議題
ズーデンスタット到着の日。
夜はカルラの父君ことシェゾ・クリングバウムさんにあれやこれやと、カタナやら別の大陸やら、海賊――もとい。船上での生活やらの話を聞かせながら歓待を受けて一夜を明かした。
翌朝、トーストとピーナッツペーストに緑茶という少々風変わりな朝食を頂いた後、ベルタがクリングバウム邸にやってきた。なんでも私をすぐに呼んで来いと言われたとの事だ。
呼ばれたのは私ひとりだと言う。私としては、相方を一人ほったらかしておくのが少々心配だと言うと、カルラが町の生活や冒険者ギルドの話をしながら待っていると預かってくれるとのことなので、フィアーナに釘を刺しつつ、ベルタに同行した。
城に入ると、2階の一室に案内される。ベルタに促され中に入ると、そこはどうやら会議室の様であった。
部屋の奥、上座に当たる位置にマルグリットがいて、そのすぐ脇にアメリアが控えている。
向って右手の席には昨日一緒に到着した護衛騎士の内の2人が座り、左手側には元々この城に詰めていたのであろう騎士3名が着席していた。
「何これ?私ここに要るの?」
少し怪訝そうな声でそう言うと、
「なぜそう思った?」
と、マルグリットが軽く笑みを浮かべてそう声を掛けてきた。
「……見た感じ、騎士の中でも役付きの皆さんって感じじゃないの?」
「……正解だ。」
どうやら私の見立ては当たったようだ。昨日一緒に来た護衛騎士の半分以上が右側におらず、代わりにそれなりの軍歴のありそうな騎士達が左手に着席しているあたり、そんな所だろうと思ったのだ。
「ベルタ、ご苦労だった。下がって良いぞ。クレアはそこの席に付け。」
アメリアがお遣いを果したベルタを労い部屋を退出させると、私には席に着く様に言う。
「こっちは構わないけど、そっちは良いの?騎士にしろ兵・私兵にしろ元々この城に所属していた人達そっちのけで。」
私の言いたい事、即ち懸念したことを察したかマルグリットが言う。
「構わん。理由は3つある。
1つ目は戦闘能力。これに関してはお前たち2人で、この町にいる軍の内の1個中隊と同等以上の戦力があると見た。昨日のアレと“賊”襲撃時の対応を見て、ここにいる者達の判断だ。」
「へぇ?」
1個中隊、一般兵200~300人に騎士1~2人といったところか?
まあ、状況にも依るが見立てとしてはそう間違っていないだろう。さすがに兵士の一人一人がカルラと同等クラスの能力を持っていれば別だが、恐らくは近衛の筈である“護衛騎士”の実力を見ればカルラが突出しているだけで他の者はそんな事はないと思われる。
「次に、昨日到着したばかりの騎士達と元々城詰していた騎士達との間で今のこの町の状況を共有しておきたい。二度手間回避と、伝達による情報の損耗の防止だな。」
「……」
これに関しては沈黙だ。他の護衛騎士達を排した上で私がいる理由がないからだ。
「3つめ。早速だが任務を与えたいと思っている。そのために2つ目の理由が必須になる訳だ。」
「なるほど。」
至極単純な理由であるが、3つ目の理由で後2つの理由に納得する。
まずは、ズーデンスタットの現状だ。
大陸南西の広い地域を支配する軍事国家ベルンシュタットにあって、その南端付近、少し東にいけば妖魔が跋扈する山林があったり、少し南東に向かえば無法国家と揶揄されるフィン王国が待ち構えている。
一度は南側から外洋に出ようと計画したらしいが、フィンの私掠船団――事実上の海賊であり、フィン王国の傭兵海軍である船団の襲撃により頓挫。その後攻めてきたフィンの陸上部隊により領土を少し奪われたところで前任者のフェッセル伯は改易。この地域が王国の直轄領となった所で第3王女で騎士であるマルグリットが派遣されてきたと言うのだ。
ここまでの説明を行ったのはアメリアだ。その様子に元から城にいた騎士達が不満げな表情を覗かせる。ここにも少し気になる部分があるがその確認は後だ。
現在、フィンはこのベルンシュタットと双肩を成すと言われる東隣の国、コローナ王国を始めその他の大陸南岸諸国との戦争が激化しており、ベルンに於いて今以上の領土を狙って軍を進めようとはせず、不法占拠中のエリアに新たな要塞を築いている様子だと言う。不法占拠と言うのは、両国間でその小競り合いに関する幕引きを行っていないからで、新たな国境線が引かれたわけではない為、ベルン側としてはフィンによる不法占拠と言うことになっているらしい。
目下の所、この地に明確な被害として増えているのは徒党を組んだ妖魔勢力との小競り合いにより山村や開拓村が襲われてることであるとのことだ。恐らくは、フィンが北を、ベルンの南東を圧迫し始めた事によりこちらへの被害が増えているとの分析である。この辺りの報告は左手側の、元からこちらに赴任していた騎士、昨日城の入り口でマルグリットを迎えた騎士によるものだった。
と、言うことは、フィンの北西部隊よりもベルンの南東部隊、恐らくこの領の軍だろうの方が、妖魔勢力への圧力が低いという事でもある。
ただマルグリットが言うにはこれには国の責任も少なくはないと言う。
国――中央、王宮は最近までこの地を外様の“緩衝地帯”扱いしていて、軍や物資の支援などを碌に行ってこなかったと言う。
それをうまく遣り繰りしていたのが先のフェッセル伯であったそうで、少なくともマルグリットはフェッセル伯を高く評価していたと言う。
そこへ、最近になって外洋進出を意識して明確な支配下にしようと港の整備に乗り出した矢先に失敗をしたという話である。冒険者ギルドの職員の言葉を鑑みれば、この地の人達はその責任者がマルグリットであったことを知っている様子。なんともきな臭い話である。
続いて、元からこの地にいた騎士の内、尤も手前、こちら側に座っていた騎士が立ちあがり、地図を広げ被害状況のまとめを話し出す。
確かに被害のあった村落はこの町からそれなりに離れているが、段々と被害に遭った場所が北西へと押し上げられてるのがわかる。
さらにもう一つ、重大な懸念事項として、元来“連携”という概念がなく、大規模な軍団には発展しないと言われている妖魔が明らかに群れのレベルを逸脱し、一つの軍団として活動している気配があるとの報告が上がってきているとのことだ。おそらくそれを纏めあげている“何か”が“いる”又は“ある”のだろうと言う。
「民にしてみれば、この状況で領主が誰に変わろうと大した問題ではない筈だ。失敗をして改易された前領主を嘲笑っている様な余裕はすでにない。我らが手をこまねいていればいるほど、領と国への不満と不信は高まっていく。早急に手を打たねばならん。」
マルグリットがそう纏めると、見捨てられかけていた辺境の地を初めて知る騎士達、そして改めて現実を確認させられた地方の騎士達の表情が一段と険しくなっていた。
「で、その“何か”を始末して来いって?」
私がため息交じりでそう言うとマルグリットは軽く首を振る。
「現段階では情報も戦力も足りない。最終的にはそうなるだろうが……それは恐らく軍を通した“依頼”になるだろう。先ずは私から偵察の“任務”だ。」
「なるほどね。赴任した矢先、下手に軍を動かして“現状の綻び”を出すわけにはいかない。とりあえず個人の私兵で情報集めと。」
「ああ。手段は問わない。“威力偵察”も偵察の内だが……くれぐれも軍に飛び火はさせるなよ?」
私の答えにマルグリットが満足げに言う。
言外――露骨に威力偵察とか飛び火とか単語が聞こえたが――に、裏でこっそり情報を集めつつ、潰せるところはこっそりと消せ、という指示に他の騎士達が複雑な表情を見せる。
「了解。とりあえず現時点の妖魔の配置を確認してくればいいのかしら?」
私の問いにマルグリットが答える。
「それで頼む。が、それに関して同行者を付けることは可能だろうか?」
「同行者?まあ構わないけど……強襲する時に自分の身は守れることを条件に1人だけね。あと金属鎧はご遠慮願いたいかしらね。偵察だし。あと、可能なら地図を作れる人間を寄越してくれるならこちらとしても有難いかも?」
「1人?」
「ええ、1人よ。それ以上だと、偵察だけで結構な時間が掛かりそうな範囲だし?」
私の返答にマルグリットはアメリアと、そして元からの騎士長と目で会話をした後に結論を出す。
「わかった。それなら私が向かおう。」
「……偵察だけと言っても結構は範囲よ?数日は掛かるだろうけど、マギーが空けられるの?」
「大丈夫だ。政治に関してはこちらの2人が上手く回してくれるはずだ。」
私の問いにマルグリットはそう答え、両翼の騎士2名、アメリアと騎士長に確認を取る。
両者が頷くことでそれが確定した。
「へぇ……王女様って意外と現場主義なのね……」
私の呟きに、私とマルグリットを除く全員が眉を顰めた。
「いろいろと風当たりが強そうでな。現場で結果を出さないと前任者の後を継ぐのは大変らしい。お前たちには期待させてもらうぞ。」
マルグリットは私に向けてそう言う。
何となく悪い気はしなかった。