話題
カルラとの手合せの後、私達4人はギルド施設内の食堂に場所を移した。
周囲から『鬼!悪魔!氷魔人!』などとと意味不明な言葉を投げかけられるが私が関知するところではない。
カルラ曰く、先程の男はこの町の冒険者の中でも指折りの有名人らしい。
「ヨハン殿をああも簡単に平伏せさせるとはな……手段はともかくとして。」
カルラが言う。
「てっとり早いでしょ?基本的に法が及ぶエリアでは法を逸脱しない範囲で。及ばないエリアなら武力に限らず物理で話し合いをした方が早いってのが経験則よ。」
私は右手をパタパタさせながらそう教える。
「まあ、タイミングが悪かったり、法を疎かにしすぎると、功績を没収されたうえで国外追放とか食らっちゃうけどね。」
そのまま正直に実践されても困るので失敗談も交えておどけて見せると、今度はベルタが引き気味に言う。
「それも経験則か?」
「経験則よ。」
ぼそりと言う私に、2人は『うわぁ……』とでも言いたげな表情を浮かべた。
その後、話題は専ら魔剣の話となった。
魔剣――一言で表す辺り、意味はかなり広いようだ。
魔力を帯びた剣、魔力を付与した剣、何らかの処理・処置を受けて魔法を発動できる剣等、単純に金属の刃を持つ武器という通常の剣以外の、何かしらの効果を持った剣を総じて“魔剣”と呼ぶようだ。場合によっては穂先に魔力を付与された槍などもまとめてそう呼ばれるらしく、その範囲は剣の範疇に囚われてすらいない。
そしてその分、魔剣にもいくつかのランク――呼称があるとのことだ。
カルラが所持するサーベルはCランク。アンコモンと呼ばれる、魔剣の中では最低ラインの品であるそうだ。
効果は単純。素材となる金属を錬成する際に、硬度強化と防錆の効果を付与された剣だという。私らからしてみれば、そんなものでも魔剣扱いかと思うが、実際、斬撃に特化されているサーベルなら、刃が損傷しにくいと言うだけで“一般”の物と比べて価値はかなり高い。カルラのサーベルは素材も高級金属として知られるミスリルを主として拵えたもので、兵士としての給料3年分を丸々つぎ込んだと言うだけの性能はあるようだ。
どうやらこの地方?国?の武人、特に騎士やら冒険者やらは武器への思い入れが強いらしく、カルラの話を聞いたベルタも『思い切ったな……』と言いつつも、あこがれの表情でそのサーベルを覗き込んでいた。
そんな場所であれば当然、私の武器への興味と憧憬は強そうだ。ここぞとばかりに見せびらかした私も悪いのであるが、私の方は魔剣ではなく、魔法に近い存在だと言ってもなかなか信じてもらえない。恐らくこの世界の魔法大系にそのような魔法がないためだろう。
元素に関する概念と言語が微妙に違う“こちら”では私も十全に魔法を使えるわけではない。以前のように広範囲や長射程に作用する様な魔法は加護持ちである“風”以外の元素の魔法は殆ど扱えなくなっている。尤も、その系列外の“風”の魔法のお蔭で海賊たちからは重用されたのであるが。
閑話休題。私の武器が風と水の“精霊魔法”の魔法であると説明すると今度はカルラではなくベルタの方が食いついてきた。それの炎版がないかと尋ねられたが、その節は自ら相性の良い精霊と契約するなりしてから相談してくれと答えるしかない。実際はフィアーナがこっそり炎属性の魔剣を所持しているのだが、この場で披露するのは憚られた。
そんな感じで4人で魔剣談義に花を咲かせながら遅めの昼食を取り終えると、ベルタは『話がついたならと本来の職務に戻る』と言い席を立った。私たちもここに長居をするわけにはいかず、会計を済ませ出ようとした時、ギルドの職員らしき人から声を掛けられた。
「姉ちゃん強いな。カルラと組んでちょっと功績をあげればすぐにもギルドで身元を引き受けてもいいんだが?」
どうやらスカウトらしい。
「うーん。とりあえずは新領主様の私兵?傭兵?扱いになるみたいだから、またその内にね?」
私がそう答えると、ギルド職員は声を潜める。
「新領主って……権力争いに負けて失脚した第3王女だろ?大丈夫か?」
どうやらマルグリットはすでに悪い噂を引きずっている様だ。とりあえず私は無難な答えで様子を窺う。
「大丈夫かって?大丈夫じゃないとこの町全体まずいんじゃないの?」
「む、まあそりゃそうなんだが、そう言う問題じゃなくてな……ギルドはなんだかんだで全国に展開しているから、今後色々都合がいいと思うぞ?」
ギルド職員が唸る。
私が怪訝な顔をするとカルラがこっそりと解説してくれた。
「前の領主だったフェッセル伯は冒険者やギルドと積極的に繋がりを持って色々取り計らってくれたんだ。この町ではフェッセル伯の評判は悪くない。中央の政争に巻き込まれて飛ばされたんじゃないかという噂が広がっていてな。正直、兵士の中にもフェッセル伯を支持している者も少なくない。」
カルラの後を職員が続ける。
「実際、マルグリット王女も、連邦との小競り合いでは活躍したらしいが、南大陸との交易を始める計画に関わって失敗して、海賊に右腕を持ってかれたって話じゃないか。もう碌に剣も振れないとか。それでこの僻地に飛ばされたともっぱらの噂だぜ?」
すでに右腕を持っていかれた“噂”まで広がっている様だ。そうすると、さっきのフィアーナ戦での兵士たちの動揺は何だったんだ?そんな気もするがもう少し慎重に答える。
「なるほどね。参考にはさせてもらうわ。ただ、今の所“第3王女”の肩書自体は生きてる訳でしょ?」
「まあな。」
「“後ろ盾”を得るなら、半端な力を振り回す権力者よりも、権威だけ最強クラスって人の方が色々都合が良い事の方が多いのよ?」
私が悪い笑みでそう言うと職員とカルラが押し黙る。
「……それも経験則ですか?」
「ええ。経験則よ。」
カルラの問いに正直に答えると、真っ当らしい冒険者2名から冷たい視線を浴びた。
「あっ……」
その時、ふと思い至る事があり私は思わず声を上げてしまった。
「どうした?」
カルラが怪訝そうに聞いてくると、私は少し困った調子で言う。
「さっきの経験則、多分アメリア――ベルタの上司に報告される気がして来た……」
「……まあ、するでしょうね。商人の娘とは思えない程生真面目だし。」
カルラが言う。
「おう。失職してその気になったらいつでも俺に声を掛けに来てくれよ。」
ギルド職員が言う。
どうやらヨハンとやらを有無を言わさずに封殺したのは大正解だったようだ。実力はだいぶ認めてくれたらしい。実際、冒険者の資格を得る試験に、1対1或いはパーティ単位での上位冒険者との模擬戦闘も含まれるというのだ。勿論、勝敗で合否が決まるわけではなく、格上にどう対処するかが評価対象となるようである。
「ああ、そうそう。」
最後に一つ思い出して私は職員に声を掛ける。
「碌に剣を振れないって情報は間違ってるわね。王女殿下、ついさっき現在の話で間違いなくさっきの男やカルラよりも強い。」
「なぬっ!?」
私の指摘に心外と思ったか、カルラが声を上げる。
「まあ、なりふり構わず本気を出せれば……だけどね。うちのフィアーナの本気を引きずり出した位だし?」
「「ほう?」」
カルラと職員の視線がフィアーナに向かう。
「フィアーナ殿もお強いのか。」
カルラの問いに私が答える。
「搦め手なしの純粋な戦闘能力なら私よりコイツの方が強いからね?」
私の返答に、2人はさらに驚きの表情を見せた。
「鬼子と竜人ならまあ、“珠無し”でも大抵竜人が強いか。」
ギルド職員がそう言う。
「竜人?」
どうやらカルラは気付いていなかった様だ。そう言えば紹介の時ベルタは私たちを“亜人”としか言っていない。
カルラが困惑気味にギルド職員を見ると、職員は冷静に言う。
「覚えておけ。鬼子と竜人の角は別物だぞ。生え際の位置と、形状が違う。折角だ。疎まれないなら今のうちに良く見比べさせてもらっておけ。遠目からでも竜人を竜人と見抜けないと色々危険だぞ?」
「そうなのですか……」
カルラは私とフィアーナの頭を交互に見比べてそう呟いた。
その後、カルラの実家とやらに行くと、そこは木造の立派な屋敷だった。
冒険者ギルドの訓練場と比べると2回りは小さいが、こちらには木造ながら屋根と壁がついた訓練場――道場がある、なかなかに大きな屋敷だった。
屋敷に入り、カルラが声を掛けると中から中年男性が現われた。黒髪を肩口まで伸ばした中々に特徴的な髪型をしているが、どうやらこの方が父君であるようだ。
カルラが事情を父に説明すると……案の定、ここでもやはり『実力を確かめる』などと言い出す。どれだけ『剣で語り合いたい』の国なのか。
カルラと父君が何やら相談をまとめると、どうやら今回の相手は父君ではなく、そのお弟子さんたちの様だ。1対1でカルラを圧倒したなら――と言うあたり、カルラはこの道場の中でも上位の実力であるのだろう。弟子5人を1人で、或いは弟子10人をフィアーナと2人でと言う。
口ぶりからして、それぞれに実力試験を課すつもりでいる様なので、2人で纏めて相手すると言うと、父君はニヤリとし、弟子たちは不快そうな表情を見せる。
弟子たちも弟子たちでやはりそれなりの実力を自負しているのだろう。
だ が し か し 。
私たちの相手を務める。況して試験相手としては役者不足もいいとこだ。
こちらでは木刀を使ったが、武器を弟子チームに合せても、私の本気やフィアーナの翼を引き出させる事もなく、ものの数分で勝負がつく。
フィアーナに至っては、試合が終わってから広げて見せた翼で風を巻き起こし、床で汗だくになって寝ている弟子たちを心身ともに煽っている。
こいつは私と違って悪気はないんだけどな!
元々私もフィアーナもタイプは違うが、曲刀は使用経験があった。私は“刀”と呼ばれる、鍛練すれば片手でも両手持ちも可能なタイプを、フィアーナは両手持ちの“太刀”を使っていた時期があった。まあ、どちらも漏れなく呪い付きの逸品だった訳ですが。
握ると保持者に殺戮衝動をもたせ、血をすすり魂をも吸い取ると言う妖刀と、異種族が扱うと問答無用で強烈な冷気を吐き出し、敵味方問わず周囲の者の動きを鈍らせると言う迷惑極まりない代物とであった。
これ見よがしにうっかりこんな話をした瞬間、今度はカルラと父君がそれはもう、喰い気味に食らいついて来た。
「カタナだと!?カタナを持っているのか!?」
父君が興奮気味にそう言ってくる。
「残念だけど今はもうないわ。不慮の事故で飛ばされた時に失くしたみたいで……」
私がトーンを落としてそう言うと、父君もさも残念という感じで続ける。
「そうか……それは西方大陸の物なのか?」
西方大陸。私には聞き馴染みのない言葉だ。
「西方ってのは初めて聞くわね。私がいたのは南大陸、まあ、事故った後に海賊に拾われて用心棒みたいなことをしてたから、別の大陸の物に触れる機会はそれなりにあったけど。」
私は異世界とは言いにくいので適当に言葉を濁す。
「そ、そうか……もし西方、本場のカタナを手にする機会があったら……」
ゴクリと聞こえてきそうな表情でそう言う。カルラの方も……目が完全に据わっている。私ら――この辺りはフィアーナも興味ないから私だけか――としては、刀と言えば『東方の少数民族が扱う、特殊な異国の武器』というイメージなのだが、こちらでは西方であるらしい。
話を聞く限り、似た様な物であるので、恐らくはこちらでも別の地方で独自の進化を遂げた武器なのだろう。
西方か。機会があれば行ってみようと思ったが、口には出さないでおく。出した瞬間、この親子が何を言い出すか容易に想像が出来たためだ。
まあ、この後しばらくはお世話になることになりそうだし、いずれ機会があったら申し出てみるのもいいかも知れない。が、まずはこの国での身元と生活力の確保が最優先だ。
かくして、手の空いている時に門下生たちの仮想敵役を務めること、フィアーナと2人で1部屋を使うという条件で当面の宿の心配はなくなった。
妙齢の自堕落乙女2人で6畳一間と言う、別の方面で前途多難な状況ではあるのだが。