語り合う。(物理)
アメリアは今更ながら、他言無用の願いを私らにすると、宿を取るか兵舎に入るかを尋ねてきた。
ベルンシュタット王国は女性の軍人も珍しいわけではない様で、ちゃんとした女性用の兵舎もあるとのことである。こちらは無料で使えるが、出勤時間以外にもいろいろな制約があるらしい。
とりあえず私は私兵、傭兵、冒険者の内、傭兵をしつつ冒険者を目指すと伝え、宿を取ろうとした。私兵と傭兵の違いは、勤務形態だ。私兵が常勤で常に町で何かしら治安維持のための活動をしているのに対し、傭兵は戦場・戦闘単位での非常勤の雇用となる。つまり私兵は平時の雇用と報酬が用意される代わりに自由になる時間は少なく、傭兵は町への襲撃時、或いはこちらから仕掛ける時の戦闘には強制的に参加でその活躍により報酬が幾分上下するが、普段は連絡のつく範囲で自由と言う物だ。冒険者は傭兵の様に戦闘への強制参加もなく、遠出をしたり、戦闘以外の仕事を請け負うことも可能であるようだ。
私が宿を取りたいと申し出ると、アメリアは襲撃の現場にもいた護衛騎士の1人を私に紹介してくれた。
「この町出身の騎士、ベルタ・ルーマンだ。城内でこの町について知りたいことがあるなら彼女に聞くと良い。」
アメリアがそう言って1人の女性騎士を紹介してくれた。しかしこのベルタと言う女性騎士、見るからに私らに対して友好的な雰囲気ではない。
私もフィアーナもそれをすぐに察し、“大丈夫か?”という視線をアメリアに送ると、アメリアは苦笑して付け加える。
「彼女は元々商家の3女でな。従騎士から必死に精進して過日陛下から騎士爵を賜った。彼女が最初に従騎士として仕えたのが、騎士としてこの地に赴任してきたマルグリット様だ。マルグリット様を崇拝していると言っても良い。それをあんな風に打ち負かされたので機嫌が悪いのだろうが、腕は確かだ。尤も君たちが相手では話にならないかもしれないが。」
ベルタはその説明に露骨に不満そうな視線をアメリアに向けた。きっと『お前が言うか?』というところだろう。
「彼女らに城に近くて信頼できる宿を紹介してやってくれ。お前が直接でなくても構わん。その場合は詳しそうなやつを付けてやってくれ。」
そういうとアメリアは方向転換し私らとは別の方向に向かおうとする。そこへベルタが慌てて声を掛ける。
「あっ!……宿である必要はあるのでしょうか?」
「ん?」
突然のベルタの質問にアメリアが疑問符を浮かべる。
「先ほどの戦いやら、その前のやり取りやらを目にした者ならともかく、町中で……こいつら、鬼子と竜人ですよ?」
(あー、うん。そうなるかー。)
露骨に侮蔑的な態度を取られたが気にはならなかった。大陸事情を鑑みればベルタが言う事にも一理あるのだから。
「……すぐに活躍してくれそうではあるが、最初からでは厳しいか?」
「『信頼できる宿』と仰るなら、やはり最低“冒険者資格”程度の身元保証は必要になるかと。」
「ふむ。確かに困ったな。そうなると、実績を上げるまで兵舎に入ってもらうしかないか?」
彼女らの言葉に私は思わず嫌そうな表情を浮かべてしまう。それに気づいたか、或いは口ぶりからして元々何か心当たりがあったのかベルタがアメリアに言う。
「私の旧友の家なら――或いは、最悪私の実家なら下宿くらいはさせて貰えるのではないかと。」
「ほほう、それはとても助かる話だ。ベルタに頼んだのは正解だったな。連絡さえ付けられればその辺りは構わん。そちらで相談してみてくれ。最悪、兵舎の空きも考慮しておくよ。」
言外にそれで妥協しろと脅されたような気もしたが、まずはベルタに感謝する。
「有り難いお言葉ね。私らも連絡に問題なくて、雨風凌げる所なら何でもいいわよ。できれば食事もできると有難いけど……」
「宿には泊めてもらえずとも食事くらいは出来るだろう。お前達なら最初の様な浅はかな奴に絡まれるかもしれんが……先に武器を抜くなよ?」
恐らく最初の絡んできた男を撃退した時のことを言っているのだろう。
「大丈夫よ。そもそも私、武器は持ち歩いていないもの?」
私が両手を広げ、何もない手のひらを上げて見せるとベルタは再度渋い顔をした。
ベルタに連れられてきたのは城の外にある兵の詰所だった。
「本日よりこちらに赴任となった騎士、ベルタ・ルーマンである。こちらにカルラ上等兵はおらぬか?」
それっぽい口調で詰所の兵士たちに尋ねると、兵士たちが一斉に顔を合わせて困惑の表情を浮かべる。
「あんたがここにいたの何年前よ?さすがに異動とかあるんじゃないの?」
騎士相手にどう言葉を返すべきか困っていた兵士をフォローするように私が言う。
「2年は経っていない筈なのだが……」
ベルタのその言葉に、1人の兵が「あ、もしかして」と心当たりが浮かんだか口を開く。
「黒髪の……西洋かぶれの女ですか?」
「む……ああ、それだろう。黒髪で曲刀を下げてそれらしい名であれば恐らくはそいつだ。」
「やはり……。そのカルラでしたら、年の終わりに除隊し冒険者となりましたよ。ギルドに尋ねられた方が早いかと。」
「む?そうなのか。わかった。すまんな。」
兵士の言葉にベルタは一瞬驚いた表情を見せたがすぐに気を取り直し、私達に目的地の変更を告げた。
城を出て数分歩くと、いかにもと言う感じの冒険者の宿らしき場所に辿り着く。
中に入ってみるとその予想は当たっていた。宿泊・食事、そして依頼の掲示板と受付。私達が知る“冒険者の店”の大きい建物がそこにあった。そもそも先ほどの話からすれば予想も何もないのであるが。
その中の雰囲気に私は懐かしさを感じた。どこの大陸であろうと、効率よく同じ機能を持たせるなら同じような造りになるものらしい。例えそれが異世界であってもだ。
突然の騎士の来訪、そして場違いな女――これは無限蛇鎧姿のフィアーナのことだが――に、店内にいた者達の視線が一斉に集まる。
中には熟練の冒険者もいるらしく、私とフィアーナの“種族”を素早く見抜く者もいた。
流石に騎士が伴っている者に対して先ほどの様に突っかかって来る者はいなかった。
ベルタは店内を隈なくチェックすると、目的の人物がいなかったのか、受付へ向かおうとする。その時だ。
「ベルタ?ルーマン商会の!ああ、やっぱりそうね。ついに騎士になれたんだって?おめでとう!」
そう声を掛けてきたのは赤髪の女だ。
その言葉を皮切りに、店内から次々と声が上がっていく。
「なんだと?あのベルタか。ついにこの町の平民からも騎士が誕生したか!」
「おお、随分と雰囲気が変わったなぁ!?」
何人かの冒険者らがベルタを囲う。地元の商家の娘が身一つで騎士に上り詰めたというのは思いの外めでたい話であるようだ。
「ちょっと待って!気持ちは嬉しいが……今は少し用事が……」
知っている者の勢いに押されたか、先ほどまでのくっころ系の女騎士口調から普通の町娘の口調に戻りかける。
「それよりも……お前、カルラか?」
最初の赤髪の女に声を掛けると、その女から肯定の言葉が返ってくる。
「そうよ?染めてみたんだけど似合わない?」
「え?いや、なんというか……うーん。雰囲気がだいぶ……」
私から見れば違和感はないが、ベルタからしたらだいぶ印象が違うのであろう、返答に苦慮するベルタにカルラと言う娘は笑いかけた。
「まあ、冒険者になった記念と願掛けに染めてみたけど、傷みが酷いし結局何も変わらなかったしで、もうやめにするつもりではいたんだけど。」
よく見ると生え際から黒い部分が数センチほど伸びている。
「で、何の御用?もしかしれ依頼でも持ってきてくれた?」
カルラの言葉に相当困った様な様子でベルタは事情を説明するのだった。
「なるほど。『主君の窮地を救った流れ者をスカウトしようと思ったら亜人でした。』って訳ね。」
「……」
カルラの言葉にベルタが絶句する。どうやらこのカルラと言う娘は普段からこんなノリなのだろう。
そう言えば私の周りにも何かと絡んで来るくせに人の話を全く聞かずに余計なことに首を突っ込んだ挙句、ドヤ顔で丸投げする腐れ耳長がいたような……
「まあ、だいたいあってる?」
絶句するベルタに変わって私がそう答える。
「で、冒険者になろうにも身元保証もないし、宿も取れるか怪しいからうちに下宿したいと……」
「その辺はベルタの思い付きなんだけどね。集団行動が苦手でねぇ。出来れば兵舎はご容赦願いたいってところかしら。」
「ふむふむ。わかりました。ではベルタや殿下に見初められたという実力を見せてもらいましょう。『ちょっと裏に顔貸せや』です。」
こ い つ は 一 体 何 を 言 っ て い る ん だ ?
そんな表情でベルタを見ると、ベルタが一つため息をついた後に解説する。
「こいつの家は西方から伝わった古武術とやらの宗家でな。それなりに広い屋敷に住み込みの弟子も何人か取っている。」
「つまり?」
「剣の腕が確かなら条件付きで下宿させられるって訳よ。」
ベルタの説明をカルラが纏める。
「うーん……古武術……興味はあるけど、今更新しい流派を一から学ぶ気はないかなぁ。」
私がそうぼやくとカルラは気にせずに言ってくる。
「それならそれでも構いませんよ。別の用事を割り当てますから。まずは実力試験です。」
「なんか、ここに来てからそんなのばっかな気がする……」
カルラの押しに呆れながらも、多少の興味と十分な自信があるのでそれに付き合うことにした。
どうやらこの国、『とりあえず剣で語り合おう』というのが基本であるのだろうか?
そんなことを考えながら『裏』について行くと、そこには20メートル四方くらいだろうか、冒険者たちの鍛錬やら試験やらが行える小さな訓練場のような場所に出る。
そこでようやくカルラが私の“異常”に気付いた。
「あれ?お姉さん、武器もってないの?もしかして《魔術師》系?」
「うーん。半分正解、半分外れ。」
私の答えに首をかしげる。
「基本は《戦士》よ。ちょっとした“精霊魔法”も使えるけどね。」
私が風剣の中心に氷の刃を具現化する魔法を起動するとカルラの目の色が変わった。
「凄い……まさか魔剣持ち!?」
「それも半分外れ。これは風と水の精霊魔法の組み合わせよ。こっちは水と氷で別扱いなんだっけ?」
「……?」
カルラは魔法に関しては詳しくない様だ。私も当初苦労したが、私がかつて使っていた妖精魔法は属性が、火・水・風・土に光と闇の6属性だった。しかしこちらの世界では、光が陽と熱に分かれていたり……違うか。日が光と陽で、水が水と氷、風が風と雷など、その辺が結構ぐちゃぐちゃになっている様だ。その内私が“契約”しているのは、あちらの世界の風と光の大精霊、それに水の精霊であった。元素の構成自体は似た様なものらしく、そのおかげでこちらでも風と水・氷、光の魔法は使えたが、こちらの風に含まれる雷や光に含まれる陽の魔法は使えない。ある意味、私はこちらの世界の魔法体系からはみ出していると言えるのかもしれない。
「まあ、その辺りは今はどうでもいいか。どうするの?自分の武器でヤるの?」
私の問いにカルラは少し考えた後、答える。
「いや、純粋に剣の腕を見たいから訓練用の物から自分に合ったものを使おう。私はこれにする。」
カルラはそう言うと乱雑に立てかけられていた訓練用の刃を潰した長剣を取り出す。
「じゃあ、それで。」
私の方も無理に危険な本物の武器を使うつもりはない。言っちゃ悪いが恐らく“武器”の性能は私の方が上だろう。それを言い訳にされるのも癪だ。私は《戦士》に成りたての頃に愛用していたバスタードソードに近いサイズの訓練用武器を取り出した。
「へぇ……じゃあ、私もそっちにしよ。」
私が手に取った武器を見てカルラが少し長めの、つまりは私とほぼ同サイズのそれに持ち替える。
「別に合わせてくれなくても……」
「いや、私も本命はこのサイズ。」
カルラはそう言うとベルタに合図を頼み、場の中心を挟み5メートル程の距離になるように位置を決めた。
「始め!」
ベルタの合図と同時に場の空気が張り詰めた。
先ほどの対マルグリット戦のフィアーナは速攻からの怒涛の連撃から始めたが、私とカルラは静かに戦闘に入った。
両者、一定距離を保ちつつ相手の隙と自分の有利な間合いを探る。図らずも互いがじりじりと横移動を繰り返し、右回りに円を描くように動いた。
どちらも楯は勿論防具らしい防具を付けていない。訓練用の刃のない剣とは言え十分な質量を持つ鉄の塊だ。むやみやたらに振り回す物でもない。
ほんの少しずつ円の直径が詰まっていく。そしてある程度詰まったところで先にカルラが動いた。
(うおっ!?)
私は口や顔には出さずに軽く驚いた。
横方向の動きと比べると、前方向の移動は思いの外早い。腰を低くし、走り出したようで走っていない。いや、身体――特に上半身に揺れが全くないだけで、足は駆け足なのだろう。ステップしたわけでもないのにほぼ一瞬で距離を一気に詰めてくると、下段からの払い上げを放ってくる。
何とか回避は出来そうだが、回避したところでそのまま二の太刀の追撃を許すことになるだろう。弾き返しても軌道修正の時間を少し稼げるだけで同様。ならば一の太刀を受け止めてしまえばいいじゃない。
と、言う事で振り上げられる前にこちらから一歩踏み込むと、カルラの剣が振り上げられる前にその上から自分の剣で押さえつける。
「むっ!?」
恐らくこちらの力量を読んで回避させ、こちらの姿勢を崩したところを振り上げた剣で上段か中段からの連撃にするつもりだったのだろう。最初の払い上げを接近して止められるのは想定外だったようだ。
しかしカルラも中々である。剣を止められたと判断すると、そのままこちらの剣を軸に自分の剣を滑らせ、突き攻撃へと切り替える。
助走(?)の勢いと突きの勢いが相俟ってかなりの速度の突きが襲い掛かって来るが、こちらも回避しながらカルラの剣の上で剣を滑らせると、はたき込みの要領でカルラをオーバーシュートさせる。
私の横を通り抜け、押し出されると察知したカルラは慌てて私のいない方向に飛び退こうとするが、横方向への動きはそれほど早くなさそうだ。カルラが飛び退くより早く剣を振り下ろす。
ガキィンと鈍い音がする。
回避が間に合わないと悟ったカルラは一瞬で姿勢を低くし、膝をついた状態で剣を掲げる様にして頭上数センチの位置で私の剣を止めた。
「「おおおー」」
周囲から歓声が上がる。自分が戦うのも他人の戦いを眺めるのもどちらも好きなようで、ギルドにいた冒険者らがそれなりの数ギャラリーとして見に来ていたのだ。
まあ、《戦士》を生業としているなら気持ちはわかる。私だってそうする。だが残念ながら、私は“型”にはこだわらない。
「へぇ……」
と、カルラの素早い動きに感心しつつ、悪い笑みを浮かべる。
次の瞬間、私の右足がカルラの頭があった位置を高速で抜けた。
私の足は純白のロングブーツで守られている。実はこれも無限蛇の骨から作られた呪いの装備だ。呪いが掛けられていたが破壊不能。全力で振り抜けば鈍器としてカルラの頭を飛ばすには十分な威力になる。仮に剣を差し込まれたとしてもこちらには大した傷にはならない。因みに当初の呪いは装着すると外せなくなるという奴だ。装備としては困らないし良いかと思って安易に装備したが、寝る時も風呂に入るときも脱ぐ事が出来ずに色々酷い目にあった。今はちゃんとその呪いは解除されており、水虫がぶり返す心配はない。
「ちょ!?」
カルラは剣を滑らせると同時に、膝をばねにして一気に飛び退いた。動き方に何か工夫があるのだろう。やはり縦方向、前後の軸の動きは他者の想像を遥かに超える速度だ。一瞬で3メートル位の距離を取っている。
「なかなかやってくれますな。」
カルラは距離を取ったところで立ち上がり姿勢を戻したところで獰猛に笑う。
「…………ふむ。合格です。」
しかし、少し思案した後にそう言うと、剣を丁寧に元の位置に戻した。
「「「えぇぇぇぇぇ」」」
周囲から不満の声が聞こえた。何故か――いや、分かりきっているがその声にはフィアーナの声も混じっている。
確かにこれではカルラが試合を投げ出したようにしか見えない。どういうつもりなのだろう?
それにはカルラが周囲に聞かせる形で説明する。
「勝手に勘違いして盛り上がっているところ悪いが、これは飽くまでうちでの下宿の可否を決める試験だ。不満なら彼女が許す範囲で挑んでみると良い。」
カルラが周囲にそう言うと、周囲に何かまくしたてられた男が一人前にでてきた。何となく聞き耳を立てると、勝敗がどうのとか払戻しがどうのとか言っている。
こいつら、私らが試合の準備を始めた辺りから勝手に賭けを始めやがったな……恐らくこいつが胴元で、勝敗が付かずに文句を言われたのだろう。
「この鬼子が勝つか負けるかで決めるからな?」
男が周囲にそう言うと、一部が少し不満そうな表情をするがそのままその男をこちらへと送り出した。
「すまんが、事情があってな。俺と勝負を付けてもらうぜ!」
男が一方的にそう言いながら武器を取り前に出てくる。
「…………【氷蔦】(アイスヴァイン)」
私は返事をせずに目を細めると魔法を唱えた。私の足元の地面から網目状に氷が走ると、男の足に付着したところで足首までを凍り付かせる。
「え?ちょっと!?なんだこれ!?」
「仕方ないわね。“勝負をつける”だけならすぐ終わるから心配しないで。」
私は訓練武器を放り投げにっこりと笑うと、先ほど見せた“氷剣”を具現化する。
「ま、待て、話が違う!?」
「いや、違うも何も話なんてしても聞いてもいないし?そっちの事情なんて知らないし?」
私が笑顔で数歩踏み出すと、男は引き攣った顔で後退しようとする。しかし足首をがっちり固定されていて結局尻餅をつくだけとなった。
「それじゃあ……」
私は“氷剣”にさらに魔力を込め、大きさをロングソードサイズから斬馬刀サイズにまで大きくすると、それを両手で大きく振りかぶった。
「ぎゃああああああああああああああああ!」
男の絶叫が冒険者ギルドに響き渡った。