸ばす。私はそれを引いてやり自分の後ろへと誘おうとすると、背中の荷物袋にぶつかる。

 今回はフィアーナの竜化を前提としているので荷物は私が2人分持つことになっていたのだが……

「ああ、そうか。てか、そういえば、あんたも……あれ?」

 私はそこでようやく、最初にあった時からの微かな違和感の正体に気付く。

 マルグリットは荷物らしい荷物を持っていない。

 一泊二日、24時間かけての偵察を考えていた私達2人分の荷物よりも、馬で5日くらいの予定でこなすつもりだったマルグリットの方が荷物が少ないのだ。

 私の荷物が背中全体を覆うサイズのナップザックに目一杯なのに対し、マルグリットは使い古されて柔らかくなった革製の大型バック……大きめのトートバック程度のサイズの肩掛けカバンをぺしゃんこの状態で肩にかけているのみだ。

「あんた荷物……」

 自らが私の荷物袋に衝突した手前、すぐに私の言いたいことは理解したのだろう。マルグリットは笑う。背中越しには見えないが、そんな気配がした。

「旧き魔法技術で作成された魔法バッグだ。この口を通せる大きさの物なら相当な量の物資を詰めることが出来る。今ではなかなか入手できるものではないがな。」

「…………そりゃ“人族”が強いわけだわ。」

「む?」

「いや、破局?崩壊?人族と亜人との最終戦争当時の流通量は知らないけど、それがあるかないかで兵站能力全然変わるでしょ?」

「ああ。この大きさまではなかなかなかったが、ポーチ程度の物なら小隊長程度にも配られていたとされている。」

「能力よりも頭数が売りの亜人にゃ兵站問題は深刻だったでしょうね。まあ、小隊長に配られてたなら奪えばいいのか?」

「いや。これに物を出し入れするには血紋登録と出し入れごとに多少の魔素を食わせねばならんのでな。奪ったところで使うことも取り出すこともできん。前線に持たせるのに奪わた時の対策がないわけがなかろう。」

「あ、はい。……で、だ?」

「む?」

「最初馬車で襲われた時にもそれは持ってたわよね?」

「まあな。貴重品だ。これは肌身離さずという奴だ。」

「2週間の移動だった筈なのに、馬車に何の荷物もなかったからおかしいとは思ったのよ?」

「行程の8割5分は過ぎていたしな。水と食料と生活用品は馬車に積んでいたが?」

「ああ、そう。で、だ。」

「む?」

「あの時、『見ての通り手持ちはない』とか言ってなかった?」

「……言ったかもしれんなぁ。」

「あれは嘘だったと?」

「まあ、厳密に言えばそうなるかも?」

 ……嘘と認識して言っていたかどうか微妙なところか。抗議は少し保留しよう。

「あ、そう……」

 私は妙に気持ちが凪いだためそれ以上の追及はしなかった。

「ああ、難ならお前の荷物もこちらに入れようか?さすがにその背負い袋ごとは入らなそうだが……」

「あとから探すのが大変そうだし結構よ。でもまあ、飛行に邪魔だし……あんたが背負え。」

「はぁ?」

 私の言葉にマルグリットが『何を言っている?』とばかりの声を上げる。

「いや、タンデムするにしろ背中にこれだと邪魔だし。まあ、自分だけ馬で移動するとか、フィアーナに襟首掴まれた状態で移動するってなら無理に背負えとは言わないけど?」

「…………」

「フィアーナ。軽く離陸してバレルロール。アリーシャ!」

「おう。」

「待 た せ た な !」

 私の合図に2つの声が返ってくる。

 一つはフィアーナのもの。竜化により声帯も変わっているので聞き取りづらいが、この程度の単語なら十分聞き取れる。

 もう一つは……

 水色の薄絹を纏い、背中に透明の羽根を持つ風の精霊のもの。私のもう一人の相方。え?相方2人はおかしい?気にするな。

 名前はアリーシャ。《精霊使い》(エレメンタラー)として、所謂“契約”をしている精霊だ。

「精霊召喚だと?高位の《精霊使い》しか扱えぬという話だが。」

 フィアーナの竜化時以上の驚きを浮かべつつマルグリットが呟く。

「こいつ召喚するだけで、1日に扱える魔素量の3割は持ってかれるけどね……」

 当のアリーシャは『出たがり』だが、こいつが少し具現化だけで私の魔素キャパシティーの3割弱を持っていかれるのだ。流石に常に具現化させておくのは難しい。

 今回召喚したのはマルグリットへの紹介とフィアーナの離陸を支援するためだ。

「名前はアリーシャ。見ての通り?風の精霊よ。制限なしに暴れさせるなら私ら3人の中で一番『性質タチが悪い。』」

「……最早なんでもありだな……」

「いや、流石にここらで打ち止めよ。さてそれじゃあ、『緊急離陸』!」

「「おう!」」

 私の合図に再度2人――2体か。が声を揃え反応し、今度は行動に移る。

 フィアーナが翼を広げて2~3ど羽ばたき緩やかに浮かび上がると、そこへ下からアリーシャが巻き起こす強烈な――猛烈な上昇気流に乗って一気に高度を200メートル付近にまで浮かびあげる。

「ちょおおおお!?」

 その強引な離陸の衝撃にマルグリットが素っ頓狂な声を上げる。声色からしてきっと涙目だろう。直に見れないのが残念だが、ようやく歳相応の可愛らしさが見えた気がする。

「さて、それじゃローヨーヨーからバレルロール。アリーシャがいるけど、しっかりつかまってないと危ないからね?GO!」

 私がそう言うとフィアーナは高度を速度に変換し、あっという間に馬車の数倍の速度まで加速すると、中空に横たわる見えない樽に巻き付くようにぐるりと回る。勿論、樽の下側を回るときは私達がフィアーナの下になるわけだ。

「きゃあああああああああああああああ!?」

 他に誰もいない空に可愛らしい声が響き渡る。

「ね?しっかり密着してつかまってないと危ないでしょ?」

「わ……わかった……鞍もないのか……」

「(ないわけじゃないけど)滅多に披露する機会のない竜化のためにあのでかいのを持ち歩くのもねぇ?」


 かくして王女殿下が荷物持ちになった。実りある新生活に一歩前進である。


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